第41話 たねあかし

 

「一言で言えば『今回の盗賊襲撃には、黒幕がいるかもしれませんよ』と。あの手紙にはそういうことを書きました」


 俺の言葉に、タルタス卿の目が見開かれる。


「黒幕だって? それは一体どういうことかな?」


 そりゃあまあ、驚くよね。

 俺もカレーナと話してて初めて気づいたことだし。




「我々を襲った盗賊ですが、ただの野盗の集団ではなさそうです。これはうちで貰い受けた封術士が言っていたことですが、彼女は王都の冒険者ギルドで指名依頼を受けて、あの場にいたそうですよ」


「まさか。ギルドが盗賊の依頼なんて紹介する訳がない」


 ありえない、というように顔を顰める男爵。


「ええ。もちろんそうでしょう。彼女は謎の依頼人から『ご禁制のクスリの密輸組織を摘発する仕事』と説明されたそうです。ご丁寧に王家の家紋入りの勅命書まで見せられて。実際、私が状況を説明するまで、本人は盗賊に荷担しているなんて露ほども思っていませんでしたよ」


「そんな、まさか…………」


 タルタス卿は顎に手をあて、何事か考えるように押し黙った。




「一度、牢屋にいる盗賊の生き残りを尋問してみてはいかがでしょうか」


 俺の言葉に男爵は首を振った。


「それはできない」


「なぜです?」


「君たちがタルタスを発った翌日に、皆、牢の中で死んでしまったからだ」


「へ?」


 思わず間の抜けた聞き返し方をする。


「ふふ。君でも驚くことがあるんだな」


 男爵は面白そうにこちらを見た。


「そりゃあ驚きますよ! 死んだって……自殺ですか?」




 彼は首をふる。


「分からない。君たちが発った翌日、エリス嬢と我々もタルタスを出発したんだが、その晩、盗賊全員が泡を吹いて死んだらしい。私も家令からの手紙で知ったんだよ。『死因は不明。調査中』とね」


「なるほど。タルタス卿はフリード伯爵との面会の後、すぐにこちらに向かって下さったんですね?」


「ああ、その通り。私もまだこの件の詳しい報告は受けてないんだ。だけど君の話が事実だったとしたら、盗賊たちは何らかの方法で黒幕に処分された可能性がある。そうは思わないか?」


