軌跡を辿って2

 おれはネルビー。

 今海より小さい水溜りの前にいる。

 湖と言うらしい。


 町の小鳥に案内して貰って、人間の作った道を逸れて獣道を駆けて来た。

 でも小鳥もここまでしか見ていないらしい。渡り鳥でもないと余り遠くに飛ばないんだって言ってた。

 そうだよね。外は魔物がいっぱいいるから危険だもんね。


 「わうっ」

 「ちゅんちゅん、ちちち」


 案内してくれたお礼を言ったら、早く会えると良いねって激励の歌を奏でてくれた。嬉しい。

 小鳥が見えなくなるまで見送ったおれ達は、湖でリリを知ってる動物か魔物を探す事にした。

 

 『もうすっかり強化魔法を自分の一部にしておるの』

 「わうん?」


 湖の上を極限まで体を軽くして駆けてたら、獣の神が感心をして優しく微笑んでくれた。

 強化魔法はもう考えなくても勝手に付いたり外れたり、微調整したりしてたから気付かなかった。

 どうやらおれに一番合ってる魔法は強化魔法らしい。大分魔物化が進んでるって教えてくれた。


 『……魔物にしては、可笑しな力の波動を感じるのが気になるがの……』

 「わう?」


 顔を反らして何か呟いていたけど、意図して言葉が伝わらないようにされたみたいだ。

 何を言ったのか気になって聞き返したけど、笑って誤魔化された。むぅ、悪い感じはしないけど……気になる。

 暫く獣の神の前をウロチョロして顔色を窺ったけど、結局教えてはくれなかった。残念。

 獣の神の言った事を知るのを諦めて、誰かいないか探して駆け回る。湖の真ん中辺りまで来た時、湖の中にウネウネしたのが居るのに気付いた。


 「!わうっわんわん!」


 おれはリリの事を尋ねる為に、水の底まで聞こえる様に声を張り上げて訪ねる。


 『そんなに大きな音を立てないで~。水の中は反響するの~』

 「きゅぅん」


 水の底のウネウネは、波を最低限に抑えるようにか、ゆっくりと這い出てきた。

 間延びする話し方で非難されたおれは、申し訳なくて素直に謝った。謝ったら許してくれた。良い魔物だ。

 ウネウネは水龍モドキって人間に呼ばれてるらしい。実際は水龍の系譜の最下層の亜種らしい。

 つまり水龍系ではあるのか?

 疑問に思ってたら、龍にしては弱いから人間達は龍種と別物って思ってるらしい。


 「わうん?」


 でもそんなに弱くは無いよね?っと思って尋ねたら、上位冒険者や騎士団からしたら弱い部類なんだとか。

 たしかにおれの育ったリファラ王国を壊した怖い人間達は強かった。次会ったら負けないけどっ!

 

 『ああ~それで~、動物達に連れられた人間の女の子よね~』


 鼻息荒くファイティングポーズ宜しく、湖の上をチャプンチャプン跳ねて威嚇してたら、水龍モドキが話を進めてくれた。

 おれはそうそうっと勢い良く頭を振って話の続きを催促した。


 『それならここから見える小高い小山の上の村に向かったわよ~』


 水龍モドキが器用にヒレを使って指し示してくれた方向に、確かに小さい山の頭が見えた。

 おれはお礼を言って早速向かった。


 『その前にお主は食事をせよ。ここのところ真面に食しておらぬだろ』


 器用に肉球に挟まれて持ち上げられたおれの4本脚は空を切って駆ける。つまり前には進まなかった。


 「うぅぅっ」

 『そのように恨みがましい目で見上げても、腹が減っては戦は出来ぬと言うであろう』


 コンコンと食事の大切さを説かれたおれは、諦めて湖で魚を捕まえてご飯を食べた。

 ここぞとばかりに水中の魔法を色々叩き込まれたけど。確かにご飯を食べたら力が漲ってきた。

 年長者の言う事は聞いとくものよって良くリリが言ってたけど、成程やっぱりリリの言う事は正しいんだな。

 リリの凄さを再確認して、おれは今度こそ力強く駆け出した。


 「!わうん!」


 さっきまでより良く動けるし、良く見れるっ。

 そうか。疲れてたりお腹空いてると、視野が狭くなるし体も動かなくなるんだな。

 背中に羽が生えたみたいに軽いと思ってたら、いつの間にか次の村に着いてた。


 『……いや。早過ぎ』

 「ぷきゅっ」


 呆れた獣の神に肉球で潰された。

 これが理不尽というものか。


 『護るべき者の為にどこまでも進化を遂げる者。……ひょっとするとひょっとするかの』


 獣の神が頭上で何か言ってたけど、肉球に阻まれて何言ってるか聞き取れなかった。


 獣の神の肉球から逃れたおれは、村に入って早速聞き込みだ。

 村は山の天辺にあるからなのか、散策してるとそこかしこからピューピュー風が吹いてくる。辺りを見渡せば村人達がその風を利用しているのがわかった。洗濯物は当たり前として、干し肉に干し魚に干し野菜。ドライフルーツまである。

