181話_底の底の怨念

地面に倒れるワイバーンを見下ろしながら、リュウキは近づいてくる。


「よお、地面に這いつくばる気分はどうだ?」


「貴様、何故私に攻撃を当てることが…」


リュウキはその言葉を聞くと、思わず笑みをこぼす。


「不思議か?俺がお前を油断させるためにあえて何も出来ないように見せただけだ」


「嘘だ!!貴様の動きは私に対応できていなかったはずだ!!」


「だから、それが作戦だって言ってんだろうが」


「許さん…許さんぞ!!」


逆上したワイバーンは立ち上がると、リュウキ目掛けて爪を突き立てる。


「そんなんで俺に攻撃が当たるか!!」


リュウキは爪をかわすとワイバーンにもう一度蹴りを食らわせる。


「ぐふっ…!!」


「この程度か。案外簡単だったな」


リュウキは冷たい眼差しをワイバーンに向ける。


「先輩、相手を騙してたのか。本当にピンチなのかと思ったわ」


「えぇ、私もそう思いました。力を隠していたみたいですね」


「これなら大丈夫そうだな」


「あぁ、特に心配することもなかったな」


安堵する俺達。リュウキは膝をつくワイバーンを蹴り上げ、今まで溜まっていた復讐の炎を燃え上がらせる。


「これで終わりじゃねぇだろ。お前にやられた仲間達の痛みは、こんなもんじゃなかった……!!!」


「ぐおぉっ!!」


ワイバーンの腹部に思いっきり拳をめり込ませるリュウキ。


「お前には徹底的に絶望を叩きこまねぇと気がすまねぇ」


「小娘が生意気な口を!!」


ワイバーンの拳を掴むリュウキ。


「弱い、、弱いんだよ!!」


ワイバーンを軽く投げ飛ばす。


「まさか、この私がここまでコケにされるとは…許さん…許さんぞ」


「その台詞はもう聞き飽きた。何か他のことをしてくれよ」


リュウキのセリフにワイバーンはクククと笑い声をあげる。


「なんだ、君の悪い」


「いいでしょう。小物相手には必要ないと思っていましたが、見せてあげますよ、私の力を。少しだけね」


そう笑うワイバーンの瞳に、黒く濁った光が宿り始めた。


◆◆◆◆◆


一方その頃――。


ミュウ、レティ、シェイドの3人は地下の奥、更に奥へと足を踏み入れていた。


数階下がったところからは敵も現れなくなり、薄暗い景色が続いた。シェイドが持っていた灯りを頼りに、更に下を目指す。


「随分と、気味の悪い空気になってきたわね」


ミュウはこの場所に流れる嫌な空気を、直接肌で感じ取っていた。べっとりと張り付くような陰湿な気がこの場所を覆っているような感覚。


ミュウは、この感覚はあまり好きではいないと感じていた。

レティもそうなのだろう。彼女の記憶の中にあるかどうかわからないが、眉をひそめて周りの様子をうかがっているようだった。


「なにか良くないことが溜まっているような、そんな場所のようだ」


シェイドだけは淡々と、そんなことを口にしながら先に進んでいく。


「良くないことって、何なの?」


「恐らく、見ればわかる」


黒く錆びた鉄の扉までたどり着いた3人は、その場で足を止める。まだ扉を開けてはいないが、そこは決して開けてはいけないようなそんな不気味さを放っていた。


「開けるぞ」


「……えぇ」


重苦しい空気の中、シェイドが鉄の扉に手をかける。ギギギギ、と鈍い音をさせた扉の先に移る光景は、深淵かと思われるほどの大きな黒い穴だった。全てを飲み込んでしまいそうな、漆黒の闇。


