第32話 タルタス男爵との本交渉
「6万セルー(約600万円)でどうですか?」
「「え?」」
俺の提案に、タルタス卿はキョトンとした顔で気の抜けた声を返した。
同時に似たような声をあげたのは、俺の右隣に座るエリス嬢だ。
「先ほどの話の中で、エリス殿から『フリード家ならば4万セルーは出す』という話がありました。ですから、討伐の謝礼と詫び分が4万、あなたの首を繋げることになった我々の決断と行動に2万の価値を認めて頂き、合計6万セルーということで如何でしょうか?」
「そ、それでいいのか?」
タルタス卿は嫌な汗をかきながら、俺に尋ねてきた。
恐らく、法外な金額をふっかけられると思ったのだろう。
まあ、これまでの話の流れや、うちの評判を考えれば仕方ないけどね。
「構いません。我々としては我々の貢献が正当に認められ、速やかに謝礼と詫び金を頂ければ、それで結構です」
「ちょ、ちょっと待てボルマンっ」
俺の返事に焦ったように叫んだのは、我が父親(ゴウツーク)だった。
父親は俺の腕を掴み、部屋の隅に連れてゆく。
そしてヒソヒソと囁いた。
「お前、あの様子ならもっとむしり取れるだろう? なんで6万セルーで手を打つんだ!?」
「あまりふっかけると話を纒めるのに時間がかかりますし、金額が大きくなれば支払いが遅くなります。その間にフリード伯爵から待ったがかかったら全て水の泡ですよ?」
俺がじろりと睨むと、父親は「うっ」と言葉に詰まった。
「それにここで恩を売っておけば、この先、役に立つこともあるでしょう。父上、ここはひとつ6万セルーの即金払いということで認めて頂けませんか?」
俺の言葉に、ゴウツークはしばらく唸っていたが、やがてため息をひとつ吐いた。
「……仕方ない。認めよう。その代わりここで売った恩を活かす方法を考えろよ」
「もとよりそのつもりです。父上、ありがとうございます」
こうしてタルタスとダルクバルト、両家の交渉は無事終わったのだった。
交渉にかたがついた後、タルタス男爵は俺たちに屋敷に泊まるよう勧めてきた。
ややほっとした顔をしている。
「今日はこの屋敷に泊まられるといい。ささやかだが晩餐を用意させている。またエリス殿のご自宅には、早馬を走らせご報告させて頂くつもりです。手紙を書かれるようならお預かりするが?」
男爵の言葉に、エリスが頷く。
「今回の襲撃で護衛に死傷者が出ました。報告の手紙を書くので、お願いします」
そこで一度解散となった。
晩餐は、ミエハル子爵家で供されたものには及ばないものの、十分に豪華なものだった。
例によって我が父上殿の自慢話が炸裂したものの、タルタス卿はどこかうわの空、エリスは無視を決め込み、俺はせっかくの料理に集中していたので、相変わらず一人で滑っていた。
晩餐がお開きになると、それぞれが与えられた部屋に戻って行く。
エリス嬢は手紙を書くと言っていた。
ゴウツークはいつも通り。
俺は部屋付きのメイドにあることを頼んだのだった。
「交渉が片付いた後でこうして面会を求めるということは、つまりまだ要求があるということだね?」
テーブルをはさんで向かいのソファに腰掛けるタルタス男爵の頰は心なしか引き攣っていた。
言葉遣いが先ほどより柔らかいのは、ゴウツークがいないからだろう。
「いえ、要求ではありません。ひとつご提案があり、話を聞いて頂きたく参上したのです」
俺はなるべく柔らかい表情をつくり、男爵に話しかけた。
ここはタルタス卿の書斎。
実は先ほどメイドに頼んだのは、彼に秘密裏に取り次いでもらうことだった。
晩餐前の交渉はいわば予備交渉。
俺にとってはここからが本番だ。
「それで、提案というのは?」
男爵が先を促す。
「はい。我々とタルタス殿との交渉は終わりましたが、フリード伯爵との交渉はこれからですよね?」
「ああ、そうだね」
男爵は頷いた。
「勝算はおありですか?」
遠慮のないストレートな質問に、痩身の貴族は苦笑する。
「勝算、か……。何をもって『勝ち』とするかによるな」
「今回の場合は、シンプルに『領地・爵位の維持』で良いのでは?」
「……君はなかなか言うね。まあ、その通りだが」
視線を落とし、ため息を吐く男爵。
「状況を考えれば、守り抜くべきことを明確にして、枝葉は考えない方が良いでしょう。……と、余計なことですね。申し訳ありません。それで、勝算はおありですか?」
「ないよ」
男爵は即答した。
「フリード伯爵は海賊の親分のような気風の人だ。豪快で面倒見もいいが、その代わり、自分にも周りにもけじめをつけることを求める。間違いなく治安維持の責任を問うてくるだろうね」
なるほど。
エリスの父ちゃんは海賊、と。
「分かりました。では、ご提案です。フリード伯爵との交渉について、微力ながら私にお手伝いさせて頂けませんか?」
「君がか?」
目を見開くタルタス卿。
「はい。私が、です」
笑みを浮かべ、頷く。
タルタス卿は苦笑して首を振った。
「悪いが、その話は飲めないな。確かに君は弁がたつ。先ほどの交渉はしてやられたよ。だがこの件は、私と私の領地の問題だ。よその者に口出しさせる訳にはいかない。そんなことをすれば、それこそ領主としての責任を問われよう」
まあそうだろうな。俺もそう思う。
だが、その辺りは織り込み済みだ。
「もちろん私が交渉に参加することはありません。私にできるのは、せいぜいフリード伯爵に手紙を書くことくらいですよ」
「手紙?」
男爵の眉がぴくりと動く。
「はい。手紙です。内容は明かせませんが、色々な意味で私にしか書けないものです。タルタス卿に不利になることはありませんし、うまくいけば領地と爵位を守ることができます。どうでしょう。この話、乗りますか?」
「ふむ…………」
視線をテーブルに落とし、考え込むタルタス卿。
しばしの間があり、やがてこちらを見た。
「君ほどの交渉屋が出してくる提案だ。勝算があるのだろうな」
「なくはない、とだけ」
「やれやれ。その歳で可愛げのないことだ。それで、謝礼として如何程を望むのかな?」
どうやら話に乗ってきたようだ。
条件は、もう決めてある。
「金銭的なものは、成功報酬で構いません。タルタス卿が今回の件で領地と爵位を守ることができれば、4万セルー(約400万円)を頂きたく思います。領地・爵位を守ることができなければ、お代は頂きません」
「それはなんとまあ、欲のないことだね」
男爵が目を細める。
裏に何かあるのでは、と疑っているのか。
「私からすれば、手紙を一通書くだけの労力ですから」
「……それで、金銭以外の報酬は?」
うん。よく話を聞いてるな、この人。
男爵とはいえ、伊達に街道沿いの良地を任されてはいない。
その後の交渉で、男爵はこちらが出した条件に乗ってくれた。
まあ、そんなに難しい条件ではなかったし、予定通りと言える。
タルタス卿にその場で契約内容について一筆書いてもらい、無事契約を締結。
俺は自室に戻り、早速フリード伯爵への手紙をしたためたのだった。
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