122話_プリーズタッチミー

とある暑い夏の日。


ミュウはフラストレーションが溜まっていた。それは何故かというと、やはり彼のことで。


あれだけモーションをかけたりスキンシップを図っているのに、一向に興味を示さないのは何故なのか。


姉様には劣るものの、魅力はあるはずだし、オシャレも色んな手入れもしているはずなのに。彼は無関心。


それがとても腹立たしかった。


「これだけやっているのに、何故なのかしら」


まどろっこしいのが嫌いなミュウは本人に直接尋たずねてみることにしたのだった。


「何故って言われても……」


自宅のリビングで詰め寄られるシオリ。


「どうして襲ったり、押し倒したりしないの?」


「するわけないだろ!!」


「私って、魅力……ないかしら?」


はかなげな表情をしながら、チラッとスカートをたくしあげて太ももを見せるミュウ。


「そんな、ことは…ないけど…」


「じゃあ、どうして!!」


「ミュウ、落ち着いて」


シオリに馬乗りになるミュウをソフィアがいさめる。香りの良いアールグレイの紅茶をテーブルに置き、飲むようにすすめる。


「男性は、女性の押しがあまり強いと逃げてしまうと聞いたことがあるわ。シオリもきっとそうなんじゃないかしら」


「そうなの?」


コクコクと無言でうなずくシオリ。


「じゃあ、私がしてきたことは逆効果ってこと?」


様子を伺うようにゆーっくりと縦に頷くシオリ。


ガーン。


という音が聞こえてきそうなほどに、ミュウの顔にはショックの色が見えていた。


フラフラとよろけながらシオリから降りてテーブルに座り紅茶を飲み始める。


「…ミュウ?」


「…私、おとなしくするわ」


何かを決めたようにボソリとつぶやくミュウ。


「そうしたら、私のこと好きになってくれる?」


「いや、無闇にくっつかないのはありがたいんだけど…」


さらにシュンとするミュウ。


「でも、おとなしい方がいいかな。まぁ」


言葉をにごす。


「そう、わかったわ…」


フラフラと部屋を出て行くミュウ。途中何回か壁にぶつかるくらいにはショックなことだったらしい。


「大丈夫かな、ミュウ…」


「かなりショックだったみたいですね」


「でも、あまり許容するわけにも…」


「わかります…難しいですね」


シオリとソフィアは紅茶をすすりながらミュウの行く末を心配していた。


それから数日────。


ミュウは時折家に現れるものの、シオリにくっついたりせず落ち着いた日々を送っていた。彼の動向はチラチラ気にするものの、あまり関わらないようにしているらしい。


普段と違う行動をするミュウに最初は戸惑っていたシオリだが、それもじきに慣れてしまった。


となると、落ち着かないのはミュウの方だ。せっかくスキンシップをとるのを我慢したというのに、彼との距離は縮まらない。それどころか、彼との距離が段々と離れているような気がしてならない。


彼女のフラストレーションは徐々に溜まる一方だった。喫茶店を掃除中、手に持っていた箒を無意識に折ってしまうくらいに。


そんなある日、ソフィアはシオリを呼びある話をした。


「ハグしてあげてほしい?」


「はい。最近のミュウ、なんだかおかしくて。おそらくシオリにスキンシップをとるのを無理矢理やめたからだと思うんです。このままだと、フラストレーションが爆発力してしまいそうで。軽くでいいので、抱きしめてあげてほしいんです」


「でも、そんなことしたら…」


「大丈夫。それより、なにもしないことの方が心配です」


「そ、そっか。ソフィアが言うなら…」


シオリはチラリとソフィアを見る。


「でも、ソフィアはいいのか?」


「それなら…今ハグしてください」


シオリに両腕を差し出すソフィア。甘えたような仕草、上目遣いの視線。サキュバスの素養を兼ね備えた完璧な動作。それを無意識にやるソフィアの凄さだった。


ソフィアを自分の胸にしまいこむシオリ。シャンプーの優しい香りが鼻孔をくすぐる。


「この感じです……ミュウもきっとこれで落ち着けます」


「そ、そうかな…」


「はい」


笑顔になるソフィア。


その翌日、仕事休みで家に遊びに来たミュウ。案の定、フラストレーションが溜まりに溜まり、目つきに機嫌の悪さが現れている。


まさに暴発寸前といったところだった。


「ミュ、ミュウ…おはよう」


「あら…シオリ…おはよう…」


声も心なしか元気がない。ソフィアはシオリにミュウを抱きしめるようハンドサインを送る。


「(ミュウ、わや嫌悪いんだけど…!!)」


「(大丈夫です、いってください…!!)」


前線に送り込まれた兵士と通信兵よろしくやりとりをするソフィアとシオリ。


それに気付いたミュウがのそのそと近付いてくる。


「…何をやっているのかしら…」


不機嫌モード全開のミュウ。

シオリは意を決してミュウの前に立つ。


「ミュウ、ごめん!!」


無防備なミュウをギュッと抱きしめる。

ミュウは微動だにせず、ただ抱きしめられたまま。


「……」


「ミュウ?」


「喋らないで」


ミュウの声に、もう棘はない。

スーハーと匂いを嗅ぐ呼吸音が聞こえる。


「……落ち着く」


「そうか?」


「えぇ、嫌な気分も全て吹き飛ぶ」


穏やかな声。


「良かった。じゃあ、ぐっ」


「まだよ」


離れようとすると腕を回されてホールドされる。


「もう少し」


「わかった」


ミュウの頭をポンポンと叩く。

それを見て微笑むソフィア。


翌日以降、ミュウのスキンシップ禁止令はなくなったらしく、前と同じようにひっついてくるようになった。


「ねぇ、シオリ。新しい下着を買ったのだけれど……どうかしら?」


「どうかしら、じゃないよ!!せっかくおとなしくなったと思ったのに!!」


「あれはもうやめたわ。結局シオリ変わらなかったし。それなら私はアピールし続けることにするわ。それで、どう?私としてはこのお尻の部分が透けてるのが刺激的だと思うのだけれど」


「あーもう!!」


困って顔を赤くするシオリ。それを観てわらうミュウ。


吹っ切れたのかなんなのか、彼女の笑顔は無邪気で、それでいて快活な表情に戻っていたのだった。

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