第7話 持ち去られた何かの話


 約束を交わした後、リードたちは森に入っていき、俺たち三人はオフェル村に戻ることにした。


 昼食後、すぐに隣村に出立することになっていたし、いつまでも森のそばにいて、何かの間違いで強力な魔物に襲われても面白くないと思ったからだ。


「さて。さっきの交渉(やりとり)を見てどう思った?」


 道すがら、二人に問う。

 問われた二人は首をひねっていた。


「約束を守ってペンダントを諦めたってことは、負けを認めた……のか? だけどあんまり負けた気がしねーな」


 ジャイルズが呟く。

 続いてスタニエフも口を開いた。


「負けた気がしないのは、こっちは得たものがあるけど、向こうは得たものがほとんどないからですかね?」


「スタニエフ、正解」


 俺の言葉に、二人がこちらを振り返った。


「こっちが『約束を守る』と言いながら条件を出した時点でおかしいと気づけなかったのが、彼らの敗因だな。あのやりとりは前の決闘とは関係のない、新しい契約の話なんだ」


「新しい契約?」


 スタニエフに頷いてみせる。


「そう。今後彼らにちょっかいをかけない代わりに、テナ村にある秘密の遺跡の封印を解かせるって契約さ」


「遺跡! テナ村にそんなもんがあるのか?!」


「そんな話、聞いたことないですよ」


 ジャイルズが素っ頓狂な声をあげ、スタニエフが訝しげに首を傾げた。


「ある。うちの書庫に埋もれていた古文書に書いてあったことだから、他の誰も知らないだろうけどな」


 しれっと嘘をつく。

 本当はゲーム知識なんだけどね。




 テナ村が魔物に襲われて滅びた後に廃村を訪れ、焼け落ちた古い祠の奥を調べると、遺跡の入口を見つけることができる。


 その時にはすでに入口の封印が解かれているのだが、封印を解く鍵が、ティナの持つ碧いペンダントだったらしいのだ。


 なぜ伝聞なのか。


 それは、主人公が直接封印解除に立ち会った訳ではなく、攫われていたティナを救い出し、パーティーに加えた後に、彼女の口から聞く話だから。



 そう。

 ヒロインのティナは、魔物襲撃のどさくさに紛れて敵に攫われる。

 リードは行方不明になった彼女を探すため、旅に出るのだ。



 ティナは攫われた直後、誘拐犯に連れられ廃墟となったテナ村で、遺跡入口の封印解除をさせられたらしい。


 ティナを救い出した後、主人公(プレイヤー)たちが彼女の情報をもとに遺跡を探索すると、宝箱の類は手つかずなのに、最奥部の祭壇に祀られていた「何か」だけ持ち去られた形跡がある、という筋書きだった。



 一体、何が祀られていたのか。


 実はその答えは作中で明言されることがなく、謎のままとなっている。


 ファンの間ではそこまでの経緯から、ティナの出生の秘密と関わりがあり、ゲームの最終ボスである「邪神ユーグナ」に繋がる何らかの武器、アイテムではないか、と囁かれていた。

 が、作中はおろか公式攻略本、設定資料集にすら記載がなかったため、結局、真相は闇の中となっていたのだ。



 今、手が届くかもしれないところに謎のアイテムがある。

 ひょっとしたらそれで、自分の呪われた運命を切り開くことができるかもしれないという淡い期待。

 昨晩色々と悩んだ末、俺はその何かを確認しようと決心したのだった。




「古文書によれば、遺跡には強力な装備品やアイテムが眠ってるらしい。入手できれば、大幅に戦力を強化できるだろうな」


 おお、と目を輝かせる子分たち。

 まあ気持ちは分かる。お宝探しは男の子の不変の浪漫だからね。


 古文書は嘘だけど、ある程度の装備品が手に入るのは本当。ゲーム前半の遺跡とはいえ、後半まで使えるものが入手できる。

 問題は……


「問題は、出現する魔物もそこそこ強力ってことかな。サーベルタイガーとか出るらしいし。レベル25くらいないと厳しそうだ」


「「レベル25!!」」


 空を見上げる二人。


「そいつはまた、高い目標だな……」


 ジャイルズが呟く。

 まあ、そういう反応になるよね。


 レベル25がどのくらいのものかというと、王国騎士団の若手騎士が大体そのくらいのレベルだと言われている。

 冒険者のランクで言うと、上級に足がかかるくらい。

 一般的な兵士のレベルが15くらいだから、25というのはこの世界ではかなりのレベルと言えるだろう。

 今から頑張ってレベル上げに勤しんでも、魔物襲撃に間に合うかどうか。


 ちなみに「ユグトリア・ノーツ」一周目のクリアレベルは55〜65くらいなので、主人公パーティーがいかに化け物じみているかが分かる。

 まぁ闘技場に行けばそれ以上のライバルも出てくるので、世の中は広い、ということか。


「レベル上げについてはちょっと考えてることがあるから。とりあえずお前たちは俺の訓練に付き合えばいいよ」


「お、おう!」 「ぼ、僕も訓練するんですか?!」


 ジャイルズの目が泳ぎ、スタニエフが情けない顔をする。


「いいな?」


「おう!! (はぃ……)」


 こうして、当座の目標が決まったのだった。




 正直なところ、この時の自分は、少し浮つき気味だったように思う。

 転生してからこっち、口先で周囲を煙に巻き、説得し、交渉し、わずかだけどゲームのシナリオを書き換えることにも成功した。


 だからこの後、困難が次々襲ってきても、まあなんとかできるんじゃないか、と心のどこかで思っていた気がする。

 ゲームの世界だし。


 だが、現実はそんなに甘くなかった。

 置かれた状況をひっくり返す困難さを、この直後、俺は痛いほど知ることになる。

 文字通りの意味で。

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