206話_サキュバスとレティとユースケと

その日、レティは魔界の学校で子供達に授業を教えていた。


ワイワイガヤガヤと騒がしい教室の中で、眼鏡をかけたレティが子供達にわかりやすく教えている。


今ではすっかり学校と天寿宅を往き来する生活になっているレティだが、シオリが借金の肩代わりをしてくれるまでは、レティ自らが体を張ってお金を稼いでいた。


体を張るとは読んで字の如く。


それには、勿論子供達には知られてはいけないようなこともあり───。



学校を維持していくには、まとまったお金が必要だった。それも継続的にだ。その目的を叶えるために、レティは利用できるものは誰でも利用した。


その一番のパトロンが、魔界のあの長だったわけだが。


それと引き替えに、レティはどんな命令にも従わなければいけなかった。レティのパトロンは何人もいたが、長はその中でも人の嫌がることが大好きな変態だった。


普通のパトロンは肉体的な奉仕を求めたが、長はレティが嫌悪することを楽しみとしていた。


違った意味で実にいやらしい存在だったのだ。


今では少なくなったが、自由になった当初は、その悪夢を思い出してうなされる日もいくつかあった。それを他の人には知られたくないと彼女は思っていた。



◆◆◆◆◆



授業を終え、子供達がレティの周りに集まってくる。子供達は皆レティが大好きだ。


先生であり、姉のようであり、母のようなレティは、親をもたない子供達にとって安心できる存在だった。


「せんせい、さいきんうれしそうだね」


子供達のうち1人がそう言って笑う。


「そうかしら?」


「そうだよ、とてもうれしそうだよ」


他の子供も口々に言う。


「だんなさまのせいでしょー」


レティはドキッとした。


忘れ物を届けに、たまにシオリが学校を訪れることがあるが、その会話を聞かれていたのだろうか。


子供達の前で、旦那様と呼んだことはない。


「こら、そうやって先生をからかわないの」


「ずぼしだー、にげろー」


顔が少し赤くなったのがバレたのだろうか。子供達は笑いながら元気に走り出す。


そこに、いつもおとなしい子が、スカートを軽く引っ張ってきた。


「どうしたの?」


「だんなさま、きてるよ」


「……えっ!?」



◆◆◆◆◆



子供に教えられ、慌てて教員室まで行くと、シオリがレティのデスクのところに立っていた。


「旦那様!?」


「あぁ、レティ。昼のお弁当、忘れてたからさ」


シオリがレティに気付いて手に持っていた弁当箱を指さす。確かに、今日は慌てて出て行ったのでお弁当箱のことをすっかり忘れていたのだった。


「わざわざありがとうございます。旦那様の学校の方は?」


「今日は休みだったんだ。学校と開校記念日だったかなんかで」


「そうだったんですね」


「レティはこの後も授業?」


「ええ、そうですわ」


シオリが少し視線を泳がせたので、レティは何かいつもと違うという風に感じた。


「旦那様、どうかなさいました?」


「え、あ、いや。今日学校終わったら、一緒にご飯でもどうかと思ってさ……」


「ええ、喜んでお受けしますわ。………………えぇぇぇえっ!!?」



◆◆◆◆◆



「ご、ご飯?」


レティはシオリが言った言葉の意味がわからなかった。いや、言葉は知っているのだが、その言葉がシオリから出てくることが信じられなかったのだ。


「ごはんとは…あの湖のほとりの──」


「それは湖畔だね」


「では、規則や基準と言った──」


「規範だね」


冷静に対応するシオリを見つめて、これは夢ではないのがはっきりしてくる。


それならば……


「旦那様、夢かどうかはっきりさせるのに私の唇にキスを───」


目を閉じて、シオリに唇を寄せるが反応はない。少しして目を開けると、シオリが恥ずかしそうに反応に困っている。


「そ、それはちょっとできないけど。でも、夢じゃないよ。ほら」


シオリはレティの手に触れる。


「ね、夢じゃないでしょ?」


「旦那様。では、学校の後、私とご飯に?」


「うん」


レティはここまできて、ようやく嬉しさがこみ上げてきた。今まで自分からモーションをかけてもまともに取り合ってもらえなかったせいで、今では半ばあきらめ気味になっていたところはあったのだ。


それが、まさかシオリの方から来てくれるとは。


「で、では、授業が終わったら、お迎えに参りますわ。あぁ、でもどうしましょう、今日は何もないと思って勝負した下着にしておりませんでしたわ」


オロオロと慌てるレティをシオリが落ち着かせる。


「その心配はしなくていいから…。僕は家にいるからさ、終わったら呼んでよ」

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