185話_リュウキの過去

レティ、ミュウはそれぞれ左右に離れてワイバーンから距離を取った。


言葉はかわさない。必要がないからだ。シオリ(旦那様)の役に立つ。その1点が彼女たちを駆り立てていた。


シオリとシェイドはそれよりも離れたところで準備をする。先ほどより一回り大きな風を巻き起こす。


抉れることがわかったのなら、あとはそれをより大きくしてやればいい。

回復が追い付かないくらいの威力を与えてやればいいのだ。


彼女達は特に言葉を発することもなく、飛び出していた。ワイバーンは上空に逃げることで避けようとする。


「そんなの!!」


「お見通しですわ!!」


2人の予想の範囲内。


大きく跳び上がった2人はワイバーン目掛けて強烈な一撃を見舞う。胸の間に大きな穴の開いたワイバーンだが、すぐさま傷の修復を始める。


「シオリ!!」


「旦那様、今ですわ!!」


2人の声がしっかりと聞こえる。シオリとシェイドは剣に力を込めると、投てきの要領で大きく振りかぶる。


「くらえっ!!!」


風を纏った剣は、音より速くワイバーンの胸元へと突き刺さる。呻く声もなく、ただ、その場で浮いているだけのワイバーン。


ダメージというものは全くないようだ。あれだけ大きく開けた穴の中に核はなかったらしく、平然とこちらを眺めている。


「あれだけの威力でもダメってことですの?」


「かなり大きな穴を開けたというのに……」


レティ、ミュウもさすがに動揺を隠せなかった。彼女たちにとって全力に近い形での攻撃だったにも関わらず、ワイバーンには露ほども効いていないからだった。


「あれでもダメか……」



◆◆◆◆◆



「どいてろ…」


目を覚ましたリュウキがワイバーンと対峙する。


リュウキは、頭の片隅でなくなった家族のことを思い出していた───。





リュウキの暮らしていた国は、穏やかな国だった。先代の王が収めたその国は、複数の種族が集まり平和な日々を過ごしていたのだった。


リュウキは2人の姉と弟に囲まれた4人姉弟だった。姫様と慕われ、戦いとは何かも知らず、沢山の愛情を受けて育ったリュウキは、他の姉弟同様感受性豊かで優しい子だった。


国民からも慕われ、城は平和の象徴シンボルであった。


その生活が一変したのが、悪魔の大群の襲来である。


彼らの訪れは、死を意味した。全てを奪い、人々を恐怖へと陥れていく。


リュウキはただ逃げることしか出来なかった。それも姉弟達に助けられて、自分だけが生き延びる結果となった。


彼女の家族は、彼女の目の前でいなくなった。うら若き少女にその事実は残酷過ぎた。悪魔は、文字通り彼女から全てを奪った。家族も、財宝も、国民も。


国は、一夜にして跡形もなくなった───。




リュウキは、頭の中が思っていたより冷静なことに驚いていた。


目の前にいるのは、自分の敵。そして、家族全員の敵である。人の形をかろうじて繋ぎとめているその真っ黒い物体を睨みつける。


今日こそ終わらせる。


拳の周りに小さな振動する風を巻き起こす。闇に吸収されないよう、シェイド達の戦いを見て真似たものだった。


「お前のことを……忘れた日はねぇよ」


リュウキは、拳を大きく振りかぶるとワイバーンに向けて叩き込む。細かく回転する風が、ワイバーンの硬皮に触れバチバチと火花を起こす。


バチィィィン!!!


数度の打撃も、意味はない。それはわかっていた。重要なのはここからなのだ。もう何万回練習したのかわからない、技の発動のために深く腰を落とす。


核をその身に隠し、根こそぎ奪う悪魔に対抗しうる手段を探し当てて、修行にその身を費やしたのだ。


恥辱にまみれ、それでも尚、敵を倒すことを選んだ。その事を後悔はしていない。ようやく、皆の顔を思い出すことができる。


リュウキは霞食かしょくを発動させたまま、ワイバーンに一撃を叩き込む。


正確には、一度の六打撃。


天雅師範直伝のその技は、六箇所同時に攻撃出来ることに利があるわけではない。六箇所は何もバラバラでなければいけないわけではない。同じところを六撃でもいいのだ。


リュウキの放った拳は、ワイバーンの外側を叩き、内部に入り込み、衝撃を与え、核に対して残りの打撃を叩き込んだ。


「……!!」


今までにない反応を見せるワイバーン。初めて膝をついた。明らかにダメージの通った反応を示している。


「やったのか!?」


「ダメージを与えたの!?」


目の前の出来事が信じられないシオリとミュウ。


無理もない、彼らがいくら攻撃をしても傷一つ負わせることができなかったのだから。



◆◆◆◆◆


「まだこんなもんじゃ終わらせねぇぞ…」


リュウキは怒りのまま、膝をつくワイバーンの顔を殴り飛ばす。


顔は抉れているように見えるが、すぐ修復し元通りになる。

六天鳳ろくてんほうでしかダメ―ジを与えられないのは変わらないらしい。


「(効いているのか?)」


「(先ほどの一撃……何かの技のようだが、あれだけは効果があったようだな。敵の動きが明らかに変わった)」


シオリとシェイドは心の中で会話を続ける


「(六天鳳……六天鳳だ!!でも、あの技は一度に六箇所に攻撃を当てる技だったと思うけど)」


「(恐らく違う効果があるのだろう。六度同じ個所に当てる、ということなのかもしれない)」


「(なるほど……)」


「シオリ、彼女は勝てるのかしら?」


不思議そうにリュウキとワイバーンが戦っている光景を見つめているミュウ。彼女の善戦に驚いているようだ。


「わからない、初めてダメージは通ったようだけど」


僕は視線を外し、ソフィアの方を見る。能力を使ったことで、ソフィアの体力も限界が見え始めていた。


「ソフィアを頼む。皆はソフィアを連れて脱出してくれ」


「嫌よ、私も戦うわ」


首を横に振るミュウの肩に手を乗せる。


「頼む、必ず戻るから」


「そんなこと言ったって……」


ミュウの顔に迷いが見える。


「旦那様…。わかりました、私達は先に帰っています」


「何勝手に決めてるのよ」


「残念ながら私達では役に立てない。それはもうわかったでしょう。それなら、旦那様が思いっきり出来るようにさせてあげるのが良いのではなくて?」


「……」


ミュウは目をつぶり、苦悶の表情を浮かべた後、シオリの唇に思い切ってキスをした。


「絶対…絶対、帰ってくるのよ!!」


「ちょっと、ゴシック女!!何抜け駆けしてるんですの!!」


怒るレティを無視してミュウはシオリを指差す。


「姉様も、私も待ってるから」


「わかった、ありがとう」


シオリはニッコリと笑う。


「さぁ、行くわよ」


「ちょっと!!私の話を聞きなさい!!離しなさいって!!あぁ旦那様、私にもキスをー!!」


レティの手を引っ張ってその場を後にするミュウ。レティは最後までもがいていたようだ。


「シオリくん、くれぐれも気を付けて」


「チャミュこそ、ソフィアを頼む」


「安心してくれ。無事に家まで送り届けよう」


ワイバーン、リュウキだけが場に残り他は脱出を始めた。


「さぁ、これで思いっきりやれるな」


シオリは、シェイドに聞こえるよう一人呟き、大きく息を吸い込んだ。


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