第15話 メイドの嗜み
ゴブリンの襲来を告げる御者の言葉に、カエデが立ち上がりました。
「ボルマン様、お嬢様、ちょっと掃除をして参りますので、しばらくお待ち下さい」
カエデはそう言うやいなや、馬車の左扉を開け、屋根に縛りつけていた武器を手に取ると、メイド服のまま飛び出します。
なぜでしょう。
これまでも何度か魔物や賊に襲われたことがありますが、恐くてたまらない時でもカエデの言葉を聞き、小柄な彼女が戦いに赴く姿を見ると、不思議と震えが止まります。
ボルマンさまは馬車から飛び出してゆくカエデの姿を唖然とした顔で見ていましたが、すぐに左の窓に寄り、外の様子を窺い始めました。
ピッ、ピッ、ピー!!
笛の音が聞こえます。
カエデが、護衛の兵士に指示を出したようです。
すぐに、馬車の近くに護衛の兵士が集まって来ました。
「あなたたちは馬車を守りなさい。私は前方の集団を片付けます」
「「「はっ!!」」」
カエデは自分の身長より長大なその武器を携えて馬車の前方に走っていくと、戦いを始めました。
「エステル殿、ひとつお伺いしても構いませんか?」
戦闘が始まって間もなく、ボルマンさまが前の窓ガラスに張り付いたまま、わたしに話しかけてこられました。
「は、はいっ。わたしに分かることでしたら」
「カエデさんって、何者です?」
ボルマンさまは、不思議そうな表情でそう問われました。
カエデとの一番古い記憶は、まだ母が存命だった頃に遡ります。
ある日、今日のように馬車に乗って母と移動した時に、窓越しに外を見ていた母が、馬車を停めるように言ったのです。
それは、森を貫く一本道。
母は森の中に倒れている人影を見つけ、助けるよう護衛の兵士たちに指示したのでした。
間もなく兵士たちが木々の間から抱えて出て来たのは、異国から来たと思われる黒髪と黄色の肌を持ち、全身に大怪我と大火傷を負った瀕死の女の子。
倒れていた彼女の手には、一振りの変わった形の槍が握られていたそうです。
兵士たちが血まみれの少女の扱いに困っている中、母は彼女を馬車の中に運び入れさせました。
そして自らのひざの上に寝かせ、お父さまから預かっていた回復の秘薬(エリクシール)を飲ませたのでした。
数日後、回復した女の子は母に仕えることを望み、わたしに新しいメイドがつくことになりました。
それが彼女、カエデとの出会いです。
「すみません。わたしが知っているのはそれくらいです。あとは、わたしのメイドで、護衛で、姉がわりとしか」
カエデは初めてわたしの専属メイドになったその日から、献身的に尽くし、支えてくれています。
昔、何があったのか。
些細なことです。
カエデが話したいのなら聞きますが、わたしから尋ねることはないでしょう。
わたしにとっては、今のカエデが、カエデの全てです。
ボルマンさまのご期待に沿えないお返事になってしまったでしょうか?
「なるほど、そんなことがあったのですか……って、すみません。言葉が足りませんでした。『何者か』というのは、彼女の強さについてです。本当にメイドなのかな、と。なんか、凄まじい勢いで敵をなぎ払っているものですから」
ボルマンさまは苦笑いしながらそう言われました。わたしは、思わず微笑みながらそれに答えます。
「カエデは強いですよ。訓練でも、領兵三人を相手に圧倒してしまうくらいです」
彼女の戦いは、まるで舞っているように美しく、それでいて何者も近づけさせない強さがあります。
「それはなんというか、すごいですね。……あと、カエデさんが使っている槍のような武器ですが、あれはただの槍じゃありませんね?」
ボルマンさまは、どこか確信したように尋ねてこられました。
「はい。確か珍しい異国の武器で、ええと……ナガナタ? 」
「ナギナタ、ですか?」
「そう、ナギナタ、です。……ボルマンさまは、あの武器のことをご存知なんですか?」
わたしは、驚いて尋ねました。
カエデからは「この国にあるナギナタは、この一本だけだと思う」と聞かされていたからです。
ボルマンさまはわたしの質問に、少し困ったような顔をしました。
「知っている、と言えるほどではありません。分かるのは、あれが薙刀(なぎなた)という武器で、おそらく遥か西方の島国、アキツ国のものだということくらいでしょうか」
アキツ国。
うわさには聞いたことがあります。
遥か西方にある島国で、わたしたちが信仰するオルリス教を拒み、国交と交易を閉ざして独自の文化を持っている国だと。
カエデは、その国から来たのでしょうか?
そんなことを考えていた時、馬車の扉がノックされました。
「ボルマン様、お嬢様。お待たせ致しました。掃除が終わりましたので、出発致します」
カエデは髪を乱さず、服にシワも作らずに魔物と戦い、汗をかいた様子もなくそう告げます。
「カエデさんは、武芸者ですね」
ボルマンさまが興味深そうに声をかけられると、カエデは、
「エステル様のメイドとして、当然の嗜みでございます」
と、涼しい顔で答えていました。
その表情がどこか誇らしげに思えたのは、わたしの気のせいでしょうか?
その後の道中は順調でした。
途中、小休止してランチボックスを頂いた後、一刻ほどで別荘地の村に到着します。
「よかったら、ここから歩きませんか?」
村の門をくぐったところで、ボルマンさまがわたしを誘って下さいました。
「は、はい。でも別荘までは少しありますよ?」
「あの丘の上に見えるお屋敷ですよね」
ボルマンさまが指差した先には、言われた通りクルシタ家の別荘が建っています。
丘の上に建っていますが、坂道を大きく巡らせてあるので、馬車で乗り入れることができます。
「はい」と頷くわたしに、ボルマンさまが笑いかけてこられます。
「では、丘の下で馬車に待っていてもらいましょう。私はぜひエステル殿に、村を案内して頂きたいです」
ニコニコと、そんなことを仰るのです。
この方の笑顔は、ズルいです。
もう、頷く以外ないじゃないですか。
……いえ、わたし自身もボルマンさまと二人で村を歩きたいんですけど。
でも、なんかズルいです。
そう思いながら、
「わたしなどのご案内でよろしければ、よろこんで」
わたしはボルマンさまのお誘いを受けたのでした。
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