150話_さよならの言葉

ズィアロの野望は潰え、僕たちは勝利することが出来た。

だが、僕たちの犠牲も相当なものだった。


「ぐっ………」


僕を癒してくれていたソフィアが膝をつく。見ると僕以上にボロボロな姿だった。肌も切り傷が無数にあり、したたり落ちる血が地面を伝う。


こんな姿になるまで、彼女は僕に治癒魔法をかけてくれていたのだ。自身は治せないというのに。


「ソフィア!!」


「姉様!!」


僕は近寄ってソフィアを抱きかかえる。


「こんな傷になるまで……」


「シオリが無事だったのなら、それで…」


優しく微笑むソフィア、しかし命の灯は今にも消えそうだ。励ましの言葉をかけてあげたいが、猶予はない。


「シオリ、ソフィアを救う手立てはないのですか」


レティも流石に心配しているようだ。


「ソフィアには自分を治癒することができないんだ」


「私も多少は使えるが、ここまでの大怪我ではとても……。シェイド、何かないか」


「いや、これに関しては私も専門外だ」


皆口には出さないが気付いていた。


“ソフィアの怪我が治せるレベルの怪我ではない”ことに。


とうに絶命していてもおかしくない傷、皆のおかげでこの傷に収まったようなものだ。


少しの沈黙が流れる。


今まで黙っていたミュウラゼルドはソフィアに近付くと、目の前で腰を下ろした。


「姉様、今までありがとう」



◆◆◆◆◆



ミュウラゼルドの言葉は、今の僕達にはよくわからない言葉だった。何故、このタイミングで。


「シオリ、あとは私に任せてほしい」


ミュウラゼルドはそう言うと、ソフィアの傷口に手を当てる。


「ミュウラゼルド……?」


ソフィアの傷口の周りに小さな光の粒子が集まり始める。黄色と白の粒が踊るように浮き出ては消えていく。傷が徐々に小さくなっていく。


それと同時に、ミュウラゼルドの体からも少しずつ光の粒子が現れていた。まるで、ミュウラゼルド自身が粒子となってソフィアを治癒しているように。


「何やってるのよ、あんた」


たまらずミュウの口から漏れる言葉。誰が見たって異常な光景。まるで命を分け与えるかのような光景を黙っては見ていられなかったのだろう。


「姉様を救う方法はこれしかない」


「これしかないって……だって、あんたが消えているじゃない…」


ミュウラゼルドの体は透け始め、光の粒子はソフィアの中に吸い込まれていく。


「いいんだ、私はこのために来たのだから」


「いいわけないでしょ!!私がいなくなるのよ!!」


ミュウは声を荒げた。目には大粒の涙。ミュウはもうわかっているんだろう。そばにいる僕達も、何が起こっているのか理解し始めていた。


「シオリ、私はこの世界に来られて良かった。私が今まで辿った世界では姉様とシオリが幸せになることはなかった。ここにはその可能性が残されている、私はそのために生まれた」


ミュウラゼルドの顔は今まで見たことがないくらい穏やかだった。


「ミュウ、いや、もう1人の私。私をつくったのはあなただ、そしてあなたが願っていたことがまさにこの世界だ」


「どういうこと…?」


黙っていたシェイドが口を開く。


「ミュウラゼルド……お前は、もしかすると愛しき者で塗られた林檎ラヴェラポームか?」


ミュウラゼルドは黙ってうなずく。


「私はミュウの未来の姿ではない、ミュウが願った『姉様とシオリを救える理想の存在』それが私だ」


ミュウラゼルドは涙を流すミュウの顔を見つめる。


「だから、私の願いはここで叶った。ありがとう」


朗らかな笑顔。誰よりも優しく、慈愛に満ちた顔。


「姉様達を頼む」


光の粒子となったミュウラゼルドは、そのまま姿形もなくなり消えていった。後には大声で泣き叫ぶミュウの声だけが響き渡った。

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