193話_恋焦がれ心情日和4

行く先不安な2人を見守るチャミュ達。そんな2人尾行を続けていると、どうやら何か動きがあったらしい。


「子供?」


「子供だな。迷子なのかもしれんな」


「全く、せっかく2人の時間なのに」


「おっと、ミュウ。ここは2人がどう対応するか見てみようじゃないか」


泣いている子供をどうにかしようとしたミュウを、シェイドが制止する。


「もしかしたら、これはいいきっかけになるかもしれない」



◆◆◆◆◆



泣いている子供を見つけた時のソフィアの行動は素早かった。


恐らく迷子になっていたのだろう。おまけに、転んで擦りむいたのか膝に怪我もしているようだ。道端でしゃがんで大泣きしている子に優しく声をかけるソフィアは、まさしく子供からは天使に見えたことだろう。


「(こういうことを自然に出来るのが彼女の凄いところだよな)」


シオリは、素直にソフィアの行動力に関心していた。ソフィアは泣いている子供の膝に手を当てると、怪我を癒してあげた。


「これでもう、痛くないよね」


泣いていた子供が、驚いたように目をまん丸くさせる。


「いたくない……おねえちゃんすごーい!!」


まるで魔法のように(魔法のようなものだが)傷がなくなったのを見て、子供は不思議そうな顔をしている。


「迷子になったの?」


「うん……にいちゃんとはぐれちゃったんだ……」


「じゃあ、一緒に探すとするか」


シオリは、泣き止んだ子供の頭をポンと叩いた。ソフィアの方を向くと、ソフィアもにっこりと微笑んだ。


「私も、それがいいと思います」



◆◆◆◆◆



「子供のおかげで2人もいつも通りになってきたな」


子供の迷子をなんとかしようと始めた2人を見てホッとするシェイド。


「子供が間にいるからか、まるで親子みたいだ」


子供を真ん中にして、シオリとソフィアがそれぞれ手を繋いであげている。


「親子……」


「例えの話だよ、例えの」


ピクッと反応したミュウをなだめる。


「さて、ここから2人がどうするのか。シオリ、頑張りどころだぞ」



◆◆◆◆◆



シオリとソフィアのデートは、迷子の子供の兄探しというイレギュラーな形で進行していた。後ろでは、シェイド達3人組が変わらず尾行活動を続けている。


「姉様達、さっきよりは良い感じになったみたいね」


「子供の効果は大きかったみたいだな。丁度良くクッションになってくれている」


「次の行動がどうなるか予想できないから、不安要素はあるが。まぁ、なんとかなるだろう」


「それより、手伝ったりはしないのかしら?シェイドは探知系の能力もあったでしょう?」


「知っている者ならいいのだがな。知らない人間は個体情報がわからないから、精度がかなり落ちるのだ」


「ふーん、そんなものなのね」


「それならミュウが誘惑の力で近くの男達を集めたらどうだ?もしかしたら当たりが寄ってくるかもしれないだろう」


「あなた……私を痴女か何かと勘違いしていない?」


あたかも、“私は正常な女性だ”とでも言わんばかりのミュウの返答に、シェイドもチャミュも返す言葉がなかった。


「(痴女という自覚はなかったのか……)」


「(シオリに散々迫っていたあれは、痴女ではないのか……)」


2人とも、思っていることを黙って飲み込む。


「……何よ、その不服そうな顔は?」


「いや、なんでも」


「なるほどな、と思っただけだ」


何か納得したような仕草をする2人だが、ミュウは変わらずジト目で2人を見る。


「ゴリラの顔をした兄なのなら、ゴリラセンサーでもつくれば一発でしょう」


「なんだ、ゴリラセンサーとは」


「思い付きよ。エデモアなら簡単にできるでしょう」


「その装置が出来上がる前に、兄は見つかるとは思うがな」


「そうだといいけれどね。……?」


突如、ミュウが何かを思い出したかのように、顔をしかめる。


「ミュウ、どうかしたのか?」


「いえ、何かゴリラ顔に見覚えがあるような気がして……」


少し考え込むが、思い出せる様子はない。


「気のせいみたいね、さぁシオリ達の続きを追いましょう」


◆◆◆◆◆


歩くこと30分。子供の言うゴリラに似た男性を探し回るが、見当たる気配はない。

次第に子供が疲れてしまい、3人は公園で休憩することにした。


噴水近くのベンチに腰掛け、一息つくことにする。


ここの噴水は珍しく、中央に円筒形のモチーフがあり、そこから天に向かって勢いよく水が溢れ出し、足元の器に溜まる構造になっている。


何が珍しいかというと、最近の構造物にしてはその勢いがなかなか強く、滝に打たれた感じになることだ。


夏のシーズンには、厚さをしのぐ格好の場所だが、少し肌寒くなってきた今は少し厳しい。


「つかれたー……」


子供の足で歩きまわるのは流石に疲れたのだろう。2人がいる安心感からか、わがままが顔を出し始めた子供。


