第5話 宿題の答え合わせをした話
ある意味自分の未来がかかっていたとも言える、父親との交渉。
説得のため作戦を立て、内心かなりビクビクしながら臨んだが、その甲斐あってか得られたものは大きかった。
今回父親から引き出したかったものは、二つ。
本格的に剣を学べる環境と、テナ村の帳簿閲覧許可だ。
なんとか無事その両方を手に入れることができた。
もちろん領地全体の帳簿を見られればそれに越したことはないんだけど、不正に手を染めている人間がそんなことを了承するはずがない。
なので実は最初からそこは諦めてたりする。
要望の対象を領地全体→テナ村にスケールダウンすることで受け入れやすくする、という作戦は思いの外うまくいったので、とりあえずそれで満足しておくべきだろう。
ところで、なぜわざわざ寂れているテナ村を狙ったのか。
もちろんそれには理由があった。
数年後、ゴウツークが投獄されエチゴール家はその領地を半分以下に減らされる。
これは前に説明した通り。
が、実はボルマンが相続を許される南側の二つの寒村の一つが、テナ村なのだ。
だから俺は、事前に村の現状を把握し対策を打つことで、相続してからの領地経営を少しでもスムーズにできないかと考えた。
来たるべき魔物の襲来から領地を守るには、もちろん自分自身が強くなる必要がある。
が、同時にある程度の経済力が必要だろう、というのが昨晩辿りついた結論だった。
領兵を養うにも金がいるし、冒険者を雇うにも金がいるのだ。
あとテナ村なら貧し過ぎて父親の横領と無関係なんじゃないか、帳簿がシロなんじゃないか、と踏んでいたのもある。
結果を見るに、どうやらビンゴだったらしい。
こうしてなんとか領地経営への最初の切符を手に入れた。
次に必要なのは協力者だ。
子分たちは裏庭で待っていた。
二人ともあまり顔色がよくないように見える。宿題が難し過ぎたかな。
「よお」
背後から突然声をかけられた二人は、びくっ、としてこちらを振り返った。
「ぼ、坊ちゃん! おはようございます!!」
スタニエフが慌てたように立礼してきた。
「おう。今日もいい天気だな」
ジャイルズもよく分からない挨拶を返してくる。
「ああ、二人とも元気そうで何より」
そんなことを言いながら、笑顔で歩いてゆく。
「ところで昨日出した宿題だけど……」
その言葉を聞いた二人は、互いに顔を合わせると、気まずそうにこちらを見た。
「それなんだけどよ」
ジャイルズが言いにくそうに口を開く。
「色々考えたんだが、正面から一対一であいつとやって勝つのは、難しいんじゃないかって思ってよ」
「なんで?」
短く問うと、ジャイルズはでかい体を縮めるようにして首をすくめた。
「剣技が同レベルだと、まともに打ち合やぁ火炎斬がある分向こうが有利だろ。こっちが勝つには武器か技であれを上回らないと『勝機』がないんじゃねーか、って……」
ふむ。
「ちょっとステータス見せてみ?」
二人は空中で手を動かし、それぞれのステータスを出現させた。
名前:ジャイルズ・ゴードン
称号:ボルマンの用心棒
Lv:4
HP:430/430
MP:8/8
SP:25/25
特技:
・剣Lv2(剣の攻撃力 +10%)
・脅しLv2(消費SP5・敵SP6%減少)
魔法:-
名前:スタニエフ・オネリー
称号:ボルマンの太鼓持ち
Lv:3
HP:320/320
MP:12/12
SP:18/18
特技:
・剣Lv1(剣の攻撃力 +5%)
・挑発Lv1(消費SP5・5%の確率で敵に状態異常・興奮)
・交渉Lv2(交渉成功率 +10%)
魔法:-
「……正解だな」
俺の言葉に、訝しげな顔をするジャイルズ。
「確かに、今まともにやってもリードに勝つのは不可能そうだ。……それで、お前はどうするんだ。負けっぱなしかい?」
顔を近づけ、挑発する。
「なっ、そんな訳ねーだろ! 特訓してすぐにあんなヘナチョコ野郎、圧倒してやるぜ!!」
顔を真っ赤にして息巻くジャイルズ。
「上等。今朝父上に、お前の親父に剣術を教わりたいと頼んでおいたんだ。もちろん付き合うよな?」
「げ……」
途端に嫌な顔をするゴツイ方の子分。
まぁ気持ちは分かる。
ジャイルズの父親、クリストフは頑固で妥協がないからなぁ。
だがこんなところで怖気付くようなら、この先頼りにできないし。
「俺がやるんだ。お前のやる気は口だけかい、ジャイルズ?」
「くそっ。よりによってあのクソ親父に頼んだのか。……しゃあねえ。坊ちゃんに付き合うよ。けど、どうなっても知らねーからな」
ジャイルズは頭をガシガシやりながら悪態をつき、最後に仏頂面でこちらを見た。
「よし。それでこそダルクバルトの漢(おとこ)だな。……さて。それで、スタニエフの方はどういう答えになった?」
ぐるりと振り返り、もう一人の子分を見る。
視線を向けられたスタニエフは気まずそうに目を逸らした。
「……おい」
何か言え、何か。
「思いつかなかったならそれでいいけど、そう言えよ」
先を促すと、スタニエフは額に指を当て悩み始めた。
「ええと、その。色々考えたんですけど、結局、答えにはたどり着かず……」
「別に正解がある訳じゃないから、とりあえず何考えたか言ってみ?」
更に助け舟を出したところで、スタニエフがボソボソと喋り出した。
「僕たちがリードより優っていることを皆に示す方法、ですよね」
「ああ、そうだ」
「僕は、質問の内容がすぐには理解できなかったんで、最初に坊ちゃんの質問を紙に書き出してみたんです」
「ほう……?」
質問の趣旨をはっきりさせよう、ということか。
「そうしたら、いくつか分からない点が出てきました。まず『優っている』というのが、誰から見ての話なのか。後ろの『皆』がそうなら、それは領民を指すのか、それとも貴族を指すのか、この世の人全てなのか。立場によって価値観が違いますからね。また、『優っている』内容も、能力なのか、人格なのか、実績なのか。それらの組み合わせで、達成方法は全然違ってくるんじゃないかと。そう思ったら、訳がわからなくなってきました」
ああ、俺も訳が分からなくなってきたYO!!
「わ、わかった。もういい」
スタニエフを止めると、彼は情けない顔をした。
「やっぱりダメですかね……」
「いや、お前が物事を分析することに長けてるのはよく分かった。今朝、父上にテナ村の帳簿を閲覧する許可をもらったんだ。主だった内容を暗記してお前に渡すから、村を発展させる方法を一緒に考えてくれ」
「え…………」
あんぐりと口を開け、佇むスタニエフ。
「帳簿の内容なんて、僕に教えて良いんですか?!」
「良い訳ないだろ。だから俺が暗記して、こっそり教えるんだよ。近いうちにテナ村と隣のアルタ村の収入を少なくとも今の倍にする必要がある。金が必要なんだ。剣の修行もそうだが、この数年でモノにならなきゃ、俺もお前たちも死ぬことになるぞ」
「「死?!」」
子分たちが目を見開く。
「ああ、死だ」
俺は真顔で断言した。
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