第31話 値上げ交渉
「何が危ないというのだ?」
憮然として問うてくる父親(ゴウツーク)。
俺は言葉を選びながら、ゆっくりと説明する。
「我が家の立場が、悪くなる気がするのですよ。……先ほどの要求は、非常に危ない橋であるように思えます」
「な、うちは被害者だぞ! なぜ立場が悪くなるんだ!?」
俺の言葉に、ゴウツークが気色ばんだ。
「正確に言えば、うちは被害者ではありません。確かに盗賊と交戦はしましたが、あの時点で襲われていたのはフリード伯爵家の馬車で、うちの馬車ではありません」
「だ、だが、あのままではうちも襲われていたぞ!?」
言い返すゴウツーク。
そう。あのままではやられていた。
「おっしゃる通りです。ですが実際、襲われたのも被害が出たのもエリス殿の一行です。我が家は独自の判断でフリード家に加勢し、協力して賊を撃退。幸いなことに被害を免れました」
俺は一息つき、出されたハーブティーに口をつけると、話を続けた。
「このような状況で、我が家がフリード伯爵家を差し置いてタルタス殿とその交渉を行うのは、如何でしょうか? フリード伯爵からすれば、自らが主導すべき件で、立場を侵されたように思われるのではありませんか?」
「む、むう…………」
ゴウツークは視線を落として唸り始めた。
さて。
この話、どうやってオチをつけようか。
治安維持の失敗を理由にタルタス男爵を脅すのはマズいというのは、父親(ゴウツーク)も今の説明で分かってくれただろう。
彼もフリード伯爵の不興を買ってまで何かすることはないはずだ。
だが、何も得るものがないでは納得すまい。
何かエサが必要だが……
ちらり、と関係者を見た。
タルタス男爵は俺と父親のやりとりを、不安そうな表情で見守っている。
彼が守りたいのは、領地。
そのためには、うちとフリード伯爵家を説得しなければならない。
だが、彼自身は手元にある自分の武器に気づいていない。少なくとも現時点では。
一方のエリスは値踏みをするような目でこちらを見ている。
彼女の後ろにはフリード伯爵がいる。
会ったこともない伯爵だが、まともな人物なら、今回の件の説明と、しかるべき賠償をタルタス男爵に求めて来るだろう。
場合によっては彼の責任を公に問うかもしれない。
だが、うち(ダルクバルト男爵家)に対しては借りができた状態だ。
……ふむ。
誰から、何を引き出すか。
俺は頭の中に、三者の関係を描き、考える。
この中で一番有利なのはうちだ。
フリード伯爵には娘(エリス)を助けた件で、タルタス男爵には盗賊討伐と治安維持の失敗を黙っている件で、それぞれ貸しを作れる。
一方で、一番不利なのはタルタス男爵だ。うちにも、フリード伯爵にも負い目と借りを作ってしまった。
と、なれば、鍵を握るのはフリード伯爵となる。
かの人物へのアプローチ次第では、この関係をうちが主導して整理できる可能性がある。
この場にいるエリス嬢、そして護衛責任者の騎士ケイマン、この二人をうまく使わなければならない。
ゴウツークは先ほどから、うんうん唸っている。
あとの二人は、それを黙って見守っている。
俺はじっくり考えた末に、口を開いた。
「父上、治安維持責任の追及についてはフリード伯爵にご判断頂くとして、我々は盗賊撃退の功績について主張させて頂くというのは、如何でしょうか?」
「だが討伐の謝礼についてはさっきタルタス殿に確約してもらったぞ。今更何を主張するのだ?」
ゴウツークは「何を言ってるんだお前は」という顔でこちらを見た。
「それは盗賊の討伐と捕縛についての謝礼ですよね。ちなみにタルタス卿、謝礼の額はいかほどになりますか?」
「そ、そうだな……」
話を振られたタルタス男爵は、視線を宙に漂わせて数瞬考えていたが、間もなくこう提案してきた。
「冒険者ギルドには、賊一人あたり1000セルーの報奨金で依頼を出していた。今回は十人だから、10000セルー。さらに盗賊団を壊滅させた場合は別に10000セルー出すことにしていたから、合わせて20000セルーになる。その金額をフリード殿とダルクバルト殿で割って10000セルー。お詫びの意味で倍に上乗せして、20000セルーでどうだろうか?」
ユグトリア・ノーツの世界の通貨単位は、セルーという。
一概に言えないが、1セルーは大体100円くらいにあたる。
HP回復アイテムであるアップルキャンディは一個8セルー=800円、安めの宿屋への宿泊が一人一泊20セルー=2000円くらいだろうか。
男爵が提案してきた20000セルーは、約200万円。
ダルクバルトの農民の世帯年収の倍、ロミ村の年間予算に匹敵する。
決して少ない額ではない。
が、襲撃に巻き込まれた詫び代を含むと考えると、どうだろうか。
「なるほど。20000セルーですか。……ちなみにエリス殿、これはタルタス男爵家から我が家への謝礼の額ですが、第三者の立場からどう思われます?」
俺は、隣に座りここまで黙って話し合いを観察していたエリス嬢に話を振った。
彼女はこのタイミングで話を振られると思わなかったようで、一瞬驚いた顔をした後、口を開いた。
「そ、そうね……。盗賊討伐の謝礼としてはギリギリ許容範囲、といったところかしら。うちなら倍は出すでしょうけど」
「ぐ……」と言葉に詰まるタルタス卿。
エリス嬢、グッジョブ!
俺はさらに追い討ちをかける。
「私としては、あそこで我々が盗賊に敗れていた場合に考えられるタルタス卿の出費、処遇から、『盗賊撃退の功績』について、主張させて頂きたいと思います」
俺の微笑に、タルタス卿の顔がさらに青ざめた。
「さてエリス殿。これは仮定の話ですが、あの襲撃の際、我々が参戦しなければどうなっていたと思われます?」
「……なんで私に訊くのよ?」
嫌そうな顔をするエリス嬢。
さすが封術の才媛。自分が交渉のダシに使われているのに気づいたかな。
「我々の交渉で我々が話をしても説得力に欠けるでしょう。エリス殿であれば、ある程度客観的にお話頂けるのではないかと思いまして」
はあ、とため息を吐く才媛。
「……分かったわ。その代わり簡潔にいくわよ?」
「お願いします」
俺は頭を下げた。
「ダルクバルトの加勢がなければ、うちの護衛は全滅。私は人質にとられていたでしょうね。その後、盗賊はダルクバルトの馬車を襲撃。ダルクバルト卿も人質になっていたでしょう」
「身代金は?」
「タルタス卿が出せる限界まで金額を吊り上げるわね。間違いなく。私とダルクバルト卿には、それだけの価値があるわ」
「……ありがとうございます。客観的なご意見、助かりました」
笑顔でお礼を言うと、エリス嬢は、ふん、と鼻をならしてそっぽを向いた。
俺は真っ青になっているタルタス卿に向き直った。
「さて、タルタス卿。我々が参戦しなければ、以上のような展開となったでしょう。またそこまで話が大きくなれば、治安維持の不備を隠し通すことは不可能。よくて転封、悪ければ廃爵されていたでしょう。我々が盗賊団を撃退したことには、それだけの価値があるのです。貴方はその価値に、いくらの値段をつけますか?」
タルタス卿はプルプル震えながら俺の話を聞いていたが、やがてガックリと肩を落とした。
「いくら出せばいい? 希望の額を言ってくれ」
今回の盗賊事件における、うちとタルタス卿の交渉が終わった瞬間だった。
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