第3話 知らないうちに◯◯していた話

 

 村長の家は、屋敷とまでは言えないものの、来客用に大きめの食堂と、多めの客室を備えた邸宅だった。


 今回は、ボルマンと父親で各一室、従者たちは親子同室でそれぞれ一室ずつを割り当てられている。


 本来、領主の館があるのは、今いるオフェル村から西に一日歩いたところにあるペントの街だ。


 ここの倍ほどの規模の街で、少ないながらもいくつかの商店や飲食店、宿屋が軒を連ねている。




 ではなぜ今回、父親がオフェル村に出向いているのかというと、今季の徴税のためである。


 用心棒と会計役としてジャイルズとスタニエフの父親たちを同行していた。


 前者は不正で追放された元王国騎士、後者は没落商人だそうで、二人とも路頭に迷いかけていたところをボルマンの父親に拾われたらしい。


 もちろん、悪い意味で破格の俸給で。


 子供たちは実務の「勉強」という名目で、徴税にくっついて来ていた。





「おお、ボルマン。遅かったじゃないか。先に食べてたぞ」


 ジャイルズたちと別れ、村長宅の食堂に入ると、既に父親は夕食に手をつけていた。


 ゴウツーク・エチゴール・ダルクバルト。

 チビ、デブ、ハゲと三拍子そろったボルマンの父親だ。


 丸々としたおっさんが食べ物にがっついている姿は、豚がエサを食い散らかしているようにしか見えない。




 ジャイルズとスタニエフの父親たちはそれぞれ割り当てられた部屋で控えているようだった。


 使用人の夕食は領主一家の後ということで、従者の息子たちも一度部屋に戻っている。


 彼らが早く夕食にありつけるように、さっさと食べてしまおう。




「父上、遅くなりました」


 そう言って一礼すると、ゴウツークの左斜め前に座る。


「ボルマン、今年は豊作だぞ。税収もがっぽりだ! わはははははは!!」


 口に物を詰め込んだまま大笑いする父親。

 唾と食べ物の残骸が辺りに飛び散る。


 これで貴族……ダルクバルト男爵というのだから、この国の爵位も安いものだ。


「さすがは父上ですね。領地経営もお見事です」


 試しに見え透いたお世辞を言ってみたら、ますます上機嫌になった。


「そうかそうか。やっぱりお前もそう思うか!」


 再び食べ物の破片が飛散する。


「はい。私も父上のように優れた領主になりたいものです」


 この先のことを考え、どんどん持ち上げる。


「それはいい心がけだ。儂を手本にしてよく学ぶのだぞ」


 そう言って上機嫌でワインを煽る父。


 ゴウツークの空いたグラスに、傍らに立つ三十くらいの給仕の女性がそそと酒を注いだ。


 前屈みになる女性の胸元を、ゴウツークは鼻の下を伸ばして無遠慮に覗き込む。


 どうやら今夜のお相手は彼女らしい。

 一体どこを手本に何を学べというのだろうか。




 ボルマンの記憶によると、父親は相当な女好きで、ほぼ毎晩違う女性を取っ替え引っ替えしている。


 領館には情事専用の部屋があるし、領内の村に視察に出ると、滞在する村で女性を調達していた。


 と言っても、手当たり次第に村の女性を徴発するのではなく、村長が条件の合う女性を数人連れて来てその中から選んでいるらしい。


 条件というのは、寡婦つまり未亡人で、子持ちであること。


 ゴウツークの性的嗜好など興味もないけれど、未婚の若い娘を手篭めにするよりは、いくらかマシかもしれなかった。


 この世界では、男が狩りや畑仕事などの最中に魔物に襲われることが多く、寡婦が多い。


 子持ちの未亡人を抱えた家庭は当然家計も苦しく、ゴウツークの相手をすれば見返りがある為、甘んじて夜伽を受け入れる女性もいるのだった。




 そんな旦那のことを、奥さんつまりボルマンの母親はどう思っているかというと、どうやら全く意に介していないらしい。


 夫同様、肥満体型で浪費家の彼女は、旦那を金づるとしか見ていないらしく、美術品とお菓子以外のことは、実の息子にすら関心がなかった。


 父親は見栄と金と女、母親は金と美術品と菓子にしか興味がないのだから、ボルマンの性格がねじ曲がってしまったのも理解できなくはない。


