第17話 冥土、襲来

 

 顔を朱くしてサロンをあとにする婚約者(エステル)を見送った後、再びソファに腰を下ろし、両手で顔を覆う。



 結論から言おう。


 エステル、いい娘(こ)!

 超いい娘(こ)!!

 あと、からかうとマジ可愛い!!!



 手の中で、顔のゆるみが止まらない。

 こんなところを誰かに見られたら、絶対キモがられるに違いない。



 エステルは体型はともかく、気立てはいいし、頭もいい。

 わりと容赦なく難しい話をしてたんだけど、ちゃんと理解して話についてきてた。


 あと、さりげない気遣いが、すごく嬉しい。

 移動の時は「のどが渇きませんか?」とか訊いてくれるし、食事の前には好き嫌いを訊いてくれる。


 まさに理想の女の子。

 結婚したい!!


 ……いや、する予定だけど。

 俺、彼女の婚約者(フィアンセ)だし!


 そんなことを考えていた時だった。




「…………」


 ぞわり、と。

 嫌な感じがした。


 なんだろう、この悪寒は?


「……あれ?」


 何か忘れてる気がする。


 俺は、彼女と結婚する。

 何の問題がある?

 何の問題もない。…………はず。


 このままいけば、三年後に彼女は俺(ボルマン)の伴侶になる予定だ。


 この国の成人年齢は十五歳。

 今回の婚約の誓約書では、二人の成人の儀と同時に、結婚の儀を執り行うことになっていた。


 そう。四年後に。



 …………あれ?

 四年後?



 俺は、やっと、あることに思い当たった。

 俺と彼女(エステル)は、三年後に結婚する。


 それはつまり、四年後の最悪の時を夫婦として迎えるということ。


 彼女の命を、危険に曝すということ。




「ダメだろ、それは…………」


 俺は金槌で頭を殴られた気がした。


 そんなことできない。

 あんないい子の未来を奪っちゃいけない。


(どうすればいい?)


 自分に問いかける。


(彼女だけ逃がすか?)


 …………いや、自分だけ安全なところに逃げるような娘(こ)じゃない。


(魔物の襲撃の前に、領外に避難させる?)


 …………ダメだ。

 どうやって魔物の襲撃をピンポイントで察知するのか。


 幸福感から一転、俺は恐ろしい未来に頭を抱えた。





 コン、コン


 突然の物音に、はっ、として顔を上げる。


 エステルは部屋で寝ているはずだ。

 誰だろうか?


 コン、コン


 再び扉がノックされる。


「……どうぞ」


 俺が声をかけると、静かに扉が開かれる。

 そこには、黒髪黒目の小柄なメイドが立っていた。





「失礼致します」


 カエデさんは、一礼して入室すると、静かに扉を閉める。

 そして、まっすぐ俺の前に歩いて来た。


「何か用かな?」


 俺の問いに、彼女は再び一礼すると、顔を上げ、真っ直ぐ俺を見据えてこう言った。


「ボルマン様に、お聞きしたいことがございます」





 数分後、俺たちは屋敷の庭の奥にあるガゼボ……西洋の庭にある、屋根と柱だけの休憩所みたいなやつ……にいた。


「こんなところまで連れて来て、何のつもりかな?」


 内心ビクビクしながら、精一杯、虚勢をはる俺。


 なんせ相手は手練れの薙刀使いである。

「私のお嬢様を誑かすな!」とか言って斬りかかられたら、即あの世逝きだ。




 月明かりの下、見た目高校生くらいのメイド少女はゆっくり振り返った。


「何もしませんよ。……今のところは、ね」


 何? 『今のところは』って!!

 後でなんかするってこと?!



「先ほども申し上げた通り、少し伺いたいことがあるだけですよ」


 ポニテのメイドは、冷たく微笑む。和風美少女のこういう表情(かお)は、非常に怖い。


「そ、それで、何が訊きたいのかな?」


 俺が問うと、メイドの顔から笑みが消えた。


「…………お嬢様に、何をするつもりですか?」




「は?! ……な、何を、って?」


 戸惑う俺を、メイドの視線が射すくめる。


「大変失礼ながら、お嬢様の婚約準備のため、少々ボルマン様のことを調べさせて頂きました」


「そ、それはご苦労さ……」


「その結果わかったことは、」


 メイドはそこで言葉を区切る。


「あなたが、お嬢様に相応しくない、とんでもない男だということです」


 ごう、と冷たい感情の嵐が吹き荒れる。


 ……やべ、チビりそう。




「領民への略奪、虐待。さらには婦女暴行まで。まさに子豚鬼(リトルオーク)。領民から語られるその姿は、悪鬼そのものでした。あと、よく分かりませんが『バッタの座布団』とか……」


  誰だ、余計なこと言った奴!


 っていうか、カエデさん、わざわざうちの領地まで聞き込みに来たの?!


「それらの話を聞き、私は覚悟を決めました。もし、お嬢様が泣くようなことがあれば、この手で悪を葬りさろう、と」


 美少女冥土、いや違った、メイドの瞳が怪しく光る。


 ひぃいいいい!!




「……ですが、少々予想が外れました」


 え?


「意外なことに、ボルマンさまはお嬢様の手づくりのお菓子に謝意を示されました」


 それってもしかして、俺のことちょっとは見直……


「そして、私の目の前で、あの手この手でお嬢様を誑かし始めたのです」


 ひぃいいいい!?


 脂肪、いや、死亡フラグ、健在だった!!





「ただ、よく分からないこともあります」


「…………え?」


 俺は間抜けな声をあげる。


「ダルクバルト領で聞いた話からイメージされる人物像は、精々『欲望に忠実なクソガキ』程度のものでした」


 うん、まぁ、そうだろうな。

 ひどい人物評だけど。

 一応、君の主人の婚約者なんだけどね。


「ですが、実際に私の目の前に現れた少年は、むしろ真逆の人物でした。礼儀正しく、気遣いができて、時に子供とは思えないほどの洞察力を持っている。……正直、同じ人物とは思えません」


 うわ、鋭い……。


「だから、成敗する前にこうして訊いているのです。あなたは一体、何者で、お嬢様に何をするつもりなのか、と」


 ひぃいいいいいいいい!!


 襲来したのは、メイドじゃなくて、やっぱり冥土だった。

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