第18話 禁術使い

 

「さあ、お答え下さい。あなたは何者なのですか?」


 突き刺さるメイドの殺気。


 ヤバい。ここで返事を間違ったら、きっとマジで詰む。俺の本能がそう告げていた。


「お、おれは……」


 ボルマン?

 川流大介?

 それとも、他の何か?

 どう答えればいい???


 ええい!!


「俺はボルマ……」


「嘘ですね、それ」


 は?


 俺が言い終わるまえに、メイド少女は言葉を遮った。


「ちょ、なんで嘘って決めつけるんだよ」


 抗議すると、少女はドヤ顔で語り始めた。


「あなたの周りに、イタズラ好きのカザタマたちが集まって踊っています。つまり今の言葉は、嘘か、または隠していることがある、ということです」


「はあ?」


 こいつは何を言ってるのか。

 思わず素で反応してしまった。


「私には、人ならざるものを見る力があります。彼らの存在が、私にあなたの言葉の真偽を教えてくれるのです」


 何、それ?

 ユグトリア・ノーツにそんな訳の分からないものが……………………………………………………………………………………あったわ。





 ユグトリア・ノーツの舞台、ユグトリアは、RPGの定番、剣と魔法の世界だ。


 戦闘時のコマンドには、通常攻撃の他、SPを消費する「技」と、MPを消費する「術」がある。


 ただここで言う「術」はMPを消費して発動する魔法的な力の総称で、実際には三種類に分けられる。



 一つ目は、創世神オルリスに祈り、その力を代執行する「神聖魔法」。

 オルリス教の聖職者だけが使えるいわゆる聖属性の魔法で、ヒールなどの回復魔法の他、ジャッジメント(裁きの光)など、割とえげつない範囲攻撃魔法も存在する。詠唱時間はそれなり。



 二つ目は、オルリスの力が宿る「封力石」から力を引き出し、火、水、風、土の各属性に変換、操作する「封術」。

 オルリスの聖職者でなくても使えるが、制御に専門的な呪文、または封術陣を構築する必要があるため、基本的に封術士という専門職以外はほとんど使えない。

 ただ、簡単な封術陣はスクロールとして市販されているので、それを使えば、子供でも初級封術の使用は可能だ。

 中級以上の封術は、かなりの詠唱時間を必要とする。



 最後が「禁術」。

 先にあげた二つには当てはまらない魔法で、ゲーム中では特定の敵と、ヒロインのティナしか使えない。……いや、この禁術を応用したと思われる「技」を使えるパーティーキャラが一人いたか。

 邪神ユーグナとその眷属の力を借り、ごく短時間の詠唱で、様々な魔法的現象を引き起こす。イメージとしては、召喚魔法が近いだろう。

 当然、オルリス教国では「悪霊の力を顕現する穢れた術」として、使用、研究はおろか、習得することも禁止されており、そのため一般的には「禁術」と呼ばれていた。





 さて。今しがた目の前のメイドは、なんと言ったか。

「人ならざるものが見える」、「イタズラ好きのホニャララ」と言った。


 それは、神ではない。

 少なくとも創世神オルリスではないだろう。


 もしそれが「禁術」に繋がる何か、つまり邪神ユーグナとその眷属であるならば、彼女はこの世界において特別な人間であると言える。

 ヒロインであり、この物語の鍵であるティナと同じくらいに。


 果たして、そんな少女がいただろうか?




 少なくともメインストーリーにこんなキャラは出て来なかった。

 ゲームを四周はクリアした俺だ。それは断言できる。


 だが、何か引っかかる。

 知らない、とは言い切れない、妙な既視感。


 俺の頭の中で、三百時間近いゲームプレイと、攻略サイトの記憶が早回しで再生され始める。





 目の前にいるカエデと名乗るメイド少女は、こちらを睨んでいた。


「何を考えているんですか?」


「……………………」


 頭の中を、思考が、ゲーム画面が、駆け巡る。


 和風メイド、人ならざるもの、禁術、薙刀、昔の大怪我、西方の島国、アキツ国、皇族、クーデター、逃げ出した皇子…………


 全ての点がつながり一本の線となった時。

 そこに現れるのは、たった一つの真実……!



「メイド仮面か!!」


「…………?」


 黒髪の美少女メイドは、怪訝そうに眉をひそめた。




「意味不明なことを言って、はぐらかそうとしても、無意味ですよ」


 メイドから伝わってくる殺気が強まる。

 さて。どう話をするか。


 俺は、ゆっくりと口を開いた。


「さっきの答えだけどね」


「……?」


「嘘じゃない。僕は、ボルマンだ。…………半分はね」


 少女の眉間に皺がよる。


「半分? それはどういう意味ですか?」


「この体はボルマンだけど、中身はボルマンじゃない、ってことさ」


 俺はメイド少女に、自分が何者なのかをかい摘んで話した。





「……その話を、信じろと?」


 わずかに胡散臭げな顔をする和風美少女。

 だが、その口調とは裏腹に彼女の目は細められ、思考を巡らせているようだった。


「信じるかどうかはそっちの勝手だが、嘘は言っていない」


 俺は強気を装う。

 何かを見るように目を細めた少女は、険しい顔になる。


「……この世界が絵物語?」


 テレビゲームについて分かりやすく説明する自信がなかったので、ざっくりと「絵物語のようなもの」と説明したのだ。


「いや、この世界が本当に絵物語の中の世界なのか、それとも、たまたまよく似た別の世界なのかは、分からないぞ。だけど少なくとも、僕が知る物語の世界と共通点が多いのは確かだ」


 カエデさんは小さく息を吐いた。


「嘘は言っていないようですが…………信じるにはあまりにも突飛すぎる話です。あなた自身が、洗脳されているか、妄想家の狂人である可能性もありますしね」


 おいおい、それちょっとヒドくない?

 おいちゃん泣きそうだよ。


「何か、あなたの言を信じるに足る証はありませんか?」


 うん。その言葉を待ってたんだ。




「ひょっとして君には、生き別れたお兄さんがいないか?」


 俺の言葉に、少女の目が見開かれた。


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