じごく?の特訓その1

 おれはネルビー。

 今滝ギョウに来ている。

 滝に当たって精神力を鍛えるらしい。


 「う、うぅ、~っわうん!」


 ああ!またやってしまった。

 勢い良く落ちる水は楽しくてじっと出来ない。ガマンガマンガマン~って目を閉じて耐えても気付くと体が跳ねてる。


 「あぅ~ん」


 確かにこれは厳しい修行だ。じごくっていう奴はこんなに大変なんだな。

 おれを惑わす水達を恨めしく思って睨む。


 『まさか初めから躓くとは思わなんだ。お主は待てを覚えなかったのか』


 疼くおれを抑え付けて半眼の獣の神に呆れた口調で言われた。

 そんな事言われてもおれも分からない。

 動く時も止まる時も何時もリリと一緒だったから。

 濡れる毛並みを滴らせてふて寝をする。


 『お主の護る者への想いはその程度か?』


 獣の神に言われてハッとした。

 ふて寝を止めて改めておれを惑わす憎っくき滝を睨み上げた。


 「わん!」


 今度こそ負けない!と強く思って滝に突進して行く。

 ウゥ~、ウゥ~っ、が~ま~ん~。

 おれは一心不乱にリリを思い浮かべた。こんな水の塊に負けたらリリがきっと悲しむ。リリはもう泣いたらダメだ。

 そう思っていたら誘惑なんてヘッチャラになった。リリに比べたら誘惑なんて全然大事じゃないんだ!


 『ほう、なんだやれば出来るでないか。そのまま無我の境地に入るのだ』


 ?むがのきょうちって何だ?入るって事は何処かにそういう場所があるのか?

 おれが首を傾げて辺りをキョロキョロ探していると、獣の神は溜息を吐きながら前脚で目を隠して項垂れた。


 「わふ?」


 滝ギョウしながらどうしたのか尋ねたら、隠した目の半分を見せて半眼で見下ろして来た。


 『無我の境地は目に見える場所ではないよ。己の心を鎮め世界に溶かす……これも難しいか。

 ふむ、何も考えるな。何もだ。音も、匂いも何もかも考えず、ただそこに居れ』

 「あぅぅ~……」


 何も考えない?何も、何も……。


 『これ!寝るでないわ!』

 「きゃん!」


 どうやら寝てたらしい。獣の神の前脚にプキュっと潰された。

 むがのきょうち難しい。

 獣の神の肉厚な肉球を感じながら、おれは何も考えないをやり直す。


 「うぅー……」

 『全く、仕方ない事よ。お主は狩をした事が無いのか』


 上手く出来なくて唸っていたら獣の神が話し掛けて来た。

 狩は得意だ。気配を消して後ろから近付くんだ。消し方が甘いと直ぐに勘付かれて逃げられる。でもおれは全然逃げられないんだ。


 「わふん!」


 誇り高く胸を張って一声吠えれば、獣の神は胡乱な目でおれを見た。

 何でそんな目で見る?嘘じゃ無いぞっ。本当に狩は得意なんだぞ!


 「わん!わん!」


 おれは獣の神の前でクルクル走り回りながら、主張を強く訴えまくった。

 そしたら大きく溜息をついて来たから、その息でコロコロ転がってしまった。


 「きゃぅん!」


 ザッパーン!


 転がるままに川に落ちてしまって慌てて犬掻きで岩場に戻った。

 ブルブルブルっと毛に着いた水を吹き飛ばしたおれは、直ぐ様獣の神の前に駆け戻った。一言抗議の声を上げねば!


 「わんわん!ぷきゅっ」


 ピョンピョン跳ねながら酷い酷いと抗議したら又もや肉球に潰された。


 『やかましわ』


 プニプニ押されてその度にぷきゅって声が漏れて、それを獣の神が突然吹き出してクツクツと忍笑いしてくる。

 おれは何とか這い出ようと藻掻いたいた。


 『ほれ。護るべき者の為に頑張るのだろう。出来るまでトコトン頑張るのだ』


 抜け出す前に器用に肉球に押されてまた滝に当たる。

 そうだった。リリの為にも頑張るのだった。

 おれはふんっと鼻息荒く気合を入れ直した。


 『そうそう、その意気だ。狩の時を思い出してやってみよ』


 狩の時?狩の時はこう……。

 ……。

 ……。


 『ほう、やれば出来るではないか。

 そのまま漂う魔力を己が身に取り込み循環させるのだ』


 ……。

 ……。


 『おい、聞いておるのか?』


 ……。

 ……。


 『おい!

 って避けるな!こら!』


 ……。

 ……。


 『いい加減にせんか!』

 「わきゃん!?」


 はっ!?おれは何をしていたんだ?んん?ここはどこだ?モサモサに囚われているぞっ。

 おれは前脚と後脚を一生懸命ワチャワチャ動かして何とか囚われたモサモサの檻から逃げ出した。モサモサは獣の神の尻尾だった。

 って、あれ?獣の神がなんだか怒っている?何でだ?


 「きゅきゅ~ん」


 取り敢えず怖いから尻尾を丸めて後退る。耳を垂れてフルフル震えているのがわかる。


 『ああもう、怒っておらぬ故その様な顔をするでないわ』


 良かった。怒ってなかったらしい。怖いのも無くなったから、耳も尻尾もピーンと立てて獣の神に近寄った。


 『……現金な奴よのう。

 まあ良い、続けるぞ。無我の境地に至ったら今度は魔力を体内に取り入れ循環させるのだ』


 魔力を循環ならわかるぞ!人間達や魔物達がやってるやつだっ。おれもアレが出来るようになるのか!

 嬉しくなったおれは、クルリと一周回って元気よく滝に飛び込んだ。

 まずはむがのきょうちをして、それから魔力を取り入れる。だな。

 ……。

 あれ?むがのきょうちの状態でどうやって魔力取り入れるんだ!?


 「アゥーン」


 やり方がわからなくて、耳を垂らして縋る様に獣の神を見上げた。


 『うぅ、だからその様な目で見るでないわ。

 一度目は我が魔力を流し込んでやるから、己の中で循環してみせよ』


 「わん!」


 よくわかんないけど、わかった!

 おれはまた、むがのきょうちをした。


 『大丈夫かな、この子』


 獣の神が何か言った気がしたけど、むがのきょうちしててわからなかった。


 『ほれ、魔力を流し込むぞ。

 うむ、そう、そうだ。その調子。

 ほう、馴染むのが早いではないか。

 ふぅむ、良し!今日はここまでだ。これを毎日己が物とするまで行う。

 ……おい、聞いとるのか?……てい!』

 「わきゃん!?」


 またモサモサに閉じ込められた!

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