207話_サキュバスとレティとユースケと2
その日の彼女は上機嫌だった。
それもそうだ。
好きな人とのデートが待っているのだから。
ウキウキとはこんな気分のことなのね、と彼女は実感していた。体が軽い。心が軽い。好きな人の誘いというものは、それだけで何よりも勝る幸運(ラック)だとは。
子供達も普段と違うレティの表情を感じ取ったのか、口々に「せんせい、なにかいいことあったのー?」と聞いていた。が、そんなことは彼女の耳には入らない。
こんなに、ただ食事することを楽しみに思ったことはなかった。
接待でなら嫌というほど美味しいお酒も料理も食べてきたが、好きな人と一緒にいられる、というだけでここまで胸が躍るとは思わなかった。
授業が終わったら、一度シャワーを浴びて服を着替えていきたい。シオリならそれくらいは許してくれるだろう。
レティはルンルン気分で子供達に勉強を教えた。子供達は後に語る、「あんなにたのしそうなせんせいはみたことない」と───。
◆◆◆◆◆
授業が終わり、レティはいつもより早く学校を飛び出た。急いで家に帰り、高速でシャワーを浴びる。
花柄レースの透け下着を身に付け、準備は万端。食事だけでは終わらない。今日こそは最後まで。私の奉仕の素晴らしさを旦那様に知っていただかなくては。そう鼻息荒く意気込む。
リビングではシオリが待っていた。
「旦那様!お待たせしましたっ!」
「お帰り、結構早かったね」
「すぐに終わらせましたから。さ、旦那様参りましょうか」
レティはシオリの腕に自分の腕を絡める。
「あ、あまりくっつくなよ」
「いいじゃありませんの。夫婦なんですから」
「いや、夫婦ではないぞ…」
「そんなー」
楽しそうに、嬉しそうに、レティは喋る。それも無理はない。今日はおっとりサキュバスも口うるさいサキュバスもいつもいいところで邪魔する守護天使もいないのだから。
レティは実に初めてではないか、というシオリとの時間を存分に楽しんでいた。
◆◆◆◆◆
シオリとレティが並んで歩いている後方、距離を置いたところに3人の影があった。
「ねぇ、なんであんな提案をしたの?姉様」
シオリとくっついているレティを恨めしそうに見つめるミュウ。イライラがだいぶ募っているようだ。
というのも、今回の提案をしたのはソフィアだったのだ。レティとシオリのデート、恋のライバルにわざわざ花を持たせるようなことを。
ミュウはソフィアに反発したのたが、ソフィアはレティがシオリを助けたことを気にしていたらしい。
「なにもないのは可哀想」
という、いわば上から目線の庇護とでもいうのか、強者の余裕とでもいうのか。
食事くらいなら、ということでシオリに提案してみたのであった。シオリにしてみれば、今までの鬱憤が暴発するくらいなら少しガス抜きしてもよいと判断して、今回の提案に乗ることにしたのであった。
ただし、こちらが花を持たせていると知れたら彼女のせっかくのテンションも下がるので、あくまでシオリからの誘い、ということにしたのであった。
それであのはしゃぎようであるが───。
「ねぇ、本当に良かったの?」
「…………」
良くはない、とソフィアは思っていた。少しでも余裕があるところを見せようと思っていたのだが、最近の自分のシオリに対する執着は増すばかりだ。
今、シオリとレティが楽しそうに歩いているのを見ているだけでも軽くイライラが募っている。
「ソフィアはソフィアの考えがあってのことだろう」
「でも……」
ミュウはもう一度レティをにらみつける。
「あの女、絶対食事だけで終わる訳ないわ。ホテルに行きそうになったらシオリを救うわよ」
救う、とは自己本位的な解釈ではあるが、ミュウにしてみたらそれは当然のアクションになるだろう。
ソフィアもその点は我慢できそうにないので、黙って頷いた。
「(こんなに胸が痛いなんて……)」
ソフィアは自分の軽はずみな提案の後悔と、シオリを思う気持ちに決定的なトドメを刺されたような気がして、ぐったりした顔でシオリを見つめていた。
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