184話_風無く雷鳴

僕は呼吸を整えると、ミュウ、レティに目配せをする。


こうなるのであれば、アイシャを連れてくるべきだったと後悔した。まさか打撃の効かない相手と戦うことになるとは思っていなかったのだ。


氷漬けにすれば可能性も―――しかし最早言ったところで後の祭りだ。


「やってみるしかないか」


僕はワイバーンに近付き、先制攻撃を仕掛ける。ワイバーンは漆黒の鋼のような肉体を微動だにせず、僕の拳を受け止める。


予想通りではあるが、全く効いていないようだ。


僕を捕らえようと伸びてくる腕。


「旦那様!!」


レティに腕をグイッと掴まれ、難を逃れる。


「狙いは旦那様なのですから、あまり近くに行かれると困ります」


「すまない、どうしても試したくて」


「闇の取り込む能力はどうやら残っているみたいですね」


僕とレティは仁王立ちしているワイバーンを見やる。


打撃が効かないとなるとどうしたらいいだろうか。必死に考えを巡らせるが、良い答えは出てこない。


「シオリ達、苦戦してますね」


気を失っているリュウキを治療しながら、ソフィアがシェイドに話し掛ける。


「攻撃の糸口が見当たらないのだろう。無理もない」


「どうやったら勝てるの?」


「奴の弱点を見つけないことには始まらないな。私も加勢に入ることにする」


シェイドは剣を構え、ワイバーンに近付いていく。


「シオリ、私も手伝おう」


「シェイド!!でも、奴には攻撃が」


「少し試したいことがある」


シェイドはそう言うと剣に何かを施すような仕草をする。


剣は風を帯び、竜巻のように刃の周りを高速で回転する。


「シェイド、何を…」


「相手がこちらを吸収しようと言うのなら、こちらは反発する能力を持てばいい」


剣を構えたシェイドは私に向けて剣を振り下ろす。高速で回転する風がワイバーンの体をガリガリと削っていく。


「いけるか!!?」


剣は吸収されることなくワイバーンの体に当たり続ける。しかし、ダメージを与えているようには見えない。


「なかなか厳しいようだな」


「シェイド、大丈夫か!!」


「あぁ、問題ない。…そうだな、シオリ、耳を貸してくれるか」


シェイドは僕の近くに来るとなにやら耳打ちしてきた。


「……それは、面白そうだな」


シェイドの提案を聞いた僕はニヤリと笑った。



◆◆◆◆◆



話を終えた僕とシェイドは、作戦を進めるために準備を始めた。


「シオリ、準備はいいか」


「あぁ」


僕とシェイドは向かい合い互いを見つめる。そう言えば、こうやって向かい合うことはあまりなかった気がする。少し気恥ずかしい。


シェイドが目を閉じると体から淡い光が溢れる。その光が僕の中に取り込まれていく。


だいぶ久しぶりの感覚だ。僕の心の中にシェイドがいる感覚。


「シオリ、強くなったな」


声はもう、僕の声だ。僕の中に入ったシェイドは、僕の体の感触を確かめる。


「これならいけそうだ」


「チャミュ、私の体を頼む」


シェイドは動かなくなった自身の体を抱き抱え、チャミュへと渡す。


「シェイドなのか?」


「あぁ、これをやるのも久しぶりだな」


僕とシェイドはニッコリと笑う。守護天使であるシェイドが持っていた能力。守護者と同化する力は、天帝との戦いで完全に失われたはずだった。それをエデモアが修復し、今では元通り使えるようになっていたのだ。


今までは、使う必要がなかったので特に使用することはなかったが、今回の作戦ではこれが必要になった。


僕の体の主導権を取ったシェイドは剣を取り出すと、先ほどと同じように刃の周りに激しく風を巻き起こす。


「レティ、ミュウもこっちに」


「シェイドなのですね?旦那様と一緒になるなんて」


「そうか、レティは初めてだったな。私の元々の能力はこれなんだ」


「羨ましい限りですわ。帰ったら教えてほしいくらいです。それで、話とは?」


レティは同化の能力に興味津々のようだ。


「2人にもこの能力を与える。そうすれば闇に飲み込まれることはないだろう」


レティ、ミュウの体を守るように風が吹き荒れる。


「あら、シェイドにもらったこの能力ならなんとか戦えそうですわね」


「青女、早いところ倒すわよ。流石に疲れてきたわ」


「あら、ゴシック女にしては珍しく弱音ですわね」


「うるさいわね。行くわよ!」


風をまとった2人は、ワイバーンに攻撃を仕掛ける。シェイドの見立て通り、風はワイバーンの体をえぐるように刻み込まれていく。


しかし、少し離れると傷も元通りになってしまっていた。


「なかなかしぶといみたいね」


「1回の攻撃では意味がないですわ」


「わかってるわよ」


個人の動きはしっかりしているが、仲の悪さが災いし連携が上手くいかない。


2人とも協力した方がいいのは頭のどこかでわかっていながらも、自分から口にすると言うことは出来ずにいた。


「(シオリ、2人だけでは手に余るようだ。私達も行こう)」


「(そうだな)」


心の中で会話をし、ワイバーンに距離を詰める。


「2人は私の後に攻撃を仕掛けてくれ」


言ったのはシェイドだが、声は僕なので2人には違和感なく僕が言っているように聞こえる。


2人とも軽く頷いただけで、すぐ行動に移る。


シェイドは僕の体を使いワイバーンに肉薄戦を仕掛ける。右手に持った剣がワイバーンの左胸をえぐり、態勢を捻ったところにミュウとレティの一撃が刺さる。



◆◆◆◆◆



シェイドはシオリの身体能力の向上ぶりに驚いていた。


守護天使は、自身の能力により守護する対象の基礎能力を上げることが出来る。天帝と戦ったときはまさにそれで、その能力のおかげで、僕は天帝と渡り合うことが出来た。


今回も勿論基礎能力の上昇は行っている。だが、それはシェイドが予想していたよりも遙かに高い値だった。


「(ここまで強くなるとはな。さぞ大変な修行だったに違いない)」


シェイドは主の成長が嬉しくて仕方なかった。


嬉しい、という感覚が守護天使が持つものなのかは、自身にもわからない。だが、シオリ達と一緒に過ごすことでそんな気持ちが芽生えるようになってもおかしくないだろう。

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