152話_あなたがいた世界 私がいた世界

ズィアロを倒してから数日後のこと。


僕達は、元の生活に戻っていた。そうは言っても、ミュウラゼルドがいなくなってしまったショックはそれぞれの心に影響を与えていた。


日もすっかり落ち、僕は一人ベランダで空を眺めていた。


ミュウラゼルドのおかげでソフィアは一命を取り留めた。急激に魔力を使ったことで、まだ本調子ではないようだが動き回れるくらいにはなっているようだ。


「あれは一体、なんだったんだ…」


光の粒子となって消えていったミュウラゼルドのことを思い出す。彼女の最後の微笑みが頭から離れない。


「シオリ、ここにいたんですね」


後ろを振り向くと、ソフィアが立っていた。

白いワンピースがよく似合っている。


「隣に座っていいですか?」


「あぁ、どうぞ」


少し横にずれてソフィアが座れるスペースをつくる。


「怪我はもう大丈夫なのか?」


「はい、傷もすっかり塞がって問題ないみたいです」


僕は服の上からソフィアの脇腹をさする。特に異常は見当たらない。傷は治っているようだ。


「シオリ、その、あまり触られると恥ずかしいです…」


「あぁ、ごめんごめん!つい、気になっちゃって」


慌てて手を離す。お互い気恥ずかしくなり、顔を赤くしたまましばしの沈黙。


「あの子の夢を見たんです」


落ち着いた後に、ソフィアが口を開いた。


「ミュウラゼルドのか?」


「はい。もしかしたら、私の中にミュウの記憶が流れ込んできたのかもしれません。それくらいはっきりしたものでした」


「どんな夢だったんだ?」


「ミュウラゼルドの世界の話だと思います。彼女の言うとおり、私とシオリはあの男に殺されていました。そして、ミュウも。そこでミュウラゼルドが生まれていたんです」


「彼女がその場で生まれた?」


状況がよくわかっていない僕にソフィアは言葉を続ける。


「はい、ミュウラゼルドは林檎ラヴェラポームを使って生み出された存在だったんです

。彼女は、私の血を使って生み出された、ミュウの願った理想だったんだと思います。本人より大人になっていたのも、口調や戦い方がチャミュに似ていたのも。私達を助けられなかったミュウの叫びが彼女を呼び起こした……」


「だから、ソフィアを治療することが出来たのか…」


「彼女は自分の命と引き替えに私を救ってくれました…彼女のことを想うと胸が苦しいです…」


辛そうな顔をするソフィアにそっと手を回す。


「最後、彼女は笑っていた。そこには後悔の色は少しも感じられなかったよ。彼女は願いを果たした、その分まで僕達が幸せにならないとな」


「えぇ、そうですね…。ミュウにもこのことは話そうと思います」


「そうだな、ミュウも落ち込んでいるみたいだし、明日ミュウのところに行ってみようか」


「はい、シオリが来てくれたら彼女も喜ぶと思います」


少し重なり合う指と指。それを絡め、お互いに手を握る。


「ソフィア、無事で良かった」


「シオリも」


僕とソフィアは互いに目を瞑ると幾日ぶりかのキスをした。



◆◆◆◆◆



翌日、喫茶らーぷらすにソフィアと僕で顔を出す。シェイドはエデモアのところでメンテナンス、レティは学校に行っていた。予想に反して、ミュウはいつもと変わらずゴシックなメイド服を着て常連達をバシバシしごいていた。


「あら、姉様にシオリ。いらっしゃい、今忙しいから落ち着いたら声をかけるわ」


「うん、僕達のことは気にせずに」


ミュウは軽く挨拶をすると客の注文に戻っていった。昼のピークの時間を過ぎて、客がいなくなったタイミングでミュウが人数分のカフェオレを運んできた。


「姉様と2人で来るなんて珍しいわね」


「どうしてるかなって。思ってたより、元気そうみたいで良かったよ」


「忙しいくらいが丁度いいわ。考えなくて済むから……」


少し寂しげな表情を見せるミュウ。やはり、ミュウラゼルドが消えたことは彼女にも傷を残しているようだ。


「ひとまず、無事に元の世界に戻って良かったわ。シオリこそ、体調は大丈夫なのかしら?」


「あぁ、大丈夫。傷痕はまだ残ってるけど、ソフィアに治してもらったおかげで元気だよ」


「そう、それは良かったわ」


「ミュウ、今日はあなたに話があって来たの。ミュウラゼルドの───」


「どうやって生まれたか、でしょ。姉様も見たのね。多分、私も同じ夢を見たわ」


「ミュウも?」


「えぇ、夢というには状況がハッキリし過ぎていたけれど。ミュウラゼルドが何故生まれたのか、それはわかったわ。私が願っていたのなら、納得できるところもある」


ミュウは僕に向かって微笑む。


「もう1人の分まで、私も幸せにならないとね。ということで――」


ミュウの腕が僕の体を掴む。


「今日は一緒に眠らせてもらうわ」


「えっ――」


「あら、それくらいいいじゃない」


意地悪な笑顔だったが、ミュウラゼルドのためにも前に進むと、そう決めた表情に僕には感じられた。

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