195話_ドタバタ旅館アタック2

聞き慣れた声が扉越しから聞こえてきた気がした。


旦那様……。


そう呼ぶ女性は1人しか思い浮かばない。

もしや……。いや、でも彼女がここにいるはずがない…。


シオリは、ドキドキしながらも、扉に手をかける。


ガチャッ。


……。


扉を開けて廊下を見るが誰もいない。


「あれ?誰もいない?おかしいなぁ…」


首を傾げながら部屋に戻るシオリ。その廊下の角では、レティを取り押さえた浴衣の3人組がいた。


「んーっ!!…んーっ!!」


レティの声が聞こえないように手を押さえるミュウ。


「なんであなたがここにいるのよ!」


「それはこちらのセリフですわ!何故ゴシック女達までここに!」


自分を捕らえたのがミュウ達だとわかり、レティは食ってかかる。


「私達はシオリと僕の様子を見ていたのだ。成り行きでこの旅館に来ることになってな」


「それにしては、随分と楽しんでいるようですけど」


着ている浴衣を指差され、シェイドは自分の浴衣を見回す。


「まぁ、そういう部分もあるが。それにしても、よくシオリがここにいるとわかったな」


「それは、愛の力ですわ」


「どうせ発信器でも忍ばせていたんでしょうよ」


ミュウがジト目でレティを見下ろす。


「失礼ですわよ、ゴシック女」


「本当のことを言って何が悪いのよ」


「なんですってー!!」


「なによー!!」


2人の喧嘩が始まったので、シェイドとチャミュは迷惑にならないように2人をつまんで自分達の部屋へ移動するのであった。



◆◆◆◆◆



「なんだったんだろう…さっきのは」


確かにレティの声が聞こえたと思ったんだけど。


「あの…シオリ…」


「あぁ!ごめん!今持ってくよ!」


僕を待たせていたことを思い出し、手に持っていたバスタオルを持って浴室手前の更衣室に持って行く。


「ここに置いておくよ」


「はい、ありがとうございます」


このガラスの向こうには、裸の僕がいる。


それを想像しただけで、ドキドキと胸が高鳴るのがわかる。出来るだけ興奮しないように、部屋に戻り、備え付けてあったテレビを付ける。


通販番組ではエプロンを着た男性が、包丁の切れ味が如何に凄いかを宣伝していた。


内容に興味はないが、今は煩悩を消し去るためにそれに集中することにした。


一方、ソフィアは湯船に浸かりながらこの後どうするかを考えていた。


考えていた、とはいっても選択肢が思い浮かぶわけもなく、顔を湯に浸けては戻すの繰り返し。


厚意で部屋を使わせてもらっているなら途中で帰るのも失礼な気がするし。


けれど、シオリと2人っきりの部屋で今の自分は落ち着いていられるのだろうか。


「どうしよう……」


顔が赤くなっているのがわかる。


今日は別にサキュバスの発作が起きているわけではない。

だが、無性にシオリのことを考えては胸が熱くなる。


頭で否定しようとすればするほど、彼の顔がより鮮明に浮かんでくるのであった。



◆◆◆◆◆



「では、作戦会議を始めましょうか。どうやったら旦那様と一緒に寝ることができるのか」


「誰がそんな会議するって言ったのよ。張り倒すわよ」


シオリとソフィアの隣の部屋では、ミュウ、シェイド、チャミュ、レティによる2人のデート監視体制が敷かれていた。


「ゴシック女は黙っていなさい。あと、この縄外していただけます?」


「あんたはよくその格好で強気でいられるわね」


レティが勝手な行動をしないよう、シェイドによって固結びされた縄を差し出してくるレティ。勿論、解いてあげるなんてことはなく。


「いい?今日は姉様とユースケが如何に進展するかを見守る日なの。青女はおとなしくしてなさい」


「いーやーでーすーわー。私も旦那様と一緒に寝るんですわー」


トスッ。


首に手刀を当てられ、ダダをこねていたレティが静かになる。


「これでおとなしくなっただろう」


「ありがとう、シェイド」


「2人とも容赦ないな……」


倒れるレティを端に追いやるミュウ達を見て、殺人犯とはこういう手際なのかと考えを巡らせるチャミュだった。


「で、姉様達の様子をどう探るかだけど」


「それには心配に及ばない。部屋にカメラを仕掛けておいた」


「(もう犯罪者のそれだな……)」


「じゃあ、一旦様子を見てみましょうか。姉様達は夕飯の時間かしら。お腹も空いたことだし私達も食べるとしましょう」



◆◆◆◆◆



お風呂から上がったソフィアは、浴衣に着替えると部屋に戻ってきた。下着はワンピースと一緒に洗濯されている。ということは、目の前にいるソフィアは上も下もつけていない───。


いかんいかん!!


ガンガンと壁に頭を打ち付けながら、煩悩を振り払う。


「シオリ…大丈夫ですか?」


「あぁ、大丈夫だよ…。僕もお風呂入ってくるよ」


「は、はい」


入れ替わり、湯船に浸かる。さっきまでソフィアが入っていたせいか、甘い匂いがする。などと変態的なことを考えては、それを打ち消すために湯に頭を打ち付けるという行為を行っていた。


「落ち着け、落ち着け……」


心を静める。そもそも、今日は僕が風邪を引かないようにするためにここを貸してもらったに過ぎない。だから、互いに合意してここにいるのではないのだ。


勘違いしてはいけない。


シオリは自分に強く強く言い聞かせた。


◆◆◆◆◆


お風呂から上がると、夕飯の準備が既に整っていた。


部屋の真ん中にあるテーブルに、様々な小鉢が置かれている。和食、ここに極まれり。


ふんだんな秋の味覚が溢れており、これには僕も喜びを隠せないようだ。


「シオリ、この料理、凄いですよ」


「あぁ…これはびっくりした…。せっかくいただいたんだし、食べようか」


「はい」


僕とソフィアはいただきます、と手を合わせ夕飯を食べ始める。


小鉢に入った里芋との煮物が、口の中で甘く広がる。


「…美味しい」


丁寧につくられているのが、素人の料理感覚でもよくわかる。


「美味しいですね、ユースケ」


「うん、これは美味しい」


2人、ようやくお互いで顔を見て笑顔になる。


それに気付いてドギマギしてしまうが、美味しい料理がおかげで、2人の間には幸せな時間が訪れたのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る