ロープレ世界は無理ゲーでした − 領主のドラ息子に転生したら人生詰んでた

二八乃端月

第1話 尻に火がついていた話


「それでは、ぜひご検討をお願いします!」


「ああ、機会があればね」


 古いユーザー企業への挨拶とPRを終え、笑顔をつくり深々とお辞儀をする。


 が、顔をあげた時に視界に入って来たのは、煩そうにデスクの書類に目を落としながら俺の名刺を振る工場長の姿だった。


 きっと退室すると同時に、あの名刺はゴミ箱に投げ捨てられるのだろう。

 この三年で何度か目にした光景だ。


(死にたい……)


 思わず、そんな言葉が口から漏れそうになり、なんとか喉の奥に押しもどす。




 今の会社に転職して三年。

 売ったのは既設の加工機の改造案件が一件のみ。


 客先を辞して口から出るのは、溜息ばかり。

 前の会社ではそこそこの売上があったというのに、最近は売れないのが当たり前になってしまった。


 もちろん社内に居場所なんてない。

 課長からは叱責され、女性事務員たちからはゴミでも見るような目を向けられる。


 三十を越えて家族もいないのは幸いだったかもしれない。

 一人暮らしの部屋に帰れば自分の世界に引きこもることができるから。




(うわ、暑……)


 冷房のきいた顧客の事務所の扉を開けると、むわっとした熱風が吹き込んできた。


 一瞬怯むような気温。

 だが、いたたまれなさが背中を押し、なんとか一歩を踏み出す。


 外に出ると同時に、真夏の刺すような日差しとアスファルトの照り返しがジリジリと全身を焼く。

 あっという間に汗だくになりながら、顧客の敷地を出てトボトボ歩道を歩き始めた。




 五分ほど歩いてたっぷり消耗した頃、歩行者信号のない交差点に差し掛かる。


 そこで目の前に鎮座している建造物を見て、さすがに挫けそうになった。


「歩道橋かよ」


 うん。行きも渡った気がする。


 同じルートを通れば当然帰りもあるよね。せめて地下道にしてくれれば日差しから逃れられるのに。


 とはいえ、突っ立っていても消耗するだけなので、意を決して階段を上ることにする。




 ひーこら言いながらなんとか登り切り、フラフラと橋を渡る。


 そして、いざ反対側の階段を降りようとした時に、それは起こった。


 スカッ


 右足が宙を踏み抜く。


 暑さで朦朧としていたからだろうか。

 グラ、とバランスを崩すと、立て直す間もなく、次の瞬間には全身が階段に叩きつけられていた。


 ドタッ ゴロゴロゴロゴロ


 後頭部を打ち意識が急速に薄れてゆく。


 転げ落ち、全身に痛みを感じながら、それを他人事のように俯瞰して見ている自分がいた。





「っつ…………」


 どれだけ時間が経ったのか。


 意識が戻るにしたがって襲い来る痛み。

 身体のあちこちが痛い。


 階段の一番上から転げ落ちたから、当然と言えば当然だけど。


 しかし、何か様子がおかしい。


 地面に転がり、アスファルトに頬ずりしていて然るべき状態なのに、五感はなぜか、自分がつっ立っていると訴えていた。


 不思議な感覚に戸惑いながら、恐る恐る目を開ける。




「……え?」


 呆然とした。


 夕暮れ迫る森の中。

 少しだけ開けた空き地のような場所に立っていた。


 見覚えのない風景。

 木々の間を吹き抜ける風。


 真夏の工業団地はどこに行ったのか。

 影も形もなくなっていた。




 さらに目の前には、こちらを睨み、木剣をつきつける茶髪の少年。


 その後ろには、大切そうに何かを握りしめて座り込み、涙目でこちらを見ている薄いピンク髪の少女がいた。


 二人とも小学校三年生くらいだろうか。




「ボルマン、お前の負けだ。潔くあきらめろ!!」


 少年が木剣を向けたまま怒鳴った。


 え、誰って?


