第16話 領地見学 2日目

 


「へえ、農村なのに随分とたくさんお店があるんですね」


 ふたりで村の中心に向かって歩きながら、ボルマンさまは道にならぶ商店を珍しそうにのぞいていきます。

 ふふ。好奇心のかたまりのようです。


「八百屋に肉屋、パン屋に鍛冶屋。あと宿屋も。この規模の村で、飲食店兼業とはいえ宿屋があるのはすごいですよ。どんな人が泊まるんですかね」


「わたしも詳しくはないのですが、行商の方や、小麦の輸送をされる方々が利用されているみたいです。クルスから半日の距離とはいえ、天気が悪い時もありますから」


「なるほど。それで商売が成り立つくらいに人と物が流れているんですね」


 ボルマンさまは、うん、うん、と感心したように頷かれます。


 わたしは今まで、村に宿屋があることを当たり前だと思っていました。ですが確かに、ボルマンさまの仰る通りです。人と物が村を通らなければ、商売になりません。


 ボルマンさまの言葉には、ハッとさせられることばかりです。時々、本当に同い年なのかと思うような話をされます。

 が、そうかと思えば、とても子供っぽく思える時もあります。


 不思議な人です。




「野菜や果物のお店も繁盛してますね。我が領の村では野菜も小麦と同じく共有管理して配給していますが、この村ではちゃんとお金で売り買いがされている…………エステル殿?」


「は、はいっ。なんでしょうか?」


 ボルマンさまの立ち姿に見入っていたわたしは、急に呼びかけられ、あたふたしてしまいます。


「ちょっとだけ買い食いしませんか?」


「……え?」


 ボルマンさまは、ニコニコとわたしを誘います。


「せっかく見学に来たのです。ここはひとつ、実地でその味を体験することも必要だと思うのですよ」


「ええと、でも、お昼を頂いてからまだそんなに……」


「エステル殿」


「は、はいっ」


「わたしの領地には、こんな言葉があります」


 ボルマンさまは、とても悪そうな笑顔で、こう仰いました。


「『デザートは別腹』と」


 わたしは落ちました。




「美味しいですね、エステル殿!」


 ボルマンさまは、満面の笑みで梨を頬張ります。


「…………はい」


 小ぶりの梨は、とてもおいしかったです。

 でも、自分の意思の弱さに、ちょっと情けなくもなりました。




「あ。あれはひょっとして教会ですか?」


 村の中心にある広場を超えたところで、ボルマンさまは屋根の尖った建物を指差されました。


「はい。オルリスさまの教会です。礼拝集会の他に、神父さまが治癒魔法で病気や怪我の治療をされたり、ギフタル小麦の栽培指導などもされているんですよ」


「え、なんで教会が小麦の栽培指導までやるんです?」


 ボルマンさまが首を傾げました。


「ギフタル小麦は、元々オルリスさまからの授かり物ですから。聖典に記載があって、教会が栽培を積極的に広めているんですよ」


 わたしの言葉に、ボルマンさまはばつが悪そうにされます。


「ああ、なるほど。うちは両親があまり熱心な信者とは言えないもので……。実は我が領には教会がひとつもないのです」


「え……ひとつもないのですか?」


 今度はわたしが驚く番です。



 わたしも家族もそれほど熱心な信者ではありませんが、オルリス教会や、教会の行事は昔から当たり前のようにありました。

 またローレンティア王国の国教に指定されているので、まさか国内に教会のない領地があるとは思いもしなかったのです。


「お恥ずかしながら、聖典も読んだことがないですし、ギフタル小麦についても、白パンの原料ということくらいしか知らないのです」


「そうなのですか……。ギフタルは、味や食感が良いだけでなく、保存性にも優れています。ですが、唯一の欠点は、栽培が難しいことなんです」


 ボルマンさまは、ぽん、と手を打たれました。


「なるほど。それで教会が栽培指導をしているのですね」


「はい。その通りです。今でこそミエハル領はギフタル小麦をたくさん作っていますが、お父さまが本格的に栽培に取り組まれた頃は、まだ栽培技術も未熟で、かなり苦労したと聞いております。一番苦労したのは土壌づくりで…………」


 ボルマンさまとわたしは、そんな話をしながら村を通り抜け、丘の下で待ってくれていた馬車のところまで歩いたのでした。




 ボルマンさまといると、色んな気づきがあります。

 一緒にいると、とても楽しい時間を過ごせます。


 でも一方で「自分が本当にこの人に釣り合うのか」、「わたしはちゃんとこの人を支えることができるのか」と、心のどこかで不安にもなるのです。





 湯浴みと夕食を終え、サロンで楽しいひと時を過ごし、わたしはボルマンさまにおやすみの挨拶をします。


「ボルマンさま。昨日、今日と、とても楽しい時間を過ごさせて頂きました。本当にありがとうございます」


 ボルマンさまはわたしに合わせて立ち上がり、微笑んで応えて下さいました。


「いえいえ、お礼を言わなければならないのはこちらです。私のわがままに付き合って領内を案内してくださり、本当にありがとうございました。ミエハル領に来たのは初めてでしたが、お父上が噂以上に優れた方だということがよく分かりましたし、何よりエステル殿とのデートはとても楽しかったです!」


 目の前の男の子は、そう言ってニコニコとわたしを見つめてきます。


「で、デート…………」


 ボルマンさまの言葉に、顔がかぁっ、と熱くなり、思わず視線を床に落としてしまいます。


「今度は、ぜひ我が領に遊びにいらして下さい。何もない田舎ですが、今日のお礼もかねて私がご案内させて頂きますよ」


 そうです。ボルマンさまは明日の午後、帰宅の途につかれるのでした。

 そうなれば、どちらかがどちらかを訪ねなければ、会うことができません。


「……か、かならずお伺い致します」


 わたしは、恥ずかしくてボルマンさまの顔を見られず、床のカーペットを見つめながら、そう伝えました。


「ぜひ。お待ちしておりますよ」


 きっとボルマンさまは、あの笑顔を向けて下さっているはずです。

 ですが、やっぱりわたしは婚約者(ボルマンさま)の顔を見られませんでした。


「そ、それでは、また明日。……おやすみなさい!」


 わたしは勢いよく礼をし、逃げるように早足で出口に向かいます。


 ドアノブに手をかけた時、後ろから優しい声が聞こえました。


「おやすみなさい、エステル殿」

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