123話_レティの行方
レティがいなくなってから数日、生活は元に戻っていたが、僕の中では未だに釈然としないものが残っていた。
レティがいなくなった理由、長と契約していた期間の満了という話だったが、それが理由なら何も棄権を宣言したあの時でなくて良かったはずだ。
あの場所で身を引く、ということに僕はとてつもない違和感を感じていた。
「シオリ。どうした、何か考え事か?」
リビングでくつろいでいたシェイドが体を起こしてこちらを見る。
「……あぁ、ちょっとな」
「レティのことか?」
「よくわかるな」
「
シェイドは至って真面目に、言葉を連ねる。
「僕もそう思うんだ。だからなんか気持ち悪くてさ」
「彼女に直接聞いてみるといい」
「でも、どこにいるかわからないんじゃ、聞きようがないよ」
「なに、アテはあるさ」
はてなマークを浮かべる僕に、シェイドは軽く微笑んだ。
◆◆◆◆◆
シェイドの提案でやってきたのは、魔界の門番ケルベロスのいる場所だった。前と同じように三頭の番犬が、門の前で大きなあくびをかいている。
「やぁ、暇そうだな。ケルベロス」
「ほぅ、誰かと思えばいつぞやの。また我と戦いに来たか?」
ケルベロスはシェイドと僕を見ると嬉しそうに笑い出す。
「いや、今日は戦いに来たんじゃないよ。レティのいる場所を教えてもらいに来たのさ」
「レティ?…あぁ、レティケイトか。しかし、今更奴にあってどうする?」
「どうもしない。僕がすっきりしたいだけなのさ」
「そうか、お主も
「下ネタじゃねーよ!!いなくなったのが唐突だったから、その理由が知りたいだけなんだ」
「ふむ。しかし、我は教えぬぞ。長からは特に命令されていないからな」
「その点は心配ないよ」
僕はニヤッと笑う。
「この前の勝負の報酬を受取りに来ただけさ。レティの場所を教えてくれ」
「お前、まさかひとつ願いを叶えるというのをそのために………クハハ!!面白い、面白いぞ!!!」
予想もしていなかった答えなのだろう。ケルベロスは僕の話を聞いて高笑いする。
「それなら出来るだろう?」
「ハハハ!!問題ない。さぁ、通るがいい。お前には通る資格がある」
ケルベロスは魔界の門を開く。
「さぁ行け。行って確かめてくるといい」
ケルベロスに手を振り、僕とシェイドは魔界の門を通っていった。
「な、言った通りだっただろう」
「まさか、あの願いごとが使えるなんてね。すっかり忘れていたよ」
「それをすんなり承知するシオリもまたシオリだがな。本当にうちの主人は欲がない」
「他になんも思いつかないんだよねぇ」
魔界の門をくぐると、そこは予想よりも穏やかな平地が広がっていた。その先に、どうやら校舎のような建物が見える。
校門をくぐり、中に入ってみると、魔界の子供たちが元気に遊び回っているのが見える。人間で言うと小学生くらいだろうか、背中に小さな黒い翼を生やしあちこち走り回っている。
「ここは…学校か?」
「の、ようだな」
ボールが僕の元に跳ねてきたので、拾って投げてやる。
「ここに、レティって人はいるかい?」
「レティ?………先生のことだね!レティ先生なら教室にいるよ!!久しぶりに帰って来たんだ!!」
「(…先生?)ありがとう、行ってみるよ」
レティの場所を教えてくれた子供に手を振り、校舎の中へと入っていく。
「先生って言ったよな?」
「私にも、確かにそう聞こえた」
「とりあえず、行ってみればわかるか」
教室では、子供たちが10人机に向かってなにやら問題を解いているようだった。
教壇にいるのは、レティだった。白いシャツに黒いタイツスカート、黒い眼鏡と先生のテンプレートのような姿だ。どうやら熱心に子供たちに勉強を教えているようだ。
「本当に先生だな…」
「の、ようだ。彼女の本来の役割はこれだったんだろうな」
「じゃあ、なんでまた僕のところに?」
「それは、聞けばわかるだろう」
シェイドはコンコンと扉をノックする。
「おい、シェイド」
その音に気付いたレティは、僕とシェイドの顔を見て一瞬驚いた顔をするが、すぐさま平静を装い、子供たちになにか話をしてこちらの方にやってくる。
「…どうしてここが?」
「とある筋から入手してね。シオリが、君のことが気になると言ったものだから」
僕の方を見るレティ。予想はしていたが、歓迎されているわけではなさそうだ。
「最後があんな感じだっただろ。だから、せめてレティの口から本当のことを聞きたいと思ってさ」
「……場所を移していいですか?」
◆◆◆◆◆
僕とシェイドはレティに連れられて、教員室のような場所へ通された。僕たちの他には誰もいない。
「どうして、ここがわかったのですか?」
「教えないようになっているはずなのに、かな?」
「えぇ……」
僕の返答に、レティは歯切れの悪い答えだった。
「本当だったら、知ることはできなかったのかもしれない。ただ、長は見逃していたんだ。シオリの性格と、その可能性をね」
「どういうこと?」
「まぁ、そのことはいい。今日は君が何故突然いなくなったのかを聞きにきた。ただそれだけの話だ」
「それはあの時にも言った通りです。あれは――」
「長との契約だった。それが本当なら、あの試合の瞬間ではなくても良かったはずじゃないか」
「……」
レティは黙って僕を見ている。
「……」
「違うかな?」
「ただサキュバスに囲まれて暮らしていた人、ではないようですね」
「どう返答すればいいのかわからないけど、そこまで馬鹿じゃないよ」
「あなたの言う通り、確かに私の言ったことは全てではありません。あなたの妻でいる契約は、本当はもっと長くあったんです。けれど『あの場所で負けを宣言して契約を終了とする』それが長の条件でした」
「どうしてそんなことを?」
「長の考えていることはわかりません。それが契約ですから、私はそれに従うしかない」
「そうしないと、次の仕事がもらえないから」
レティの話を聞いていたシェイドが口を挟む。
「…その通りです」
「レティ、君はこの学校のために長から仕事を?」
「はい、お察しの通りです。私は長から仕事をいただき、そのお金でこの学校を維持しています。学校の維持には大きなお金がかかる。長の仕事は、私にとってなくすことのできないものなのです」
「なるほど……」
「私はあなたが思っているほど綺麗な悪魔ではありませんよ。お金のためならなんでも」
「でも、僕の家にいた時は、綺麗な悪魔だったよ」
「…それは、あなたが変だったからです…」
「変?」
「そうでしょう。好きにできる対象が目の前にいるというのに。何もしないなんて」
「そうは言ったって、好きでもないのにそういうことは……」
「だから変だというのです。それとこれとは話が別だという者にしか会ったことはなかった。だからあなたは特殊なのです」
レティは感情を吐き出すように言葉を絞り出す。
「あなたのような人に、一番最初に会えていれば………これももう、過ぎた話ですね。さぁ、これでわかったでしょう。私という者がどんな人物なのか」
「うん、わかった。それで、この校舎が維持できるようにするにはどうしたらいいんだ?」
「……何を言っているんですか?」
レティは僕が言った言葉が理解できない、と聞き直す。
「この校舎を維持できるのに必要なお金のことを聞いてるんだよ」
「聞いて何になるって言うんですか」
レティの顔に怒りの表情が現れ始める。
それでも僕は、平然と言い放った。
「僕からの最後のプレゼントだよ。この校舎と、それからレティを丸ごと救うね」
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