「確かに……」


 背筋に冷たいものが走る。


「まあ、詳しいことは帰ってから確認するよ。よければ君のところの封術士にも、知ってることを訊いてくれると嬉しい。謝礼は別に用意するから」


「分かりました。盗賊連中についてもう少し詳しく訊いてみましょう」





 タルタス卿はため息を一つ吐くと、話を変えるように顔を上げた。


「ところで、もう少し手紙について訊いてもいいかな?」


「もちろん。なんでしょう?」


「君の書いてくれた手紙に、黒幕のことが書いてあるのは分かった。……だけど、それと私の治安維持責任には直接的な関係はないよね?」


「そうですね」


 思わず苦笑する。


「では、なんでフリード伯爵は、私への責任追及をやめたのかな? 『海賊伯』なんてあだ名のあるあの人をどうやって手玉にとったのか。ぜひ教えてもらいたいな」


 男爵は、ニヤリと笑った。




 さすがタルタス卿。

 鋭いな。


 黒幕の存在と、領主の治安維持責任。

 その二つを繋ぐには、もう一つロジックが必要だ。


「仰るとおりです。黒幕がいようがいまいが、領主の治安維持責任は免れません」


 うん、うん、と頷く男爵。


「ところでタルタス卿は、黒幕がいたとして、そいつの目的は何だと思いますか?」




「単純に『カネ』ではダメなのかい?」


 俺は首を振る。


「単にカネなら、もっと簡単で効率的な方法があるでしょう。強盗なんてその場限りの日銭しか稼げませんし、次に繋がりません」


「ふむ……。わざわざ非効率な犯罪を仕組む理由、か」


 男爵は考え込む。




「…………なんだか、私に対する嫌がらせとしか思えないな」


 しばらく思案してポツリと呟いた言葉。

 そう。それが一つの可能性。


「誰か、例えば他の貴族や豪商に、恨みを買ったことってあります?」


「自慢じゃないが、我が家の存在感の薄さは代々の家訓で意識してやっていることでね。私の知る限り、うちが恨まれるようなことは、まずないはずだよ」


 すごい家訓だな、それ。


「ではやはり、もう一つの可能性の方ですね」


「もう一つの可能性?」


「はい。何らかの意図で、あなたを失脚させることですよ」





 タルタス卿の眉間にシワが寄る。


「それは、穏やかじゃないね」


「はい。ですが一番ありそうなことだと思いませんか?」


「だが、私は無派閥だ。私を失脚させて得られるものがある人間などいないと思うが」


 果たしてそうかな。


「ちなみにあなたが失脚した場合、タルタス領は誰が治めることになりますか?」


「私には現時点で親族がいないから、貴族としての我が家はそこで途絶えることになる。領地は一度、国の管理となるだろう」


「その後はどうなります?」


 ふむ、と考える男爵。



「いくつか考えられるね。一つは、そのまま王家の直轄地になること。まあタルタス領はそこまで重要な土地ではないから、可能性は低いと思うけど」


 確かに。

 東西街道が通ってはいるけど、通過点の小領と言えばそれまでだ。



「二つ目は、功績の著しい家に与えるパターン。これはあり得ることだ。ただ選定基準は王様の主観だから、狙って獲るのは難しいよね」


 そういう意味では、親父(ゴウツーク)逮捕後にダルクバルトの半分を与えられた主人公リードの家は、王様からよほど目をかけられていたのだろう。


 まあ、父親も兄貴も王国騎士だったからなあ。



「三つ目は……隣領に吸収されることかな。隣接領に統治能力のある有力な貴族がいる場合、一時的に預けたり、吸収合併することがある。私からすればあまり気持ちのいいことじゃないね」


「そうですね」


 俺は、相槌をうつ。


「…………」


「…………」


 しばしの沈黙。


 それまで微笑を浮かべていたタルタス卿の表情が、急に厳しくなった。


「……まさか、それが狙いだと?」





「『この事件に黒幕がいる場合、その者はタルタス卿の失脚を狙っている可能性があります』と。手紙にはそれだけ書きました」


 男爵が額に手をやった。

 その顔はやや青ざめている。


「なるほど。東部の重鎮であるフリード伯からすれば、ただでさえ揺らいでいる王国東部の勢力バランスを、決定的に崩しかねない由々しき事態だ。小領の領主の責任を追及している場合じゃないな」


 タルタス卿は顔を上げ、俺を見た。


「しかし、いいのかい?」


「何がです?」


「君は、君にとって重要な人物の企みを、叩き潰すことになるかもしれないよ?」




「私は、手紙を一通フリード伯爵に差し上げただけですから。書いた内容もただの可能性と憶測でしかありません。うしろめたいことはないですよ?」


 タルタス卿は、はあ、とため息をついた。


「しかし『彼』との関係は、ダルクバルトにとって重要なものだろう。彼の損失は君にとっても間接的な損失なんじゃないのかい?」


「私は犯罪者と組むつもりはありませんし、その力にすがろうとも思いません。ビジネスパートナーには誠実で堅実な人物を選びますよ。あなたのような、ね」





 男爵は一瞬ぽかんとして、その後、ふふふ、と笑った。


「やれやれ買いかぶりはお互い様か。君は『彼』ではなく私につくというのか。小領の領主に過ぎない私に」


「迷う余地もありませんね」


 ニヤ、と笑い即答する。

 答えはとうの昔に決まってる。


 タルタス卿は顔を上げ、面白そうに笑った。


「はははっ! 君は本当に大した男だよ。今や東部の者のほとんどが顔色を伺う、あのミエハル子爵を見限るなんてね!」


 あ、もちろん娘(エステル)さんはちゃんと貰い受けますよ。

 何があってもね。

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