第19話 メイド仮面
ユグトリア・ノーツのパーティーキャラに、タケヒトというキャラクターがいる。
日本刀を固有武器とし、禁術に似た不思議な剣技を必殺技に持つ、黒髪黒目の青年だ。
言葉少なで物憂げな表情でいることが多いが、サブイベントの活躍で多くの女性ファンを獲得し、ノーツシリーズの人気投票でも一部の熱狂的ファンの組織票により、常に上位に食い込むキャラクター。
彼は元々、西方の島国アキツ国の皇子であり、父皇が病死した際に、叔父によるクーデターで国を追われた、という背景を持っている。
彼の旅の目的はただ一つ。
『逃げる途中で生き別れてしまった妹を探し出すこと』
普通にゲームを進めると、妹と再会することなく、しかし、生存の可能性があることを微かに示唆されてエンディングを迎えることになる。
が、ここにひとつの噂がある。
兄妹が再会するイベントを見た者がいる、というのだ。
一時期ネットで真偽をめぐって論争になり、多くのやり込みゲーマーがそれを確かめるために試行を繰り返したが、結局、誰一人として証拠を確保することができなかったという噂話。
内容は、次の通り。
ローレンティア王国の王都に、闘技場というものがある。
ゲームの前半戦から遊ぶことができる施設で、レベル別に、一対一、またはパーティー対パーティーのトーナメントを行い、上位入賞すると非売品の賞品がゲットできるという、昔のオフラインRPGによく登場する類の施設だ。
その闘技場でトーナメントに参加していると、ごくごく稀に、珍しいキャラクターが登場することがある。
それは、商人に扮した王様だったり、スライムに化けた古代竜だったりしたが、その中に「メイド仮面」と呼ばれる人物がいた。
容姿は名前そのまんま。
黒髪ポニテにハニワのようなお面をつけたメイド姿。薙刀を装備し、動く日本人形やらクマのぬいぐるみやらをぞろぞろ引き連れて登場する。
実は彼女 (?)がタケヒトの妹であり、特定の条件下で勝利すると、兄妹再会イベントが見られたというのだ。
ではなぜ、誰も証拠を掴めなかったのか。
理由は二つ。
一つは、彼女の出現率があまりに低かったこと。
もう一つは、揃えなければならない条件のハードルが、あまりに高かったことだ。
そもそも彼女は、出現条件が不明だ。
何らかのフラグ立てが必要なようで、運が悪いと何百回やっても登場しない。
レベル二十台のトーナメントにしか現れない、というのも曲者だった。ストーリーの進行的に闘技場に立ち寄り辛いレベル帯である。
さらにこのキャラ、個人戦ではなく、パーティートーナメントに出現する。
パーティー戦では、パーティーメンバー五人のレベルの平均がパーティーのレベルとして扱われる。
通常、敵にしろ主人公たちにしろ、大体プラスマイナス五くらいの範囲に個々のレベルのバラつきが収まっていることがほとんどだった。
が、彼女のパーティーは違った。
彼女だけレベルが突出して高く、他のメンバーは低レベルという構成なのだ。それもそのはず。他のメンバーは、なんと日本人形と動物のぬいぐるみたちだ。
雑魚たちを一層しても、鬼神のようなメイドが長リーチ、広範囲攻撃で襲ってくる。
あまりのバランスブレイカーっぷりに「それ、自律して動いてないじゃん!」というツッコミが、あちこちで聞かれたという。
この、勝利することすら至難のわざというメイド仮面。
実はただ勝つだけではイベントは発生しない。「最後の条件」と言われた内容がまた酷かった。
タケヒトによる単独撃破。つまり、他のメンバー三人を意図的に戦闘不能にして、勝利すること。
……心を折られるプレイヤーが全国で続出したという。
この噂は、証拠こそないものの、非常に説得力のあるストーリーとしてファンの間に広まっていた。
理由は簡単。
タケヒトとメイド仮面に、あまりに共通点が多かったからだ。
黒髪、和風の武器、禁術と思しき術をからめた固有技。
もう「違う」と考える方が難しい。
兄妹は再会を喜び、兄は「一緒に暮らそう」と提案するが、妹は「お兄様には為すべきことがあるはず。私も自分の道を見つけました」と言って断るという話だった。
イイハナシダナア……
さて。目の前のメイド美少女である。
彼女は俺の言葉に目を見開き、次に殺気を放ってこちらを睨んできた。
「……あなた、何者ですか?」
「だから半分ボルマンだって」
「「…………」」
睨み合う二人。
……いや、睨み合う必要ないでしょ。少なくとも俺は!
ひょっとして今、かなりヤバい状態じゃない?!
「いやいやいやいや、証拠出せって言ったの、君でしょ?! なんで睨むのよ。僕の勘違いでなきゃ、君のお兄さんは絵物語に出て来る主人公の仲間だ。アキツ国の皇子、タケヒト。違う?」
俺の言葉に、またしても殺気のブリザードが吹き荒れる。
「……私のことを、どこまで知ってるんですか?」
「君のことなんか、ほとんど知らないよ! 本名も知らないし。僕が知ってるのは、タケヒトが君を探して旅をしてる、ってことと、君がそのうち王都の闘技場にお面を被って出場するかもしれない、ってことくらいだ。あ、あと、人形やらぬいぐるみを手を触れずに動かせるとか」
そこまで言った時、メイドの殺気が少し弱まった。
「人形? ……確かに、手を触れずに動かすことができるかもしれませんが、やったことはありません。どこからそんな話が出て来たんです?」
「絵物語の中に、君らしき人がちょっとだけ出てくるんだよ。その人物は、人形やぬいぐるみを操って、闘技場のトーナメントに出場してたぞ」
美少女メイドは、対峙してから初めて視線を外し、考え込む。
何を考えているのか。
時々こちらを見ては、また考え込んでいた。
五分くらい経っただろうか。
彼女はあらためて俺を見据え、口を開いた。
「分かりました。諸々の真偽は棚上げにしますが、しばらくはあなたが嘘を言っていない、と仮定しましょう」
仮定かよ!
まぁ、あまりに突飛な話だし、これで上等、と考えるべきなんだろうな。
彼女は続ける。
「……それで、あなたはエステル様をどうするつもりなのですか?」
どうやら、話はまだ終わらないらしい。
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