 他の誰かに言っているのか、と後ろを振り返るが、誰もいない。


 ……いや、いた。


 数歩離れたところに、少年が二人地面に転がりながら呻いていた。


 だが、木剣の子供剣士はまっすぐこちらを睨んでいる。


「……え? 俺??」


 訳が分からず、自分を指差しながら尋ねる。


 ふと違和感を感じた。

 声がおかしい。


 なんか甲高く、まるで変声期前みたいな声だ。

 ひょっとしてこの辺りの空気は、ヘリウムでも含んでるんだろうか?




「何とぼけてるんだ。オレが勝ったらティナのペンダントに手を出さないって約束だろ。それとも、まだやる気か!?」


 いや、知らないし。

 そう言い返そうとして、あることに気づいた。


 なんか、尻が熱い。


 体をひねって自分の腰を見ると、尻から煙が出ていた。

 そして、炎。


「ギャーっ!!」


 その場にひっくり返り、必死で地べたに腰を押し付ける。


 そのまま何度も転がり、なんとか火を消し止めた。




「見たか、兄貴から教わった火炎斬だ!」


 少年が胸を張る。


 なんかよく分からないが、尻が燃えたのはこのガキンチョの仕業らしい。


「君なあ……」


 そう言いながら木剣の少年に近づいたところで、先ほどから感じていた違和感の正体に気がついた。


「……あれ?」


 少年と目線の高さが同じなのだ。

 それはつまり……


「え? え?!」


 自分の手足が短くなっていた。子供みたいに。


 おまけに、このボンレスハムみたいな腕はなんなのか。でっぷりとつきだした腹もなんなのか。

 いくらなんでもデブすぎない?




 驚き戸惑い始めたその時、背後から両腕を誰かに掴まれた。


「坊ちゃん、ここは一旦引こうぜ」


 首を巡らせると、先ほど地面に転がっていた二人の少年が、ガシ、と俺の腕を両側から掴んでいた。


 今の言葉は左のガタイのいい少年が発したらしい。

 次いで右の小柄な少年が、木剣少年に向かって怒鳴る。


「おい、リード・グランウェル。次期領主のボルマン様に楯突いて、ただで済むと思うなよ!」


 おいおい、なんなのそのやられ役の捨てゼリフみたいのは?


 ……ん?

 リード?

 やられ役の次期領主?


 そしてそのまま、二人は俺を担いで退散しようとする。


「ちょ、ちょっと待っ……」


 が、訴えは華麗に無視され、あっという間に連行されてしまった。





 途中で担ぎなおされ、今度は身体ごとゴツい方の少年の肩に担がれる。

 二人に害意はなさそうなので、とりあえずされるがままになっておいた。


 運ばれている間、自分の身に何が起こっているのかを考えてみる。


 まず、自分は誰なのか。

 今の状況を鑑みるに、そこから整理しなければならないだろう。




 記憶の中の自分は、三十過ぎの売れない営業マン、川流大介(かわながれだいすけ)だ。


 子供の頃から高校、大学の思い出もあるし、抜けている部分もない。


 一方で、今の自分の体は「ボルマン」という名の肥満少年であるらしい。


 この少年の記憶はない。


 ……と思ったけど、しばらくあれこれ考えていると、頭の奥からおぼろげに浮き上がってくるものがあった。


 ボルマン・エチゴール・ダルクバルト。十二歳。


 ダルクバルト男爵領領主ゴウツークの一人息子。

 チビ、デブ、ブサイクの傲慢な少年で、父親の威光をかさにきて幼い頃からやりたい放題している。


 うっすらとだが、幼児時代からの悪事の思い出が蘇ってきた。


 ……え、マジでこんなことやらかしたの?




 ついでに今、自分を担いでいる二人は、ジャイルズとスタニエフといって、領主の従者の息子たちらしい。


 要するにボルマンの子分、というか腰巾着だ。




 そこまで思い出して、一つの結論にたどり着いた。


 いや、本当は最初から分かってたけど、認めたくなかったんだ。


「……異世界転生だ、これ」


 思わず呟く。


 そしてこの後の展開を、ボルマンの運命を、川流大介は知っている。


「しかも、あかん方の転生(ヤツ)や……」


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