第30話 盗賊襲撃の後始末

 

 エリス嬢の物言いを見るに、どうやら彼女の地雷を踏んだらしかった。


 無用なトラブルは避けたいので、素直に謝っておく。


「そうですね。創意工夫を重ねて新しいものを生み出した方に『才能』は失礼でした。お詫びの上で訂正させて頂きます」


 俺の言葉に、エリスはやや気まずそうな顔をした。


「わ、分かればいいのよ。うん。はたから見たらそう見えるみたいだし」


 おいおいおい。すげー自信だな。

 ……いや、この言い方だと『天才』って言われ慣れてるのか。




「お嬢様は、王立封術院に学籍を置いて学ばれていますが、同時に学院の研究室(ラボ)に席を置くことを許された研究者でもあるのですよ」


 ニコニコとイケメ……騎士のケイマンが説明する。


「ちょっとケイマン、余計なこと言わないで!」


 眉を顰めて騎士を睨む伯爵令嬢(エリス)。



 王立封術院は、ローレンティア王国で唯一の封術研究機関であり、学校だ。

 入学するには国内最難関と言われる非常に難しい試験を突破する必要がある。


 ましてその研究室に席を置くことが許されるのは、独自の研究が認められた一握りの封術士のみ。


 生半可なことではないことは、俺(シロート)にも分かる。



「へえ、それはすごい! 頑張られたんですね」


 と、意外なことに少女は、俺の言葉に一瞬驚いた表情を見せると、


「ま、まあね? ちょっとだけ頑張ったわ。うん。ちょっとだけね」


 そう言って帽子を深く被り直した。

 が、ちらりと覗く口元は、にんまりしている。


 なんだ。かわいいところもあるじゃんか。


 まあ、うちの嫁(エステル)の方が可愛いけどね!

 はっはっはっ!!



