121話_泡沫の季節

「天使化?」


ミュウの言葉を、僕はそっくりそのまま聞き返した。


「そう、天使化。シオリはルキの転生者でしょ。それが本来の天使として、能力が戻ってきているのよ」


「この前の大会でシオリの力が、目覚めてしまったようなんです。おそらく天帝との戦いがきっかけなんだと思います」


「その力が目覚めたりすると何か起きたりするのか?」


僕の中にあるひとつの不安がよぎった。僕は、ルキという天使の転生した姿であるということ。ということは、ルキ自体が蘇ってしまうことはあるのだろうか……その時、僕はどうなってしまうんだろう。


「特に問題はないと思いますよ。天使の力も害のあるものではないですし。ただ、翼の出し入れは覚えていた方がよいかもしれませんね」


「出し入れって、どうやるんだ?」


「意識を集中させるといいんです。シオリが試合の時にやっていたように」


「集中か……」


背中に意識を集中させ、翼を出すイメージをする。


「………」


しかし、特に何も起きなかった。


「何も起きないな……」


「まだ、完全ではないようだな」


「まぁ、焦ることもないですし、ゆっくりいきましょう」


「そうだな。そうするよ」


「大会の疲れも癒したいし、ゆっくりしましょ。私、行きたいところがあるのだけれど」


フフッと笑うミュウ。

それを見て悪寒が走る。


「嫌な予感しかしないんだが」


「あら、失礼ね。ちゃんと疲れを落とせるところよ」



◆◆◆◆◆



ミュウが提案した場所は、家族風呂のお店だった。町の外れにあるところで、男女に別れて入る普通の温泉と露天風呂がある。それとは別に予約制で入れる家族の露天風呂もあるらしく、そこに連れてこられたのであった。


「喫茶店の常連さんが教えてくれたのよ」


「家族風呂かぁ、考えたな」


これなら男女で入っても問題はない。個人的な問題はあるが。


「でも、ほら、1対3だし、周りからの目とか……」


「気にしないの。家族なんだから、いいじゃないの」


「どういう構成なんだよ」


「旦那と、妻と妻と家政婦?」


「多妻制じゃないかよっ!!」


「細かいことはいいから。入って入って」


半ば強制的にミュウに中に引っ張って行かれる。


更衣室はもちろんひとつしかない。僕が脱ごうか脱ぐまいか迷っていると、ミュウがサッとズボンを下ろす。


「ぎゃーっ!!」


「ぎゃーじゃないわよ。ほら、さっさと脱ぎなさい」


「脱げる、自分で脱げるから!!」


裸にかれる前に服を脱ぐ。ミュウやソフィア、シェイドは特に気にする様子もなく、脱いだ服を畳んで籠に入れていく。


「皆、恥ずかしくないのか…」


「恥ずかしくないことはないですけど…4人ですから」


「恥ずかしくないわ」


「私も特に気にしていない」


「(聞いた僕が間違いだった……)」


タオルで体を隠し、湯船へと近付く。全員が入れるような室内の湯船と、柵に囲まれた露天風呂がある。どちらもそこそこの広さのようだ。


「まずは体洗ってからなー」


早速湯船に入ろうとするミュウに注意した後、椅子に座って体を洗い始める。


「シオリ、背中流しますね」


ソフィアが体を洗うスポンジにボディーソープを付けて泡立てる。優しく背中を洗ってもらうとなんだか恥ずかしさがこみ上げてきて、2人とも顔が赤くなる。


「私もやってあげる」


「いや、ミュウは自分のを」


「いいから」


「くすぐったい!くすぐったいから!!」


前に陣取ったミュウは僕の胸や腹を適当にこする。痛かったりくすぐったかったりするので、早々に切り上げてもらうことにする。


「あん、まだ下が終わってなかったのに」


「その調子で下までやられたら僕の息子が悲鳴を上げるわ!」


愚息にならなくてよかったと安堵しながらシャワーで泡を流そうとすると、ミュウが自分の体にボディーソープをつけて僕にくっついてくる。腰をくねらせ、ミュウの柔らかな肢体が僕の体にぬるぬると密着し、気持ち良くマッサージされる。


「どう?これなら気持ち良いでしょ」


「背徳感が半端ないよ……」


「姉様もどうかしら?」


「私は……流石に恥ずかしくて…」


顔を真っ赤にしてそらすソフィア。ミュウの体で前と後ろと洗われた後に、ミュウは僕の前にちょこんと座る。


「はい、じゃあ次は私。洗って頂戴。その後は姉様ね」


スポンジに手を伸ばそうとすると、ミュウに取り押さえられる。


「シオリの手で洗って」


「直接?」


「そう、でないと嫌」


ミュウの要望に答えないと終わらなさそうだったので、手にボディーソープをつけてミュウの首筋、肩から背中を優しく撫でていく。


「いい感じ。上手じゃない」


「上手って褒められてもな」


「あら、どうして?旦那のために頑張った妻に対して、少しは労ってくれてもいいのではないかしら」


「妻っていうのはおいといて……ミュウ、大会ではありがとう。助かったよ」


僕の言葉に耳と頬を赤くするミュウ。満更でもなさそうな顔をしている。


「そうよ、あなたのために頑張ったんだから」


泡をシャワーで流してあげる。


「気持ち良かったわ。定期的にお願いするのも悪くないわね。はい、じゃあ次は姉様」


「え、でも、私は」


「ほらほら、早く」


ミュウに引っ張られて僕の前に来るソフィア。


シェイドはというと、すっかり洗い終えて露天風呂にゆっくりと浸かっていた。


「じゃあ、洗うよ」


「は、はい…出来れば、私もシオリの手で……」


「え、ソフィアも?」


「は、はい、ダメですか?」


「いやいやそんなことないよ!!」


ソフィアの要望通り、手にボディーソープをつけて満遍まんべんなくソフィアの体を撫でていく。


「姉様も頑張ったんだから、感謝の気持ちを込めてね」


「そうだな、ソフィアもありがとう」


「シオリ、今それを言われると、弱いです…」


「え、あぁ、ごめん」


「(いつまでも初々しいのかしら、この2人は)」


照れる2人を冷静に眺めるミュウ。全員シャワーで泡を落とし、露天風呂へと浸かる。


「あ~、気持ちいい~。月並みだけど、極楽~」


「本当に、気持ち良いですね」


「生き返るわね、久しぶりにゆっくりとできた気分だわ」


ミュウの言う通り、僕たちにとってはつかの間の休息だった。


つい最近死闘を繰り広げたとは考えられない。


「(レティ、どうしてるだろうか)」


舞台からいなくなったレティのことを思い出す。口に出すとミュウが怒るから言えないが、彼女のいなくなり方にはまだモヤモヤが残っていた。


「(何があったのか、今度調べてみるか)」


僕はそのまま深く湯船に浸かるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る