第20話 重い言葉、思い言葉

 

「エステル殿が嫌でなければ、我が妻として迎えたい」


 小柄な和風メイドが鋭い目を向ける中、彼女の問いに対し、俺は即座に言い切った。


 目を細め、こちらを見据えるメイド少女。

 その視線を正面から受け止め、投げ返す。


「…………」


「…………」


 対峙する二人。



 やがて相手が口を開いた。


「……ズルい言いかたですね。その言いかただと、まるでエステル様に選択肢があるようじゃないですか」


 ため息を吐くように、そう吐き出す少女。

 まぁ、その気持ちは分からなくもない。


 貴族の親同士が決めた結婚。

 普通なら確かに選択の余地はない。


 だが、片方の親が約束を履行するどころではなくなったらどうだろうか?


 例えば、牢屋に入れられるとか。



「確かに、今の僕らに選択肢はないな。だけど、この先の五年間で状況が変わる可能性はあるでしょ?」


 メイドは目を細めた。


「つまり、その選択肢が出てくると?」


「エステル殿が望むならね。僕は彼女と結婚したいけど、彼女の意思を尊重したいと思ってるよ」



 カエデさんは、再び考えこんだ。

 しばしの沈黙。


 そして、口が開かれる。


「あなたに、お嬢様を幸せにできますか?」


 真剣な眼差し。

 その問いは重い。


 その答えは、思い。


「幸せにできるよう、努力する。僕がエステルを幸せにできないと思ったら、遠慮なく斬れ」


 メイドはまた目を細める。


「……わかりました。お嬢様を、よろしくお願いします」


 そう言うと、彼女は俺に背を向けた。





「はぁ…………」


 その場に残った俺は、ベンチに崩れ落ちた。


 正直ヤバかった。

 あれ、状況によっては本気で殺る気で来てたぞ。


 おまけに嘘ついたらバレるとか。隠し事があれば分かるとか。どんだけ無理ゲーなのかと。

 俺が一言言うごとに見極めようとするのは、勘弁願いたいな。


 まぁ、それだけエステルに強い思いを持ってるんだろうけど。

 二人のやりとりを見てると、実の姉妹に見えることがあるもんなぁ。




「しかし、やりづらい……」


 先ほどのやりとりを思い出し、ついつい漏れる再びのため息。


 自分の秘密を喋ってしまった。

 転生者である、という秘密を。


 あの時、頭に浮かんだ選択肢は三つ。


 一つ、誤魔化す。はぐらかす。

 二つ、だんまりを決め込む。

 三つ、正直に言う。


 誤魔化せば、バレて更なる不信感を与える。

 沈黙で応えれば、何か隠していると思われて不信感を与える。

 じゃあもう、三つ目しか選びようがないじゃない、という話だ。



 営業をやっている時も、たまに似たような状況があった。

 こちらが伏せておきたい不利な情報を、お客さんが掴んでいる場合だ。


 そういう時、下手に誤魔化したり否定しても、良い方向にはならない。だんまりなどもってのほかだ。

 では、どうするか。


 正直に話す。

 実はこの一択だ。


 そうすることで、うまくいけば信頼を失わずに済む。

 バレそうなら、こちらからバラしてしまえ。

 それが、十年近く営業をして学んだことだ。




 それに、自分が転生者であることは、どうしても隠し通さなければならない情報でもなかった。


 まず、恐らく信じる人がほとんどいない。


 例えば、地球で「俺、実は異世界から来たんだよね」なんて言ってまわる人がいたらどうだろうか。

 ノリがいい人なら「そうか、実は俺は宇宙人なんだ」くらいは言ってくれそうだが、ほとんどの人は黙って彼を避けるだろう。


 また、彼女に話したところで大きなデメリットはなさそうだった。


 エステルに関する利害は「エステルを幸せにする」という一点で完全にこちらと一致する。


 彼女にしてみれば、俺がどんな人間かは「エステルを幸せにするか否か」という点でのみ関心を持っているに過ぎない。

 はっきり言えば、エステルを幸せにできるのであれば、転生者だろうが、魔法をかけられたカエルだろうが、どうでもいいのだろう。




 そう。大事なのはエステルのことだ。

 それは俺も同じ。


 三年後に結婚。

 四年後に滅亡。彼女もろとも。


 それだけは避けなければならない。絶対に。



 そもそも、なぜボルマンの領地は滅亡してしまったのだろうか。


 隣接するリードの兄貴の領地は、同じように魔物の襲撃を受けたのに、物的損害はともかく人的損害は軽微だった。

 少なくともゲームの表現では。


 かたや被害軽微、かたや全滅。

 なぜ、ここまで差がつく?


 リードの兄貴は王国騎士団あがりだ。もちろん魔物との戦いの経験も豊富だろう。

 だが、それはうちの部下にも言える話だ。ジャイルズの父、クリストフは元王国騎士なのだ。


 では領兵の人数だろうか。それとも質?

 いやいや、村三つの領地と村二つの領地でそんなに差があるとは思えない。


 と、なると、考えられることは一つ。


 俺の領地を襲う魔物の群れは、リードたちの村を襲ったそれより、はるかに強大である、という可能性。



「はは……なんて無理ゲー…………」


 どこまで準備すれば足りるんだろう?

 どうすればエステルを守り抜けるんだろう?


 俺は文字通り、頭を抱えた。




「…………ボルマンさま?」


 その時、鈴の音のようなきれいな声が聞こえた。


「え……?」


 驚き、顔を上げる。


 そこには、夜着にガウンを羽織った姿で立ちつくす、婚約者(エステル)の姿があった。


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