堕ちた英雄編

220話_サキュバスと堕ちた英雄

天界の奥深く。


誰も知らない草原に、ひとりの青年が立っていた。齢は15、6程か。若さに似合わず大人びた顔つきをしている。


静かに風が流れ、草がそよぐ。


青年の目には涙が溜まっていた。

それが頬を伝い滴り落ちる。


青年の視線の先に移るは、石碑だった。


まだ新しく建てられたばかりの綺麗な石碑。


怨むような表情と共に、彼は唇を噛みしめる。

明るい栗毛色の髪が、風に揺れる。


彼は呟く。


「こんな世界、絶対壊してやる────」


と。



◆◆◆◆◆



その日の目覚めは、何か不思議な気分だった。

何か夢を見たような気がする。


自分以外の誰かがそこにいたような気がするのだ。だが、ハッキリとは思い出せない。


思い出そうとすればするほど、もやのごとく消えていってしまう。


僕はベッドから体を起こすと大きく伸びをする。季節は冬にさしかかり、朝は少し肌寒い。どてらを着込むと、スリッパを履いて階段を降りていく。今日は珍しく誰も潜り込んでいなかったようだ。ゆったりと眠れたことはありがたい。


「あ、おはようございます。シオリ」


制服姿にエプロンを付けたソフィアが朝を迎えてくれる。そういえば、今日の朝食当番はソフィアだったな。制服にエプロンは朝から見るにはなかなか刺激が強いな、と阿呆なことを考えながらテーブルにつく。


今日の朝食はトースト目玉焼き、サラダとウインナーである。


「おはようございます、旦那様」


そこにレティも着替えを終え、席へと座る。


「あぁ、おはよう。レティ」


彼女は、最近分別をわきまえてきた、というかTPOを守り始めた、というか、とにかく過度なアピールはなくなってきた。


全くなくなってきたわけではないが、少なくともこういう日常においては普通に過ごしてくれるようになったので僕としてはありがたい。


「それじゃ、食べましょうか」


ソフィアも席に座り、皆でいただきますをして朝食を食べ始める。シェイドも椅子に座ってトーストに手を伸ばす(守護天使は別に食べ物を摂取する必要はないが、僕達に生活を合わせてくれている)。


「そういえば、今日不思議な夢を見たんです」


ジャムを取りながら、ソフィアが話し始める。


「不思議な夢?」


「えぇ、どこかの草原みたいなんですけど、男の子が立ってて」


そこで僕は、何か既視感のようなものを覚えた。朝方ぼんやりと見た夢のことを思い出したのだ。


「それで、他には?」


「何かとても悲しそうな顔をしていて、石碑をずっと眺めてました。それだけなんですけど」


「それって」


僕はソフィアに視線を合わせる。


「栗毛色の男の子?」


僕の答えにソフィアは少し驚いたような顔をする。


「え、えぇ、そうですけど」


「涙を流してた」


そこに、レティも口を開く。


「えぇ、確かに涙を流していました。こんな世界許せない、って声が聞こえて。まさか、レティも同じ夢を?」


「それ、僕も見たかもしれない」


「どういうことですか?3人とも同じ夢を見たと?」


「そんなことってあるのか?」


偶然にも、僕達3人は同じ夢を見ていたらしい。


「予知夢か何かか?」


「詳しいことはわからないですが、そんなことってあるのでしょうか?」


「私は眠らないからその夢を見ていないが、何かあるのは間違いなさそうだな」


「特に害はなさそうだったけど…。最後の言葉は少し気になるな」


もうほとんど思い出せなくなっている夢の記憶を思い出そうと振り絞る。


でも、もうどんな姿をしていたのかも朧気になってしまった。


「まぁ、気にしてもしょうがないですわ。学校も始まってしまいますし」


「あっ、もうそんな時間か。急がないと」


「そうですね。片付けは私がしますからシオリは学校の仕度を」


「ありがとうソフィア」


自然と2人目が合う。もうお互いの気恥ずかしさはなくなっていた。


それを見たレティが拗ねたように言った。


「ほら、イチャついてないで準備ですわ」



◆◆◆◆◆



その日の学校の授業は、特に何事もなく終わった。授業が終わり帰ろうとしたところにスカーレットが通せんぼをする。


「ちょーっと!久しぶりの登場だっていうのにその扱いはないだろ!!」


「えーっと、どちらさまで?」


「どちらさま……じゃねーわ!学校で毎日会ってるだろ!」


スカーレットは息巻いて僕に突っかかってくる。


「スカーレット、そんな口調だったっけ?」


「わかってんじゃねーか!ラムのところで遊んでたらすっかり出番なくなっちゃって、お前は相手してくれないし、、、、」


途端にいじけ出す情緒不安定サキュバス。


「まあ、最近出番なかったとはおもうけど……」


「最近どころじゃねーわ!!こんなナイスバディを放っておくなんてどんな神経してんだよ」


「ナイスバディなら、もうレティという枠があるしな」


「あっ、シェイド、それ言っちゃ」


それを聞いて、ピキ、とスカーレットの眉間にシワが入る。


「なんだって?」


「スカーレットよりナイスバディでお姉さんキャラがもう既にいる以上、その枠をまた出す必要もあるまい。供給は過多になってもいかん」


淡々と話すシェイドの言葉を聞いて、スカーレットの顔が怒りから悲しみに変わっていく。


「(そこまでハッキリ言わなくても……)」


「僕だって……僕だって、なりたくてそうなったんじゃねーんだよ!バカヤロー!!」


大粒の涙を流しながらスカーレットは走り去ってしまった。


「行ってしまったな」


「シェイドの容赦なさが恐いよ」


「可哀想なスカーレット……」


「(ソフィアもわりとドライなんだな…)」


昔いじめられていたことを考えるとそうなのかもしれないが。


久しぶりの登場も、あっという間に過ぎ去ってしまったのだった。


◆◆◆◆◆


その日は何事もなく1日がスルスルと流れていった。


朝方の夢のこともすっかり忘れ、夕食を食べ終え、皆でくつろいでテレビを見ていたのだが事態が急変したのは、そのすぐ後だった。。


「ゴシック体女、そこをどきなさい」


「なんでフォント扱いなのよ!どくわけないでしょ、この青海苔女」


「私は歯につく面倒なものではございませんわ。そこは私の席です」


「何を寝ぼけたことを言ってるのよ、あんたの場所はそこよ、そこ」


「外じゃありませんの!いいからどきなさい、」


「いーやーだー」


このやり取りが僕のすぐ隣で行われていなければ、別に好きなだけやってほしいのだが……。


「2人とも、落ち着いてー」


その時、シェイドの携帯が鳴る。


「はい、私だ」


シェイドの携帯が鳴るなんて珍しいな、なんて思っていたら、わりと真面目な顔つきで話している模様。


シェイドの連絡先を知っている人ってそんなにいたっけ?


そんなことを考えていると、どうやら話が終わったようだ。携帯を切るシェイド。


「誰から?」


シェイドは表情を崩さず僕に向かって答える。


「チャミュからだ。どうやら何者かに切られたらしい」



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