第46話 最悪の事件と、現れた詐欺師

 

 領民のイメージ改善活動は、概ね順調に進んでいた。


 最初の二週間で領都ペント、続く二週間で南のトーサ村、南東のテナ村、東のオフェル村の補償をして廻った。


 補償にかかった費用は、総額1.5万セルー(約150万円)。

 年度予算のかなりの部分を費やしたが、やむを得ない出費だと思っている。


 もちろん本当にイメージが良くなっているとは思わないけど、少なくともボルマン一派が領内の店に顔を出すのが日常となり、僅かだが距離も縮まってきたんじゃないかと思う。




 ただ、どうにも上手くいかない件もあった。


 自分としてもそこにはとても顔を出し辛く、そのためオフェル村への補償活動が最後になったりもしたのだが……。


 それはボルマンによる最悪の暴行事件。

 オフェル村、少女衣服剥ぎ取り事件の補償のことだ。




 被害者の少女は、気が強くしっかり者の12歳の女の子だった。


 半年ほど前。


 いつものように、目についた小さい子をいびっていたボルマンたちの前に立ちはだかった彼女は、力ずくで子供を逃がし、結果ボルマンたちに組み伏せられてしまった。


 少女に馬乗りになったボルマンは、自衛用にもっていたナイフで少女の服を破いて剥ぎ取り、その服を地面に投げ捨て切り刻んだ。


 女の子は涙を浮かべて自宅に逃げ込み、以後、引きこもって自宅から出られなくなってしまった、という話だ。




 まあ、最悪である。

 色んな意味で。

 いや、特に俺(ボルマン)が。


 もし俺(かわながれだいすけ)がボルマンに憑依転移していなかったら、そして父親(ゴウツーク)が処罰されていなかったなら、手当たり次第領内の若い子に乱暴してまわるような暴君になっていたんじゃないか、という気さえする。


 正直、親御さんに合わせる顔もない。

 とはいえ、いつまでも放置する訳にもいかない。


 行くのが躊躇われ、結局一番最後になってしまったが、俺はその日、一人で被害者の少女の家を訪れた。




 扉をノックし、しばらくして顔を出したのは父親だった。


 中肉中背で優しげな風貌のその男性は、服の補償と、少女の王都への進学学資と生活補償を切り出した俺に、穏やかに、だが毅然として言った。


「償いに来たあなたの姿勢は認めます。ですが私たちの気持ちとして補償は受け取れません。本当に償う気持ちがおありなら、二度とうちにお越しにならないで下さい」


 告げる言葉すら思いつかない俺を前に、扉は固く閉じられた。




 俺(かわながれだいすけ)がやったことじゃない。

 だけど今や自分はボルマンでもある。


 きっと記憶と意識の融合が進んでいるのだろう。


 ボルマンの過去の行いは自分のこととして認識され、前世の自分(かわながれだいすけ)の価値観が、罪の意識を励起させ俺を苛(さいな)む。


 ただ、この件は一朝一夕には解決しないだろう。

 時が少女と両親の心を癒すまで、長い時間が必要だと思われた。





 そんなことがありながらも、俺の周囲では様々な物事が進んでゆく。





 エステルから二通目の手紙が届いた。


 クロウニーから封筒を受け取り、再び小躍りする俺。

 いやだって、マジ嬉しい!


 内容は、前にこちらから出した「いつ来てもいいし、どれだけ居てもいいよ」という手紙への返信だった。

 三週間後に、一週間ほどの予定でダルクバルトを訪問します、ということが書かれていた。


 なんとかこちらの受け入れ準備……領民との関係改善……も間に合いそうでホッとしながら、彼女の愛に溢れた手紙に心が躍った。




 また、フリード伯爵から父親(ゴウツーク)宛に手紙が届き、こちらも二週間後をメドにエリス救援の礼に来訪するとのことだった。


 両親は多額の謝礼を期待して浮かれていたが、相手は海賊伯の異名を持つ王国東部の有力者だ。


 こちらが騎士に託した微妙な手紙にキチンと反応してみせたし、色々と一筋縄ではいかない相手だろう。

 甘く見て臨むべきではない、と自分に言い聞かせ、伯爵との交渉に備えることにする。


 具体的には、フリード伯爵とその領地に関する情報収集、相互に利になることを探し出す作業を進めることにした。


 情報収集は、主にスタニエフの父親のカミルと、クロウニーから。

 相互利益の相談は、スタニエフと行った。


 幸いどちらも有益な情報、結論を得られたので、それを持って来たるべき交渉に臨むことにする。


 具体的な内容は、また改めて記そう。




 領民との関係正常化に取り組んだこの時期、もう一つ特筆すべきことがあった。


 我が領民の血税を騙し取った詐欺師(くそやろう)が、ついに姿を現したのだ。





「先ほど、美術商が訪ねてまいりました」


 その日の午後。

 じいから報告を受けた時、連日領民との関係改善に奔走していた俺は、思わずボンヤリしてしまった。


「えっと……美術商?」


「はい。奥様がいつも美術品を購入されている、旅の美術商でございます」


 そこまで聞いて、やっと頭に血がまわった。

 以前じいに『いつもの美術商が来たら、すぐ報告するように』と頼んであったのだ。


「ああ! そうか、あのクソ野郎が来たのか!!」


 最近全く使っていなかった下品な言葉に、じいが小さく首を傾げた。


「坊ちゃんは、あの美術商とお話しされたことがありましたか?」


「いや、ない」


「では、なぜそこまでかの者を嫌われるのですか?」


 そういえば、あいつが母親(タカリナ)に贋作を売りつけていることを知っているのは、ボルマンと仲間たちだけだったっけか。




「あいつが母上に売りつけているものは、恐らく全て贋作だ。少なくとも、倉庫に眠っていた中から適当に見繕った作品は、十個が十個、贋作だった」


 俺は引き出しから、以前商人に作ってもらった証明書を取り出し、じいに渡した。


「…………これはっ!?」


 じいの顔が険しくなる。


 老執事は最後まで証明書に目を通すと、書類を俺に返してきた。


「坊ちゃん。このことを、旦那様と奥様は?」


 俺は首を振った。


「このことは俺と子分たち、そして鑑定してくれた商人しか知らない。そして俺はこの件について、父上と母上に言うつもりはない」


 クロウニーが困った顔になる。


「私の立場としては、事実を知った以上、ご主人様にお伝えしておかねばならないのですが……」




 それはそうだろう。


 今まで俺のあれこれを両親に秘密にしてくれたのは、エチゴール家の利害と衝突しなかったからだ。


 だがこの件は、エチゴールの資産に関わる重大な問題だ。


 クロウニーが仕えているのはエチゴール家、つまり俺たち家族だが、エチゴール家全体の利害が絡むことについては、当然、家長の意思と判断が優先される。


 別に俺を軽んじている訳ではない。

 むしろ『ゴウツークに報告しなければならない』と教えてくれたのは、俺を立ててくれているからだ。


 その誠意に、俺も応えなければならないだろう。




「報告するのは構わない。だけどこの件はまだ調査中なんだ。もう少し……そうだな、あと三ヶ月だけ待ってくれ。今回俺たちは、美術商(あいつ)のことを背後関係を含めて調べるつもりだ。情報不足のまま動けば、エチゴールにとっての不利益が拡大しかねない。調査中の責任は俺が負う。少しだけ待ってくれ」


 俺の話を聞き、じいの顔に微笑が戻った。


「……坊ちゃん、ご立派になられましたね」


「お前の指導が良かったのさ」


 その言葉に、すん、と鼻をすすったじいは、あらためて俺に向き直った。


「かしこまりました。本件のご主人様への報告は、とりあえず三ヶ月後とします。私にできることがありましたら、なんなりとご相談下さい」


「うん。色々頼むと思うから、よろしく頼む」


「かしこまりました!」


 じいは深々と頭を下げた。




 クロウニーの話では、詐欺師は明日の午前中、母親(タカリナ)に面会することになった、ということだった。


 作戦を立てねばならない。

 俺はすぐにカレーナにジャイルズとスタニエフを呼びにやらせると、これからどう行動すべきかを考え始めた。





 翌日の朝。

 朝食を終えてしばらくした頃に、そいつはやって来た。


 三十歳くらいのこざっぱりした身なりのその優男は、ペントの街の中でチャーターしたと思われる馬車を車寄せに停めさせ、優雅さを感じる品の良い足取りで車内から降りて来た。


 昨日、訪問の約束を取り付けられていた為、すぐにうちの下男が表へ出て、厳重に梱包された美術品数点を手際よく馬車から下ろし、屋敷に運び込んでいく。




「あいつがそう?」


 二階の自室のカーテンの隙間からその様子を窺っていたカレーナが、俺に尋ねた。


「ああ、あいつだ。いけそうか?」


「顔と背格好は覚えた。……大丈夫。行けるよ」


 金髪ショートの少女がにやり、と笑う。


「気取った格好してやがる。いけ好かねえ奴だぜ」


 ジャイルズが顔を顰めた。

 こいつはいつも表情が分かりやすくてよろしい。


 そうこうしている間に、美術品の荷下ろしが終わり、件の美術商も我が屋敷の中に入って行く。


「坊ちゃん、そろそろ僕らも行かないと」


 スタニエフの進言に頷き、子分たちに号令をかける。


「よし、行くぞ!!」


 既に準備万端だ。




 十分後。

 馬に乗った俺たちは、ペントの街の北門から駆け出していた。

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