海から辿って
おれはネルビー。
今、塩の匂いがする大きい水溜りにいる。
海っていうらしい。
ここは俺が倒れてた場所。時間が経っていて匂いはほとんど残って無い。でも来た道位は覚えてる。これでも犬だからな。えっへん。
隣には獣の神もいる。おれが魔物化するまでは一緒にいてくれるらしい。という事はおれはまだ魔物じゃないのか……。
『息を吸う様に魔法を放てねば魔物とは言えぬよ』
どうやら魔物の魔法は体の一部の様なものらしい。今の俺はまだそこまで使いこなせてない。むぅ、難しいんだな。
「わふ」
焦ったところで仕方ない。今は精進あるのみだ。
おれは鼻息荒く気合を入れ直して一歩を踏みしめた。
キョロキョロクンクン。辺りの様子を確かめながら歩を進める。あの時は余裕が無くて景色を楽しむどころじゃ無かったけど、改めて見た海は凄く凄い。何が凄いって、波がザブーン!のザパーン!で興奮して脚が疼くのが凄い。
『遊んでる暇があるのか?』
「あう」
獣の神に釘を刺されて諦めたけど。もの凄く後ろ髪惹かれる。でもリリのが大事だ!リリ見つけたら連れて来ればいい。おれは頑張って見ない様に海から遠ざかった。
海が見えなくなるまで駆け抜けて、駆け抜けて……あれ?海消えない!?
駆けても駆けてもずっと後ろにいる海に、焦った俺は目をつぶって我武者羅に前脚と後脚を動かした。
『海は広く大きい。遮る物がなければ何処迄も見えようよ』
隣で獣の神が然も可笑しそうにクツクツと笑っている。おれが全速力で駆けてるのに獣の神はのっしのっしと悠然と歩いてる。これが歩幅の違いか。
でも獣の神が楽しそうに尻尾をブンブン振ってるお陰で、海が見辛くなっておれはやっと安心した。
「わふー」
恐ろしい敵だった。でもおれの敵じゃ無かったな!
むふーんと胸を反らして誇った。
獣の神が噴出した。顔を背けて笑いを噛み殺してるようだけど、おれ犬だからそゆのわかるぞ!?
『すまんすまん。お主はほんに可愛らしいのぉ』
半眼で抗議の目を向けたら謝ってくれた。耳とか首とか舐めて、まるであやされてる気分になった。でも気持ちいいから機嫌治った。
「わふっ」
海も倒したし、機嫌も治ったからリリと最後に別れた場所まで歩を進める。あの時は我武者羅に逃げ回ったから戻る道も右に行ったり左に行ったり忙しない。海が遠ざかって森に入るとそれがよくわかる。
結構無茶苦茶に駆け抜けたんだな、おれ。
怖いの振り回してた人間達の影響で、森の草木が未だに傷ついて萎れてる。今来た道を振り返るとおれの後を付いてくる獣の神が、体を小さくしてる。無暗に草木を傷付けない為に大きさを変えたらしい。それでもまだおれよりずっと大きいけど。でも凄いな、おれも大きさを変えられるようになるだろうか。
『変化は相当魔力が強くないと出来ぬぞ。最低でも幻獣や精霊レベルは要るだろうよ。
時折弱い魔物で身を護る術として変化を使える者はおるがな。それは例外だ』
むむぅ、それじゃおれには出来ないのか……。大きくなれたらリリを泣かせる悪い奴等を踏み潰せると思ったのに。
おれはガッカリして耳を垂らした。
出来なくてもリリを守る為に強くなって、ずっと一緒にいるために魔物化を目指すのは変わらない。
気を取り直して荒れた草木を目印に目的地に急いだ。
道中、魔物が出ても襲われる事は無かった。神族に悪さする魔物は命知らず位だから当然だろうけど。
でも、おれが魔物化出来たら獣の神は巣に帰ってしまうんだろうか。そしたら魔物はおれを襲うのかな。
ちょっと怖くなったけど、そんな事じゃリリを守れないと思い直して頭を振った。
『フッ。まだ来ぬ未来に恐怖しても仕方あるまい。生きているのは常に今なのだからの。今出来る最大の事を常に心掛けるが良い』
獣の神に言われるまでもない。より一歩を強く踏みしめて先を急いだ。
もっと速く、もっともっと速く。そう強く強く思いながら駆けてたら、途中から体が軽くなった。
いつもより景色が後ろに流れて行くのが早い。どういう事だろう。おれは不思議に思ったけど、軽い体は気持ちが良くて、流れて行く景色は気分が良くて。夢中で駆けてたらいつの間にかリリと最後に別れた場所に戻って来てた。
『護べき者の為に進化を重ねる、か。教わらずとも強化魔法をその身に宿すとはのう』
当たり前の様に息も乱れず付いて来た獣の神が、面白そうに嘆息して呟いてたけど、おれはそれ所じゃ無かった。
だってここにはリリがいなかったんだ。
『何時までも居る訳無かろうが。矢張りお主はおバカだの』
獣の神が呆れた声色で言ってたけど、ショックで真っ白になってたおれの耳には入って来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます