中編
顔合わせは、料亭が入った市中の高級ホテルで行われた。
貸し切った個室で、私と葉室、蕾と咲が同じテーブルに着いての食事会である。年齢的なものなのか、葉室側の家族はいなかった。
「お二人とも一高とは。素晴らしいですね」
艶のあるクラヴァットを締めた葉室は、双子の制服を見て目を細めた。
ナンバー校は、帝大に進学するための予科と位置づけられており、試験は難関だ。蕾と咲は、私と違って勉学が出来るので一発合格だった。
「お褒めいただいて恐縮ですわ。二人とも自慢の息子です」
「誉れでしょうとも。ですが、一高は皆寄宿制度がありますよね。息子さんと離れ離れでお寂しくありませんか?」
「蕾と咲は自宅から通学しておりますの。私を一人にするのは忍びないと、学長に掛けあってくれたのです」
「優しいんだね、二人とも?」
「「…………」」
双子がうんともすんとも言わなかったので、葡萄酒に口をつける葉室の眉が下がった。困惑しているのが見てとれて、私も困ってしまう。
葉室と面会してからというもの、双子は頑として口を閉じていた。
このせいで一向に会話が盛り上がらない。
「蕾、咲。お庭をご覧なさい。あの薔薇は、葉室様が外国から持ってこられたのよ」
個室の窓から見える庭園には、薔薇が咲き乱れている。
葉室は、諸外国から植物を輸入する事業を持っていた。とくに西洋薔薇は見た目の華やかさから人気が高く、買い付けの需要も多いそうだ。
波打ったガラスの向こうに目を向けた咲は、ぽつりと呟く。
「植物は潮風にいたむはずです。よく海路で運んで来られましたね」
「特別な方法を用いているんだよ。外気に触れない特殊な容器に土を入れて、そこに種子を埋めて運んでいるんだ――」
会話の糸口がつかめた葉室は、声高に話し始めた。
実業家としての経験談は、脇で聞いていても面白かった。
政治学を学んでいる蕾は、輸入における関税自主権について葉室と熱く議論を交わし、薬学を研究している咲は、未熟な薔薇の種子に含まれる成分が人の胃液と混合すると青酸を生成するという話が気に入ったようだ。
私は、ほっと安堵する。
双子が葉室と相性が悪ければ、再婚に踏み切れないところだった。
「楽しい時間でした。今日は来てくれてありがとう、二人とも」
食事会を終えて立ち上がった葉室は、玄関につけた馬車まで私たちを送り届けてくれた。途中、ホテルの支配人が駆けつけてきたので挨拶をする。
その間に、双子は客車に乗っていた。
挨拶を終えた私が続こうとしたとき、葉室に腕を引かれた。
「垣之内さん……いえ、薔子さん」
見上げた葉室の瞳は、じわりと潤んでいた。
彼の甘く熱っぽい表情を間近にすると、私はどうにも落ち着かなくなる。
「遠戚から引き取った双子を、立派に育て上げた貴方を尊敬します。私は、今日の食事会で貴方と添いたいと強く思いました。貴方はいかがでしたか?」
「私も……。葉室様と一緒になれるなら光栄に思います」
「良かった。今度は二人きりで、ゆっくり過ごしてみませんか。うちが西洋薔薇を卸している旅館がありまして……」
葉室と次に会う口約束をする私は気づかなかった。
暗い客車の中で、双子がじっとその様子を見つめていたことに。
◆◆◆◆◆
一高の校舎に入ったのは、蕾と咲の入学式以来だった。訪問着の裾をさばいて学長室へ向かった私は、亡き夫と交友のあった学長と対面する。
「お呼び立てして申し訳ありませんな。ご子息に関して、どうしてもお耳に入れたい事柄がありまして」
「蕾と咲が、何か仕出かしたのでしょうか?」
これまで問題行動は一度もなく、保護者として呼び出されたのは今日が初めてだ。
血の気の引いた顔で尋ねる私に、学長は気難しい顔を見せる。
「まだ断定はしていませんが、一高の生徒らしき少年たちが盛り場に出入りしていたと通報がありましてな。面立ちの整った双子という話だったので、寮に入らずに通学している垣之内のご子息を疑う者がいるのですよ」
盛り場とは繁華街のことである。見世物や芸事が盛んなところで、歓楽の色が濃い場所でもある。
「人違いではありませんか。蕾と咲は、そういった場所に出入りする子ではございません」
「こちらもそう信じておりますが、寮生のなかには、学舎を抜け出して博打や遊興にふける者がおります。一高生として相応しくない行動を取った場合は、退学措置もありえますから、一度おうちの方から注意されてみてください」
「分かりました……」
私は、ふらふらとした足どりで学長室を出た。
蕾と咲が盛り場に出入りしているなんて信じられなかった。
しかし、顔の整った双子なんて、そうそういるものでもない。
門を出て、大通りまで歩いて行く。辻馬車でも捕まえようと道を仰げば、通り向かいに見慣れた顔があった。学校帰りの蕾と咲だ。
気づいてもらおうと片手を上げかけた私は、次の瞬間には絶句した。
(え……)
双子は、それぞれ女学生を連れていた。
頬を染めたお下げ髪の少女と、手を繋いでいるのは咲。
おかっぱ髪の少女の腰に、馴れ馴れしく手を回すのは蕾。
(異性との交遊は、校則で禁じられているのに)
何より私の胸をざわつかせたのは、まだまだ子どもだと思っていた双子が、ひどく男性的に見えたことだった。
動けない私の目の前で、双子と少女たちは脇道に消えていった。
――双子は、女学生二人を連れて、裏通りの純喫茶に入った。
慣れた様子でコーヒーを注文した女学生たちは、裕福な家の娘だが浪費癖があり、小金欲しさに繁華街のカフェーで働いている。
二人が実際に行ってみたら、単なる女性給仕ではなく、男性客と同席して体を触らせる営業方法の店だった。
女学校のまえで声を掛けたら、あっさりとついてきた。
蕾と咲の顔立ちが気に入ったようで、手に触れても体に触れても嫌がらないし、脛が見えるほど短くした袴をずらしたり、積極的に胸を押しつけたりしてくる。
待ち合い茶屋に誘ったら、喜んで足を開きそうだ。
親が見たら泣くだろうな、と蕾は思った。
貞淑で美しい薔子をそばで見ているせいか、どれだけ女がしなを作ろうと興味を抱けない。それは咲も同じだ。
蕾と咲にとって、薔子以外の女はすべて浅ましい雑草である。
「それで、あたしたちにお願いってなあに?」
馬鹿っぽい口調で尋ねた少女の髪を撫でながら、咲は答える。
「君のおうち、生糸の輸出で有名なんだってね。港で顔がきくって聞いたんだけど、本当?」
「本当よ。お父様に言えば、どんなものでも運上所を通してもらえるわ」
「うちは商船を持っているのよ。何でも外国から取り寄せられるの。欲しい物があるなら言って。あたし、二人のためなら何でもしてあげる」
張り合う少女の手を、蕾はわざとらしく握りしめた。
「助かる。薔薇の種子を手に入れたいんだ」
「薔薇? そんなもの、その辺の店で買ったらいいじゃない」
「蕾は、種から育てたいんだよ。垣之内邸の庭は、松と池ぐらいしか見どころのない殺風景でね。僕らを育ててくれた人が、薔薇にまつわる名前をしているから、庭中を西洋薔薇で埋め尽くしてあげたいんだ。だから、誰にも知られない手段で、大量に手に入れる方法を探しているの」
「俺たちが動かせる金は多くない。そこから関税に持ってかれるのは馬鹿らしい。二人に頼んでもいいか?」
少女達は顔を見合わせてからコクリと頷いた。
そして、蕾と咲の腕に、蛇のように絡みついてくる。
「そしたら、あたしたちと付き合ってくれるんだよね?」
「もちろんだよ。僕、君みたいに可愛い子は大好きなんだ」
咲が少女を抱きしめたので、蕾も同じように隣の少女に腕を回す。彼女たちに見えないように舌を出して、お互いに嗤いあった。
企みのために、好きでもない女を抱くなんて。
気持ち悪くて吐きそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます