91話_サキュバスと大泣きお姉さんと傲慢男8

部屋に閉じ込められてから数分後―――。


僕が眠りから覚めた時に聞いた声は、天使たちのうめき声だった。


外で何かが起きている。

時折誰かが殴打された音や、銃声が聞こえてくる。


もしかしたら、僕を助けに来てくれたのかもしれない。

そう思って、部屋のわずかな隙間から外を覗き込む。


そこには、アジトに入ってくる彼女たちの姿があった。


圧倒的な強さ―――。

それは目にした光景の率直な感想だ。


彼女たちの綺麗でしなやかな動きは、まるで踊りを踊っているかのようだった。

強さの中に優雅さがあった。


次々と横たわる天使。掃除が終わり、一息つく彼女たち。

リーダーと思しき男以外は、完全にノックアウトされた状態だった。


時間にしてわずか数分の出来事。


アジトに入ってきたチャミュ、シェイド、ネツキの3人は天使たちが動く間もなく、1人また1人と確実に仕留めていく。


銃を打つ暇もなく、背後に回られる天使たち。

そのスピードの速さに目で追いかけるのがやっとだった。


「てめぇら!!一体何者だ!!」


「どうせすぐに忘れる。名乗る必要もない」


シェイドはスカートについたほこりを払うと男の方を向いた。


「くそっ!!聞いてねぇぞ、こんな奴らがいるなんてよ!!」


拳銃を取り出したところをチャミュの銃弾が弾く。その動作に一分いちぶの隙もない。


「もう動かない方がいい。わかったでしょう、とっくに決着はついてるって」


「うるせぇ!!このままじゃ名がすたるんだよ!!」


僕を人質に取ろうとした男の腕をソフィアが掴む。


「シオリを誘拐した不届き者。許しておくわけにはいきません」


ソフィアのまわりにバチバチと電流が走る。


「天罰!!」


「ぎゃー!!!」


バリバリと響く雷鳴。プスプスと煙を上げて黒こげになる男。



◆◆◆◆◆



――こうして僕誘拐事件はソフィア達の活躍で解決を見た。


「シオリ、大丈夫ですか?」


「あぁ、無事だよ。助けてくれてありがとう」


「良かった…」


「よくここがわかったね」


「シオリの携帯の発信機を追ってきたんです」


「え、マジ(発信機なんて付いてたんだ…)」


自分の預かり知らぬところで監視をされていたのかと思うと、違う意味でゾッとする。いや、別にやましいことはしていないのだが。


「おかげでこの場所を突き止めることができました」


「あ、あぁ。助かったよ……」


表情を悟られぬようにいたって平常心で。動揺に気付かれてはいけない。


「3人ともありがとう」


「なに、主のためだからな」


「無事でなによりだよ」


「チャミュが一番心配してたんや。褒美のひとつもあげたって」


「何をいうんだネツキ!!」


「ほ、褒美って言ったって。特にあげられるものは」


「こういうのでええんや」


ネツキに足払いをかけられ態勢を崩す僕。


「うぉっと!!」


そのまま前にいるチャミュの胸めがけて飛び込んで行く。


ぷにょんっ


柔らかい弾力に顔を埋める形になる。


「……」


唐突なことに受け止めることしかできないチャミュ。顔は真っ赤に染まり、固まったように動かない。


「ご、ごめんチャミュ……」


「いや、悪いのはネツキだ……」


態勢を立て直し顔を起こす。


「助けてくれてありがとう」


「あ、あぁ、当然だ…」


真っ赤な顔のままうつむくチャミュ。

あの件以来、チャミュも随分と違う表情を見せるようになったなと思う。


「シオリ、事件も解決しましたし、帰りましょう」


「そうだな、そういえばヘル達は」


アジトから出るとヘルと邪帝が待っていた。興奮したようにこっちに走ってくる。


「おーい、無事だったかー!!!」


「すげーな彼女たち!!なんなんだよ、あの強さ!!」


「まぁ色々あってさ」


「ホントお前面白い奴だなー!!今日のことで新しい曲が思いついた!!早速帰ってつくんねーと!!」


「邪帝さん、なんか思いついたんすか!!俺も手伝います!!」


「おうよ!!早速帰るぜ!!シオリ、僕の代わりに捕まってくれてサンキューな。次のライブ、一番良い席で見れるようにしとくから!!そこのねーちゃん達の分も用意しとくからよ!!」


邪帝とヘルはそう言ってクルマに乗り込むと家へと帰って行った。


「あ、ミミ様……」


ヘルを止めるタイミングを失い途方に暮れる爺。


「サマァさんには、後で帰ってくると伝えておきましょう」


「いやはや、申し訳ない」


「シオリ、私たちも帰りましょう」


「あぁ、そうだな」


ソフィアに言われて帰りの車に乗ろうとしたところで、黒塗りのバイクがけたたましい音を立てて停車した。


「シオリは!!?」


血相変えてバイクから降りる女性。ヘルメットをとり、長い黒髪をなびかせる。


「ぼ、僕?」


「そう、シオリ!……ってあれ、連れ去られたというのは?」


「あ、もう助けてもらって…」


シオリを見た後、周りの面々を見渡したミュウ。無言でうなずく彼女たちを見て事態を察する。


「そう……もう終わっていたのね」


「ミュウも助けに来てくれたんだな。ありが、」


ミュウが近くまで寄ってきて僕の体を抱きしめる。


「と、う?」


「あなたを助けに来たこの気持ちをどう収めたらいいかわからないの。付き合ってくれるかしら」


「付き合うって、何を」


「いいから」


「え、あっ、ちょっと待ってミュウ。ミュウさーん」


アジトの物陰の方へ引っ張られていく僕。


「止めへんでええの?」


「な、なんで私が。彼らの自由だろう」


「でも、助けたんはチャミュやろ?」


ニヤニヤと笑みを浮かべながらチャミュを眺めるネツキ。


「それは関係ないだろう。それに私では… 」


「私では?」


「な、なんでもない!ソフィアこそいいのか、妹にあんなことをさせて」


「ミュウは素直な子ですから。別にいいんです」


「えらい余裕だな」


「これが勝者の余裕ってやつなんかな?」


「私の方を見るな!」


ミュウは僕を壁際まで追いつめると僕をしゃがませ、自分はその上に乗っかる。


「会ったばかりの頃もこんな感じあったわね」


「……あったっけ」


「あったのよ」


ドンッ!


ミュウは勢いよく僕の上に乗っかり直す。


「今回はなにがあったのかしら?」


「話せば長くなるんだけど」


「いいわ、話して」


僕はミュウにせかされて今まで起きたことの一部始終を話した。サマァに出会ってから自分が捕まるまでの話を。


「───とまぁ、そういうことで」


「なんだかとりとめのない話ね。あなたが捕まった理由もよくわからないし」


「そうなんだよ、奴らの目的がイマイチはっきりしない」


「そのリーダーってのはどこにいるの?」


「アジトの中で気絶してると思うよ」


「放置しているというの?…あきれたわね。こういう場合はしっかりと拘束して彼らの動機を聞き出すものなのよ。ほら、起きて」


僕は起きあがるとミュウに口付けされる。


「今はこれくらいで許してあげる。今日の夜は逃さないんだから覚えておきなさい」


「うへぇ」


「うへぇ、じゃないわよ。行くわよほら」


ミュウに連れられて僕は気絶しているリーダーの元まで行く。


「おーい、起きてくれー」


ペチペチと叩くが反応はない。


「シオリ、どいてなさい」


ミュウの綺麗な脚が男の顔を蹴り上げる。


バシィンと響く音。


「いってぇ!!何すんだおい!!」


「いいから、黙って喋りなさい。シオリを誘拐したのは何故?」


「ハァ?誰だそいつ」


バシィン。ミュウのビンタが男の左頬をはたく。


「必要なこと以外喋ったらぶつわ。シオリを誘拐したのは何故?」


「もうぶってるだろ!だから知らな―――」


バシィン。容赦なく響く音。


「(ミュウ、躊躇ねぇな……)」


「た、たのまれたんだよ……」


「あら、やっと答えたわね。誰に頼まれたのかしら?」


「それは言えな」


バシィン。バシィン。続けざまに2発。顔が徐々に腫れてきている。


「女だよ、女。顔は知らねえ」


バシィン。バシィン。バシィン。3連発。ミュウに一切の容赦はない。

これをやられているのが僕だったらと思うと本当に怖い。


「知らねえ、本当に知らねえんだよ……」


「ミュウ、もういいよ。知らないんだろう」


「シオリ、甘いわ。この程度じゃ」


「いいんだ」


僕はしゃがみこむと男の目を見た。


「その女に言っておけ。これ以上何もするなと。次はないぞ、と」


「へっ、ヒョロガキが何を。ぐぅっ!!」


ミュウの厚底ヒールが男の腹に突き刺さる。


「言葉には気をつけなさい」


「ミュウ、その辺で。奴もりただろう」


「シオリが言うのならそれで」


「シオリ、天使隊を呼んでおいた。後は彼女たちに任せよう」


チャミュがこっちに来て、天使隊を読んでくれたことを話してくれた。


しばらくして天使隊がやってくる。そこには見覚えのある天使がいた。


「あれは、アナか!?」


「そう、天使隊の隊長だからね、彼女は。でもあのことは覚えていない」


過去に会ったアナとのウェディング騒動を思い出す。それもソフィアの記憶消去の影響で僕に会ったこと自体を覚えていないのだ。


「後のことは彼女たちに任せて私たちは帰ろう」


「そうだな、そうしようか」


グイッ。ミュウに袖を引っ張られ、手を絡められる。


「帰りましょう。帰ったら覚えてるわよね」


「な、なんのことかな」


ギュッ。わき腹をつねられる。


「あいたっ」


「ミュウくん、シオリも疲れているだろう。少し休ませてあげなければ」


「私が疲れをとってあげるわ。あなたにはシオリは渡さないわよ」


「な、何を言ってるんだ。私はそんなことは」


「顔を赤くしながら言っても説得力ないわ。シオリ行きましょう」


ミュウに手を引っ張られ皆の元へ歩いていく。その後ろ姿を、チャミュはなにやら複雑そうに見つめるのであった。

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