 同情はしないけどね。





 さほど待たずして自分の前にも料理が運ばれて来た。


 が、その頃には父親は食欲から性欲に充足対象を変更してしまったため、ひとりポツンと食事をすることになる。


 まぁ、いればいたで不快なので、ちょうど良かったんだけど。




 ところがこの迷惑父は、件の女性を連れ部屋から出て行く時に、とんでもない爆弾を落としていきやがりました。


 曰く、


「ああ、そうそう。お前の婚約が決まったぞ。相手は、ミエハル子爵のお嬢さんだ」


「はい?!」


 ちょっと待て。寝耳に水だ。


 ボルマンに婚約者がいたなんて、ゲームでは全く触れられてなかったぞ。




 思わず聞き返した俺に、我が父豚殿は上機嫌で続ける。


「どうだ、驚いたか。いやぁ、婚約の話をとりつけるのには苦労したぞ。ミエハル子爵家は東部で急速に力をつけつつある家だからな。これで我が家も安泰だ! わははははははは!!」


 いやいやいやいや。

 十二歳で婚約って、さすがに早くないですか、父上?


 ……と思ったら、自分の中のボルマンの記憶が「そうでもない」と訴えてきた。


 この国の貴族は血縁関係を重視するため、政略結婚が普通らしい。極端な話、生まれてすぐ許婚が決まることもあるのだとか。




 しかし、前世では結婚はおろか女友達すらいなかったのに、いきなり婚約ですか。


 どんな子なんだろ。


「来月、先方に挨拶に行くことになってるから、準備しておくようにな」


 ゴウツークは言いたいことだけ言うと、足取りも軽く部屋を出て行く。


 残された俺は、突然告げられた自分の婚約のことにしばし呆然とした後、とりあえず目の前の食事を片付けることにしたのだった。





 村長宅でのディナーは、品数こそ多いものの、味は素朴なものだった。


 が、一言で言うと「薄い」。


 ユグトリア・ノーツのゲームで、料理が回復アイテムとして扱われ、「料理」スキルに失敗したり、必要な食材の数が足りないと、回復量が少ないものが出来てしまうのも、なんとなく納得できる。




 目の前の料理の場合は「塩」か「ダシ」が足りてない気がした。


 ダルクバルト領は内陸にあり、近くに岩塩が採れる山や塩湖もないことから、塩が不足がちになるのかもしれなかった。

 塩は戦略物資なんだけどな。


 領主に出す料理ですらこれだ。

 我が領は資源にも恵まれていないらしい。


 どこまで詰んでるのかと、暗澹たる気持ちになった。





 早々に夕食を終えて自室に戻ると、やっと落ち着いて今の状況を整理できる時間ができた。


 机の上にメモ用の紙と羽根ペンとインクが置かれていたので、それらも使いながら頭の中を整理することにする。




 まず現在置かれた状況を考える。


 俺こと川流大介は、ゲーム内、またはゲームに酷似した異世界に転生し、領主の息子ボルマンの体に精神が入った状態らしい。


 今までのところ、ボルマンの記憶は断片的に辿れるが彼の精神ははっきりとした形では感じられない。


 ただ時々、前世では経験したことのない強い欲望や執着が衝動的に湧き上がって来るので、ボルマンは消滅した訳じゃなく、川流大介主体で融合した、というのが近いのかもしれなかった。




 ゲームとの関係性という面から考えると、少なくともゲームで出てきたキャラクター、設定、イベントは共通している。


 俺が知る人物、すなわち、主人公のリード、ヒロインのティナ、ボルマン、ジャイルズ、スタニエフ、ゴウツークといった連中が登場してるし、戦闘イベントも発生していた。


 ボルマンの知識によれば、アップルキャンディやオレンジキャンディといった回復アイテム、モンスター、村の位置や名前も一致しているので、百パーセントと言い切るのは危険だけど、ゲーム内知識はかなり有効とみて良さそうだ。




 そして、もう一つ。

 忘れちゃいけないものがあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る