「これは……」


「わからない……。だが、ここから禍々しい気が発せられているのは確かなようだ」


「早く、ここから立ち去りたい気持ちになりますわね」


レティの言いたいことは2人にもわかっていた。全ての生気を抜き取られるような、背後から恐怖が手を伸ばしてくるような、おぞましい感覚。


このまま、穴に飛び込みでもしたら自分という存在がそのままなくなってしまいそうな感覚に囚われていた。


「ひとまず、ここで終わりのようだ。私達も外に出よう」



◆◆◆◆◆



「――さて、続きをやりましょうかね」


人の皮を剥いだワイバーンが、ゆっくりと起き上がる。


体格差はリュウキの倍以上、化け物といって差し支えない体躯。ギョロリと見開かれた目が左と右に2つずつついている。


異形の悪魔。そう呼ぶにふさわしいシルエット。


「ようやくお出ましか。俺はその顔をぶっ潰したくてたまらなかったんだ…」


リュウキがワイバーン目掛けて拳を振るう。


それを片手で軽々と受け止めるワイバーン。遊んでいるわけではない。リュウキのパンチのスピードは、先ほどよりも比較にならないくらい速いものだったはずだ。


「くっ……このぉっ!!」


手を掴まれた状態から体をひねり、左のミドルキックを浴びせるリュウキ。しかし、ワイバーンにはなんの反応も起きていない。


「もう、終わりかな?」


リュウキの腕を掴み、乱暴に振り回すワイバーン。リュウキの体が宙に舞い、棺の山の中へと叩き込まれた。


「先輩!!」


もう動かないわけにはいかない。俺も、チャミュもソフィアもそう感じ取った次の瞬間にはアクションを起こしていた。


1人でどうにかなる相手ではないと直感がそう告げていた。


チャミュが拳銃を構え、弾丸をワイバーンに向けて放つ。


ギィン!ギィン!!


鋼鉄の皮膚が、簡単に弾をはじき返す。


「この程度ではダメか!!」


「次は私が!!」


ソフィアは弓矢を取り出すと、ワイバーンに向けて狙いを定める。先ほどの銃弾とは違い、

ソフィアの魔力も乗せた一撃だ。それなりにダメージがあって欲しいところだが。しかし、無情にもワイバーンにとどく前に焼け焦げて落ちてしまった。


「そんな……!?」


「遠距離はダメか、なら!!」


俺はワイバーンへと距離を詰める。瞳の色は光り、天使の翼が背中から生える。


今出来うる速度の攻撃。


霞食で瞬間的に肉体能力を上げた俺の拳は、ワイバーンの腹部にクリーンヒットした。鉄板を叩くような強い衝撃。強化をしていなければ、俺の拳が粉々になっていことだろう。


衝撃をモロに食らい、少しのけぞった様子を見せるワイバーン。


「……良い、実に良い」


しかし、その手応えとは逆に、彼の顔は笑っていた。


「短期間で、この成長。実に素晴らしい」


ワイバーンは体を起こすと、満面の笑みを見せる。


「効いていないのか!?」


「物理的には、どうということはない。しかし、私は今最高の逸材に会えたことに興奮している」


ワイバーンはそう言うと、一番奥まで歩いていくと、祀られていた棺に手をかざす。それと同時に、大きな震動が立て続けに起き始める。


「なんだ……!?何をしたんだ!!?」


「仕上げだよ。ついに、バベル様復活の時が来たのだ!!」


ワイバーンは手を高らかに掲げ、神が下りてくるような大仰なポーズをとる。


「さぁ、バベル様復活の時を、皆で祝おうではないか」



◆◆◆◆◆



それと時を同じくして、地下最深部でも同様に異変が起きていた。


激しい横揺れが始まり、なにか只事ではない雰囲気を漂わせている。


「何、何が起きているの?」


「ここが崩壊でもするのか、激しい揺れだな」


「そんな。今ここが崩れては、私達は助かりませんわ」


「その通りだな、急いで上に上がった方がいいかもしれん」


ミュウは何かを感じ取ったように、しきりに後ろを気にしている。


「どうした、ミュウ」


「何か、後ろから近づいてきていない?」


その言葉は、あまりに漠然としていた。


「何かってなんですの?」


「わからないわ。けれど、さっき感じた不気味な何かが、こちらに近付いてきている」


レティはなにか反論しようとしたが、ミュウの言いたいことがわからないでもなかった。


首筋に、なにか不気味なものがまとわりつこうとしている感触。早くこの場から逃げた方がいい、体はそう告げていた。


シェイド、ミュウ、レティの3人は同時に背後を振り返る。


そこには、鉄の扉が開け放たれ、暗い穴の底から這い出てきた闇が少しずつ、少しずつ彼女達に迫ってきているのであった。


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