 おれは干し肉の匂いに釣られて口から涎が止まらなくなってしまった。


 「わう、わきゅ~ん、くぅ~んくぅ~ん」


 フラフラとお肉の所に近付くと、空高く掲げられたお肉達を見上げてその場にお座りしてしまう。村人が通り掛る度に左前脚を上げてお肉を求める。

 だって仕方ないんだ。干し肉は味がギューってしててジュワーって舌を伝って美味しいんだ。ステーキも好きだけど、おれはやっぱり干し肉が好きだ。噛み応えもあるし。噛み応えで言うなら骨も捨てがたいけど、味がな~。

 

 「っく!そんなキラキラで円らな瞳で見上げてからに!

 だが今月はじり貧なんだっ、ごめんよワンコー!!!」


 ああ、行ってしまった。

 通り過ぎる村人は大体辛そうな顔して去って行ってしまう。おれはただ干し肉が食べたいだけなのに。

 そういえばリリが言ってたな。お城の外の人はお金か物々交換で欲しい物を得てるんだって。


 「わうっ」


 とっても重要な事を思い出したおれは、早速干し肉の所有者を探して鼻を効かせた。っくぅ、干し肉の匂いが一番強いのが辛い!

 何とか我慢して干し肉を吊ってる紐から特定の人間の匂いを嗅ぐと、その匂いを辿って捜査開始だ。直ぐ見つかった。生のお肉を置いてる所にいた。

 おれは道中得たおれの宝物を獣の神から受け取った。

 おれは物を持ち運べる様な物が無いけど。獣の神はその毛艶の良い尻尾は亜空間に繋がってて、何でもどれだけでも仕舞えるんだって。凄いな。


 『ぐぅ、お主が余りにも捨てられた子犬の目で後ろ髪惹かれておった故、つい甘やかしてしもうたわ』

 「わきゅん?」


 獣の神が苦虫を噛み潰した顔で呻いていた。

 おれは理由がわからなくて大丈夫かと小首を傾げて問いかけた。息を詰めた獣の神が何でもないわとそっぽを向いたので、そうかと頷いておいた。

 それより干し肉!下さい!


 「わん!わん」


 おれは人間にも伝わる様に干し肉を指して、それからおれの宝物を指して入れ替えるジェスチャーを頑張った。


 「若しかして干し肉と交換して欲しいって言ってるのか?」

 「わん!」


 おお、わかってくれたぞ。流石リリ直伝だっ。


 「ええ~、犬が買い物も変だけど。人間並みに知能あるとか……」


 ふっふっふー、おれはリリと育ったから知識は人間寄りなんだ。まだ赤ちゃんだった頃は自分を人間だと思ってた位だしな。直ぐに猫の友達に違うって教わったけど。

 おれがドヤ顔で胸を反らしてたら、何故か引かれた。何でだ。


 「っていうか、それ。それ本気か!?」

 「きゅぅん?」


 何がだ?

 お肉の村人はおれが出した物を指さして蒼褪めて戦慄いてる。

 おれは宝物を見て、これじゃ不服なのかと悲しくなった。おれには宝物だったのに。キラキラしてて綺麗なんだぞ。


 「それ龍の鱗じゃねえか!肉なんざ店毎買えるわ!」

 「きゅぅ?」


 何が言いたいのかわからなかった。けどこのキラキラが不服じゃなさそうなのはわかった。良かった、これで干し肉が手に入る。

 このキラキラは魔法の訓練中に見つけた物だ。獣の神に連れられて、あっちこちに行ったけど大体何かしらのキラキラが落ちてたぞ?色が全部違って並べるともっと綺麗なんだ。

 おれはいっぱい持ってるから一個干し肉と交換しておくれ。

 ピクリとも動かずキラキラを凝視するお肉の村人に痺れを切らしたおれは、キラキラを咥えて受け取れと押し付けた。


 「でえええい!好きなだけ持ってけ!」


 叫んだお肉の村人は、干し肉の紐を全部落しておれの前に差し出してくれた。

 おれは有難くおれと獣の神の分、それからリリへのお土産として袋三つ分を貰った。


 「……。本当にそれだけで良いのか?全部持ってって良いんだぞ?」

 「わん」


 沢山有っても食べきれないからな。おれはコクリと頷くと改めてリリを探して奔走した。

 早く会ってリリにと一緒に食べるんだっ。


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