第6話 主人公を口先で翻弄した話


「坊ちゃん、一体、何があるんで?」


 ジャイルズが顔を引き攣らせた。


「魔物の襲撃だよ。魔獣の森から魔物が溢れてくる。お前たちも知ってるだろ?」


「そ、そりゃあ知ってるけどさ。それを防ぐために毎年『間引き』してるんじゃねーのかよ」


 ジャイルズの言う通りだった。


 ダルクバルト領東部に広がる巨大な森。

 この森は厳密には二つの森から成る。西の「挟間の森」と、東の「魔獣の森」だ。


 東西二つの森は、テルナ川という幅百メートルほどの河川で隔てられ、植物の植生、棲息する魔獣の種類は大きく異なっていた。



 オフェル村とテナ村に隣接する「挟間の森」ではコーンラビット、ジャイアントラット、キングフロッグなど、比較的低レベルの魔物が出現する。

 今の俺たちのレベルでなんとか。リードたちなら良いペースで狩れるはずだ。


 一方、川向こうから遥か東のアルマ山に到る「魔獣の森」にはマーダーエイプ、マンティコアから果てはサイクロプスまで、中〜高レベルの魔物が棲息している。

 外縁部から奥に進むに従って魔物は強くなる。ジャイルズの父親、クリストフなら一人で外縁部の魔物くらいは狩れるだろうが、奥に進むのは難しいだろう。



 魔獣の森の魔物の間引きは、歴代のダルクバルト領主が国から課せられてきた責務だった。


 言い伝えによれば、全く間引きをしないと数年で魔物が森から溢れて周辺の村を襲い、果ては王都まで被害が及ぶらしい。

 もちろん間引きには相応の人員と費用が必要で、一男爵領が全て負担するには荷が重い。そこで支援として毎年、国から相当の補助金が支給されて来たのだ。


 だが当代の領主、つまり豚父はその補助金の一部を着服し、密かに間引きの規模を縮小してしまっていた。

 本来、複数の高レベル冒険者パーティーを雇い一ヶ月かけて間引きを行うところを、規模を縮小し、期間も半分程度に短縮して実施していたのだ。


 四年後の魔物の襲来はその積み重ねによって起こった、という話がゲーム中で語られていた気がする。


「言いにくい話だが、今の間引きじゃ間に合わないんだよ。規模は小さいし、期間も短すぎる。このままだと数年後には森から魔物が溢れてくるだろうな」


 俺の言葉に、子分たちの顔色は青くなる。


「りょ、領主様は、そのことをご存知なんですか?」


 スタニエフの質問に、俺は首を振った。


「気づいてないだろうな。まぁ、進言しても耳を傾けるかどうか。父上は金惜しさに間引きの規模を年々縮小している。それに合わせてここ数年、領内に強力な魔物が現れるようになってるんだが……お前たちは気づいてたか?」


 今度は二人が首を振る。


「い、いえ……。でも言われてみれば、最近、妙に強い魔物が出たって話がありますね。この村の近くでも去年ヘルスパイダーが出たとか」


「テナ村南の森でバンダースナッチが出たって話も聞いたことがあるぞ」


 ヘルスパイダーは巨大な毒グモ。バンダースナッチは攻撃時に異様に首が伸びる大きな狂犬である。

 どちらも中レベルの魔物で、ボルマンの記憶によれば、ジャイルズの父親が領兵を率いて討伐したらしい。


「まぁそういうことだ。死にたくなければ、やるべきことをやるしかない。そうだろ?」


 こくこく、と頷く二人。


「さて。じゃあこれから宿題の『答え』のひとつを見せようか」


 あまり格好いいやり方ではないけど、ね。





 子分二人と宿題の答えあわせをしたあと、オフェル村を出て十五分ほど歩き、森の入口までやって来た。


「ここで待ってれば、そのうち現れるだろう」


 そう言って、三人で剣の素振りをしながら待つ。


 と、思った通り。間もなく待ち人の二人組がやって来た。

 茶髪の少年とピンク髪の少女だ。


「うわ、ほんとに来た!!」


 子分たちは驚いていたけど、実は偶然じゃないんだよね。

 ゲームではこのタイミング、この場所でボルマンたちがリードを待ち構えて復讐戦を企て、見事に返り討ちに合うんだから。




「またお前たちか」


 未来の主人公、リードがうんざりしたような顔で木剣を構える。

 その横では未来のヒロイン、ティナが、左手で胸元の碧いペンダントを握りながら、右手で子供用の杖を構えた。


「お母さんの形見は、絶対に渡さないから!!」


 昨日は薄暗くて分からなかったが、ティナはヒロインだけあってかなりの美少女だ。

 美しいピンクの髪が風に揺れ、少し気の強そうな薄緑の瞳がこちらを見据えた。


 武器を向けられた子分たちも、木剣を構える。


 あ、いかん。

 このままだと戦闘突入で敗北展開だ。


「ジャイルズ、スタニエフ、武器を下ろせ」


 片手を横に伸ばし、慌てて二人を抑える。


「「え!?」」


 制止された二人だけでなく、正面からも面食らったような声が聞こえた。


 これから俺の意志と行動で、ゲームのシナリオをひっくり返す。




 俺は、リードとティナの前に進み出た。

 そしてできるだけ偉そうに言い放つ。


「俺も貴族の息子だ。約束は守る。二度とそのペンダントには手を出さない」


 その言葉に驚く一同。

 が、すぐにリードが不審げにこちらを睨む。


「本当に?」


「本当だ。我が血の誇りにかけて誓おう。……だが、一つ条件がある」


「条件?」


「そうだ。遠くないうちに俺たちは、ある場所を探索する。その探索にお前たちも同行しろ。今ここで約束すれば、今後お前たちには手を出さない」


 困惑を深めるリードとティナ。

 いや、実はジャイルズたちも不思議な顔でこちらを見ている。


「……ちょっと待ってくれ。相談する」


 そう言って、向こうを向いてヒソヒソやり始める主人公たち。


 彼らが話し合う間、ジャイルズが今の内容について尋ねて来た。


「坊ちゃん、いいのか?」


「何が?」


「いや、負けたみたいになっちまったから……」


 その言葉に、思わず苦笑する。


「多分、勝つよ。この勝負」


「「え???」」


「まぁ、見てな」


 顎で正面を指し示す。

 リードたちの話し合いが終わったようだった。




「結論は出たか?」


 相変わらず横柄に尋ねると、リードたちは揃って頷いた。


「それで、返事は?」


 リードが意を決したように口を開く。


「条件を飲めば、本当に俺たちへのちょっかいをやめるんだな?」


「ああ。ダルクバルトの名にかけて誓おう」


「……分かった。条件を飲む」


「そっちの女もそれでいいか?」


 振られたティナは少し困ったような顔をしたが、やがておずおずと頷いた。


「私も、それでいいわ」


「よし。では約束だ。お前たちは探索に同行する。その代わり、俺たちはもうちょっかいを出さない。いいな?」


 最後に念を押す。


「我が剣に誓って」


 リードは剣を立て、自分の顔の前にかざして見せた。


「母に誓って」


 ティナが胸元のペンダントを握りしめる。


「ダルクバルトの名にかけて」


 俺も自分の剣を立てて見せた。

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