「僕、ジュース買ってくるよ。何が飲みたい?」


「こーらー!!」


「私は、なんでも大丈夫です」


「じゃあ、買ってくるから2人はそこで待ってて」


シオリは自販機の方に歩いていく。子供とソフィアは、ベンチに座ったまま空を見上げる。


「ねーちゃんは、かれしのことすきなのー?」


「っ!?」


唐突に子供から発せられた言葉に驚くソフィア。

ねーちゃん、はまだわかるにしても、“かれし”という言葉が出てくるとは。


「かっ、かれ…し…!?」


「ちがうのー?」


純粋無垢な子供の目。違わなくはない、のだが。ちゃんとお互い合意の上のはず、だし。


え、お互い合意の上だったよね?


急に自信がなくなってくる。


確かそんな記憶があったような……。


「ねーちゃん、どうしたのー?」


「なっ、なんでもないわ!!そういうのは、大人になったらわかるから」


とりあえずの言葉で、その場を取り繕おうとする。


そこに、ヌッと大柄な男が現れた。無言でこちらを見ている男と目が合う。


「……あっ」


脳裏に思い浮かんだのは、失礼に思いながらも、「この人ゴリラに似てる」だった。


「にーちゃん!!!」


隣に座っていた子供が元気な声をあげた。



◆◆◆◆◆



「どうもありがとうございます」


ゴリラ顔の大柄な男性は、深々とソフィアに頭を下げる。


「いえ、弟さんが見つかって良かったです」


ソフィアは謙遜しながら、男性に応答する。


「ほら、お前もちゃんとお礼しろ」


「ねーちゃんありがとー」


「お兄さん、見つかって良かったね」


しゃがんで子供に微笑みかける。


「わー!!!」


その時、突然噴水の方から叫び声が聞こえてきた。


「助けてー!!」


見ると、2,3歳くらいの小さな子が溺れている。

どうやら、親が目を離したすきに噴水に入ってしまったらしい。


親らしき存在も近くには見当たらない。


「!?」


上から降り注ぐ滝のような水に加え、中にいくほど少しばかり深くなっていく噴水は、2,3歳の子供にとっては危険な高さだった。


男性と子供が戸惑っている中、ソフィアの行動は素早かった。急いでその噴水に飛び込んでいく。


パニックになっている子供、もう少しすると、滝が直撃して、より危険になるだろう。


ソフィアは躊躇なく、勢いよく噴水に飛び込むと、子供を抱きかかえて体を起こす。


ソフィアの身長で膝あたりまで深さがあり、これは子供にとっては危ない高さだった。

子供をかばうために、滝を頭からモロに被ってしまう。


全身を水で打たれながらも、ソフィアは噴水から出てくる。


「ゆうくん!!ゆうくん!!」


異変に気付いた母親が、慌てて戻ってきた。目には涙を浮かべて、自分のした過ちを知りショックを受けているようだった。


「パニックになっただけみたいです…命に別状はありません…」


ソフィアは、ずぶ濡れになった髪と体のままで、抱いていた子供を母親に渡す。


「ありがとうございます…ありがとうございます……」


わが子が無事だったことに安堵する母親。


「ソフィアー!!!」


慌てた様子のシオリが駆けてくる。後ろからは、兄と弟が追いかけてくる。


「大丈夫か!!ソフィア!!」


「え、えぇ、大丈夫です。子供は無事でしたから」


ソフィアはにっこりと優しく微笑む。


「そうじゃなくて、ずぶ濡れじゃないかっ」


シオリに言われて、自分の体を見回す。


髪は全て濡れ、新調したワンピースも体にぴったりと張り付いている。純白のブラジャーの模様と、Tバックの紐がワンピースの布越しに浮き出ているのがありありと見て取れた。


「!!?」


我に返り、自分がとても恥ずかしい状態にあることを自覚するソフィア。

慌てて、両手で胸を隠してしゃがみ込む。


「みっ、見ないでください!!」


「み、見てないよ!!」


ばっちり見てしまっていたが、慌てて見ていないアピールをする。


「と、とにかく、これを…」


シオリは羽織っていた上着を脱ぎソフィアに被せる。


「あの…この方が、ゆうくんを助けてくれたんです…」


シオリに事情を話す母親。


「そうだったんですね。お子さんが無事で良かったです」


シオリは、しゃがみ込むソフィアに立て膝をして近付く。


「まったく、無茶するんだから。でも、特に怪我もないようでよかった。このままだと風邪を引いちゃうから、家に帰ろう」


そこに、ヌッと先ほどのゴリラ顔の男性がシオリの目の前に顔を出す。


「うわっ!!」


「それだったら、うちの旅館に来るといい。そのままだと風邪を引く」


「「え?」」


ゴリラ顔の男性の言っていることがわからず、あっけにとられた2人が気付いた時には、既に旅館の入口の前に立っていたのであった。


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