151話_花飾りの紫苑

その日は、家にズィアロと戦った皆を招いて夕食をとることにした。


ソフィア、レティが腕によりをかけて、沢山料理を用意してくれた。皆でそれを食べながら、戦いをねぎらうように楽しく話をする。


「旦那様、沢山食べてくださいね。ソフィアと一緒に旦那様の大好物を沢山用意したんですから」


あーん、と口を開けるよう促される(というか強制される)。レティは今まで触れ合えなかった分を取り返すかのように、積極的に僕にくっついてきた。こういう時には決まって、あれが起きるのだが…………。


だが、その時はいつもと違った。ミュウはご飯を食べながら、静かに椅子に座っている。


それにレティも気付いたらしい。いつも張り合う相手がシュンとしているのは、放っておけなかったんだろう。


「ゴシック女、今日は随分大人しいですね。私が旦那様にくっついていても気にならないのですか?」


「別に。そういう日もあるでしょう」


僕とレティは顔を見合わせる。やはり、ミュウに何かあるのは間違いないらしい。


「そうですか、それならたっぷり旦那様と過ごさせていただかないと。旦那様、はい、こちらを」


お皿から取ったウインナーを口移しで渡そうとしてくるレティ、それにうろたえているとミュウはスッと席を離れてしまった。


「彼女、変ですね」


ウインナーを口に含み咀嚼そしゃくしながら、いなくなったミュウの方を見やるレティ。


「やっぱりミュウラゼルドのことがこたえてるのかな」


「それは間違いないと思いますね…。シオリ、後でミュウのところに行ってあげてください」


ソフィアがお皿にいくつか取り寄せてくれる。


「うん、そうするよ」


「ミュウラゼルドは別世界のゴシック女が林檎ラヴェラポームを使って願った姿だったんですよね」


「うん、ミュウラゼルド自身が言っていたし。ミュウのようでミュウではなかった存在ってことを考えると、あながち外れてはいないと思う」


「自分が消える、というのは決して納得できるものではありませんよね」


レティは唇に手を当てて、少し考えた後に僕の方を見つめる。


「今日はゴシック女のそばにいることを許してあげます。旦那様、その後は私と一緒に寝てくださいまし」


「(シオリもすっかり美女に囲まれるようになってしまったのだな)」


向かい側で、肉じゃがを取りながら僕とソフィア、レティのやり取りを見つめるチャミュ。

自分が入る隙がないことに寂しさを感じる。


「遠慮することはないと思うぞ」


隣に座っていた、シェイドの見透かしたような言葉にギョッとするチャミュ。


「な、な、なにを?」


「シオリなら全て受け止めてくれる。彼女達に遠慮することはない」


「天使としては非常に由々しき問題なのだが……」


悩むチャミュをよそに、僕はソフィアとレティの許可が出たこともありミュウの様子を見に行くことにした。



◆◆◆◆◆



階段を上がる。

ミュウは、僕の部屋のベッドで僕に顔が見えない形で横になっていた。


「ミュウ……?」


「……シオリ、ちょっとベッド借りてる」


「あぁ、うん……」


ミュウの邪魔をしないように、近くの椅子に座る。静かな時間が流れる。


普段、ミュウと一緒にいて何もされない、ということはない。不思議な感覚だが、別に嫌な感じはしなかった。


彼女の寂しさが身体全体に現れている気がして、その寂しさをなんとかしてやりたいと思った。


僕はミュウに語りかけるように言葉を発する。


「ミュウ、ソフィアを助けてくれてありがとう」


「……」


「ミュウラゼルドがいなかったら、僕も他の世界の僕と同じような結末を辿っていたのかもしれない……。別世界のミュウにも感謝しないとな」


「今回は……」


話を聞いていたミュウが少し口を開く。


「今回は……正直最後はダメかと思ったわ…。姉様は他者を治すのには長けていても自分を治すことは難しいの。あの時、もう手段は何も残されていなかった……」


ミュウの吐き出す言葉を黙って聞き続ける。


「姉様のために死ねるなら本望。けれど、死んだのはもうひとりの私だった…それはとても複雑よね」


ミュウは起き上がる。

泣き濡らした顔を晒して、僕の方を見る。


「あの場所で、選択はなかったってわかってはいるけれど……わかってはいるけれど、辛いわ……自分をなくすのは……」


涙を流すミュウを、僕は気付いたら抱きしめていた。


こんな小さな体で頑張っていたのかと思うと、僕は胸が締め付けられる想いだった。


「うぅ……ぐすっ…」


僕の胸の中で嗚咽をあげるミュウ。

彼女がまだまだ小さな女の子であるということを再確認させられた時間だった。



◆◆◆◆◆



場所は代わり。

エデモアの骨董屋にて。


運び込まれた分離したシオリの体を見て、エデモアは悩んでいた。


「う~ん、彼は本当に興味が尽きないねぇ」


これが、後の事件を引き起こすトリガーとなることは僕も、他の誰も知らなかった────。

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