 そうして話していると、領兵に先導され、ガラガラと父親が乗った馬車が近づいて来た。


「坊ちゃん! 大丈夫ですか?!」


 クリストフの部下が、こちらに向かって叫ぶ。


 さて。親父さまに叱られるとしようか。

 勝手に飛び出しちゃったから、きっとおかんむりだろう。





 結論から言うと、父親(ゴウツーク)に叱られることはなかった。


 いや、叱ろうとはしたのだろう。

 不機嫌そうに馬車から降りてきたのだが、降りてすぐにエリスが礼を言いに行ったのだ。


 権威と権力に弱い我が親父さまである。

 王国東部の実力者、フリード伯爵の娘を助けたと知るや、打って変わって上機嫌になった。




 その後、縛り上げた盗賊たちを両家の幌馬車に分乗させ、車列を作って出発する。


 先ほどの戦闘で、エリスの護衛に一人犠牲者が出ており、さらに二人が負傷していた。

 六名中三名死傷ということで、彼女の側の護衛は戦力低下が甚だしい。


 差し当たっての目的地は同じなので、盗賊の残党の襲撃に備えて同行しようということになったのだ。



 この提案を相手(エリス)に持ちかけたのは俺で、もちろん伯爵に売る恩を上乗せしようという思惑もある。

 が、そこは伏せ、あくまで「相互協力による警備強化」を趣旨として説得した。


 エリスはともかく、彼女の護衛責任者であるケイマンにはやたらと感謝されたので、まあ、そのうちいい事もあるかもしれない。あるといいな。



 目指すは次の街、タルタス。

 この地を治めるタルタス男爵が住む領都である。

 そこで盗賊たちを領兵に引き渡す。





 タルタス男爵領は、西のミエハル子爵領と東のコーサ子爵領に挟まれた小領だ。


 ただし、領地のど真ん中を東西街道が貫いている為、その領都タルタスは宿場町としてそれなりに栄えている。


 人口三千人。

 同じ男爵領とはいえ、我がダルクバルトの領都ペントとは規模も質も比較にならない。




 街に着いたのは、やや陽が傾き始めた頃だった。


 市門に到着した一行は、守備隊に盗賊を引き渡し、事情を説明する。


 と、話を聞いた現場の責任者は顔色を変え、そのまますぐにタルタス男爵の屋敷に案内されることになった。




「この度は、我が領で賊の襲撃を受けられたとのこと。我々の取り締まりが至らず、大変申し訳ない」


 タルタス男爵は押しの弱そうな、痩身でちょび髭の中年男性だった。


 俺たち……ゴウツークと俺、エリス嬢は今、応接間のソファに腰掛け、彼と向き合っている。


「また盗賊の捕縛と引き渡しにも協力頂いたとか。ご助力、感謝する」


 タルタス男爵は再び頭を下げた。



 聞けば、賊が現れたのは三ヶ月ほど前。


 これまでに領兵と冒険者のパーティーで何度か討伐を試みたのだが、その度に逃げられてしまい、捕まえられずにいたらしい。


 とりあえず賊の主だったメンバーは、今回の襲撃で死ぬか捕縛されている。

 あの盗賊団が大々的に悪さを働くことはもうないだろう。


 が、男爵の顔色は悪い。

 元々体が強くはなさそうだが、それだけではなさそうだ。

 まあ、理由は大体想像がつくけれども。




「それで、そちらはいくらで今回の件を収めるつもりかね?」


 我が父親(ゴウツーク)が、まるで当たり屋のような台詞をタルタス男爵にぶつけた。


「も、もちろん、貴公らの犠牲と損害に対しては、然るべく補償させて頂く。また盗賊の撃退と捕縛についても、相応の謝礼をさせて頂くつもりだ」


 男爵はどぎまぎしながら言い返す。


「『謝礼』ねえ。……それだけかね?」


 ゴウツークの因縁をつけるような物言いに、男爵はさらに青ざめ、エリスはゴミでも見るような視線をこちらに向けた。



 いや、俺じゃないよ?

 ゴウツークが言ってるんだからね?!




 今回俺たちが盗賊の襲撃を受けたのは、ミエハル領とタルタス領の境界に近い、タルタス側の街道だ。


 東西街道自体は幹線なので国が管理しているが、街道周辺の治安維持は、各領が担うことになっている。


 つまり今回の場合、タルタス男爵に盗賊を取り締まる義務と責任があった訳だ。



 幹線街道の存在は、街道が通る領地に多大な経済的恩恵をもたらす。


 その対価として治安維持を義務づけられているのだから、義務の不履行が公になれば、その領地を治める能力がないと見なされかねない。


 事によると転封か、最悪、領地の取り上げすらあり得る。




 襲撃にあったのが平民、商人であれば、まだ話は簡単だった。


 彼らは直接国に、国王に訴えることができない。

 幾ばくかの金を握らせて解決することもできただろう。


 だがタルタス男爵にとって不運だったのは、襲撃に遭ったのが貴族の娘(エリス)と、貴族(エチゴール)の親子だったことである。


 貴族は、よその貴族とトラブルがあった場合、仲裁や解決を国に求めることができる。


 特にエリスの家は王国東部に影響力を持つフリード伯爵家だ。


 怒らせれば、伯爵の訴えと人脈で国が動き、冗談抜きで領地召し上げの可能性もある。


 それは男爵の顔色も悪くなるだろう。




 話を戻す。


 要するにゴウツークが求めているのは、口止め料だ。


 盗賊の取り締まりに失敗した挙句、よその貴族が襲われたという醜態を、黙っているから金よこせ、と。

 まさにチンピラである。



 うちの親父のあからさまな要求に、絶句するタルタス男爵。

 軽蔑の目を向けるエリス。


 これはよくない。




「父上、ちょっとよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


 俺の呼びかけに、怪訝な顔を向けるゴウツーク。


「その橋、渡るにはちょっと危ない橋かもしれませんよ」


 俺は父親に真顔で言った。

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