第2話 転生したら詰んでいた話


 十年程前に発売されたコンシューマ用オフラインRPG「ユグトリア・ノーツ」。


 オープニングアニメーションと主題歌で有名な「ノーツ」シリーズの五作目で、シリーズ最高の売上となった名作だ。


 天変地異が頻発するようになった世界、ユグトリアで、主人公のリード・グランウェルと仲間たちが冒険の末、世界と幼馴染の少女を救うまでの物語。


 発売されたのは、ちょうど自分が時間を持て余していた大学生の頃で、当時は「強いままリトライ」を含め三周はプレイした記憶がある。


 割と最近も、久しぶりに引っ張り出してきて気晴らしに遊んでたくらいだ。




 主人公のリードが本格的に旅立つのは、成人を間近に控えた十四歳の頃だが、物語自体は伏線の描写とチュートリアルを兼ね、十歳の少年時代から始まる。


 最初の小ボス戦は、幼馴染のペンダントを巻き上げようとする領主のバカ息子たちとの戦闘で、この戦闘中、火系の剣技のベースとなる「火炎斬」を習得するのだ。


 つまるところ。


 木剣を構えていた少年、リード・グランウェルは主人公。


 ペンダントを握りしめて座り込んでいた少女、ティナ・ランベルドは幼馴染系ヒロイン。


 領主のバカ息子というのは、俺ことボルマン・エチゴール・ダルクバルトらしい。


 そういえばゲームの中でも、火炎斬でボルマンの尻に火がつき、慌てて逃げ出す描写があった。


 まさか自分がリアルに追体験することになるとは思わなかったけど。





 階段から転げ落ちたことがきっかけで起こった異世界転生。

 しかも転生した先は、自分がよく知るゲームの世界だった。


 ここまでならラノベなんかでもよくある話。


 だが、なぜ転生先がやられ役の屑キャラなのか。


 それもよりによって、父親の不正発覚で没落した挙句、四年後に村ごと魔物に焼き払われる予定の、ボルマンなのか。




 そう。

 この世界がゲームと同じ道を辿るなら、数年後にはボルマンの父親は横領の罪で投獄され、ダルクバルト領は二つに分割。


 広くて栄えてる方は王国騎士団にいるリードの兄が領主となり、狭くて過疎っている方をボルマンが襲爵することになる。


 そしてリード旅立ちのきっかけとなる魔物の襲撃事件。


 リードたちの村はなんとか魔物を退けるのだが、ボルマンの領地の村は二つとも滅びてしまい、後は廃村としてマップに登場する。


 ……おい、ちょっと待て。


「なんか無理ゲーっぽくない?」


 子分に担いで運ばれながら、人知れず途方にくれてしまった。





 森を抜けてオフェル村……主人公たちの住む村に戻る頃には、辺りは大分暗くなっていた。


 さすがに村に着く手前で下に降ろしてもらい、ジャイルズ、スタニエフと、父親たちがいる村長の家に急ぐ。




 途中、何人かの村人を見かける。


 が、皆、俺たちの姿を見ると慌てて踵を返し、家に駆け込んで扉を閉めてゆく。

 中には、眉間に皺を寄せてカーテンの隙間から睨んでくる人までいた。


 どんだけ嫌われてんのよ、俺。


 ……ああ。


 領主の息子であることをいいことに、小さい子殴ったり、女の子の服を剥いたり、柵を壊してまわったり、雑貨屋で売り物買い占めたりしたのか。

 もちろん無料(タダ)で。


 村人を見かける度に、その人にまつわるひどい記憶が次々と蘇ってくる。


 最悪だ。

 いや、俺じゃないけど。

 やったのはボルマンだけど!


 領民に嫌われるどころか、本気で憎まれてるっぽい。

 どうするよ、これ?




「死にたい……」


 つい、いつもの口癖が出た。


「坊ちゃん、何か言いました?」


 小柄な方の子分、スタニエフが尋ねてくる。

 こいつ、耳がいいな。


「何も言ってないよ」


 何事もなかったようにすっとぼける。


 するとそれをきっかけに、ジャイルズが厳つい顔で声をかけてきた。


「坊ちゃん、リードの野郎どうする? あの火の剣技はちょっとばかり面倒だぜ」


 え、どうするってなにさ。さっき負けたばっかでしょ。


「兄貴が王国騎士団の従騎士になったとかで、調子に乗ってるんですよ」


 スタニエフが細い目をさらに細め口を尖らす。

 うん、どう聞いても負け犬の遠吠えだね。


「おう。このままじゃ他のモンに示しがつかねえ」


 呼応するジャイルズ。


 おい、やめろ。

 なんだそのヤンキー思考は。


 相手は成長チートの「主人公」だぞ。

 やられ役の俺らが勝てる訳ないだろう。


「で、どうします? 坊ちゃん」


「あ、ああ。そうだな……」


 そう呟いて歩きながら考えるフリをする。


 っていうか、なぜ俺に振るのか。

 リベンジするなんて一言も言ってないよね?


 ……いや、愚痴ってる場合じゃないな。

 穏便に済ます方法を考えないと。




 まず、この二人の位置付けだ。


 彼らの期待を裏切って良ければ、リベンジなどせずスルーすればいい。

 だが今後彼らに役に立ってもらうのであれば、そういう訳にもいかない。


 どうしようか?


 …………やっぱり切ることはできないな。


 父親の従者の息子だし、数少ない味方だ。

 魔物の襲来まで四年。手札は少しでも欲しい。


 となれば、リベンジするか?


 ゲームでは確かリベンジしようとして、お約束のように返り討ちにあってたけど。




 ……って、おい。


「息巻いて絡みに行って、二度も返り討ちにあってたら世話ないじゃないか!」


 思わず叫んだ声に、前を歩いていた子分たちが、びくっ、と振り返る。


「ぼ、坊ちゃん……?」


 スタニエフが恐る恐る俺の顔色を窺う。


 やべ、つい本音が出ちゃった。

 ええい、この路線で行くか。




「ジャイルズ、勝算はあるのか?」


 足を止めないまま、ガタイのいい方の子分に問う。


「い、いや……。けど、さっきのは、あんな技使うなんて知らなかったからモロにくらっちまったけどよ。知ってりゃ、あんなヘナチョコ剣なんてことねーよ!」


 そううそぶくジャイルズ。

 俺は横を歩く彼を睨みつけた。


「なあジャイルズ。俺は『勝算はあるのか?』と訊いたんだ。さっきは油断してたにしろ、三人がかりで襲って一方的にやられたよな? 他にギャラリーがいたら大恥だったぞ。正面から、一対一(タイマン)で勝てる方法が必要だ。現時点で具体的な案はあるか?」


「そんなもん、ねーけどよ……」


 主人(ボルマン)からこんなことを言われると思わなかったからか、ジャイルズの目が泳ぐ。


「なら、明日までにあいつに勝つために何が必要か考えておけ。もちろん姑息な手を使わずに、一対一でだ」


「お、おう」


「スタニエフもだ。剣でなくてもいい。俺たちがあいつより優っていると、疑義なく皆に示す方法を考えておけ」


「わ、わかりました……」


 スタニエフも戸惑っているようだ。


 よし。論点と責任のすり替え成功。

 なんとか急場はしのげた。

 腐っても元営業だしね。子供を煙にまくくらいはなんとか。




 そんなことをやってる間に、村長の家にたどり着く。

 ボルマンたちと父親たちは、数日前からこの家に滞在していた。


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