78話_謎の記憶


ソフィアを抱きしめた後、僕は彼女を連れて心の中を歩く。


「足、大丈夫か?」


「えぇ、もう大丈夫です。ここは心の中なので、私の気持ちが傷として反映されただけなんです。今はもう…シオリに会えましたから」


眼鏡をかけていないソフィアを見つめる。


「なんだか不思議だ。今までこうやって見たことなかったから」


「たしかに…そうですね。私も不思議な感じです」


互いに見つめ合い、気恥ずかしさから頬を赤らめる。


「シオリにまた会えるなんて、夢みたいです…」


ソフィアはゆっくりと僕の顔に手を伸ばす。僕がその場にいることをしっかりと確かめるように。


「夢ではないんですよね?」


「あぁ、僕はここにいるよ」


目を潤ませながら、彼女は微笑んだ。


「ずっと会いたかった…暗闇で何も見えなくて…もうダメなのかと思って…」


「僕も、ソフィアに会いたかった。もう何年も会ってないんじゃないかってくらい。凄く長かった気がする」


お互いの指と指を絡め合う。


「帰って、またゆっくりと暮らそう」


「はい……」


2人、元の世界に戻るために歩き続ける。


「私、気になることがあるんです」


「何か見つけたのか?」


「リアが私の記憶を見ることができたように、私もリアの記憶を見ることが出来ました。そこで過去に起きたことも知ったんです。でも……」


「でも?」


「知らない記憶が私の中にあったんです。今まで、誰からも聞いたことのない記憶が…」


「なんだって!?」


ソフィアとリア以外の記憶が存在しているだって?一体どういうことだ。


「シオリも一緒に見てもらえませんか?」


「うん、どんな記憶なのか見てみたい」


ソフィアに連れられ、心の奥底へと潜っていく。

下へ下へと降りていった先に、3つの光が絡み合ってグルグルと回っているのが見えた。白、黒、そして黄色の、光が宙に浮いている。


「…これが?」


コクリとうなずくソフィア。

僕とソフィアは、その光にゆっくりと手をかざした。


光が手から全身に溢れていく。

僕は光に包まれていく中で意識が途絶えた。



◆◆◆◆◆



暖かな日差し。


緑と花に囲まれた広い庭園の中で、1人本を読む少女。


10歳くらいだろうか?腰まである長い髪をゆるめの三つ編みにして、椅子に腰掛けながら分厚い本に熱中する。


僕とソフィアはそれを頭上から眺めていた。まるで自分達が霊体になったように、透明な姿になって宙に浮いている。どうやら、これは少女の記憶のようだ。


「ソフィア、また本読んでるのー?」


「集中してるから静かにしてて」


どこからか声が聞こえる。だが、目の前には少女1人しかいない。


「いつも同じのばっかり読んでるでしょー。たまには構ってよー」


「これが終わったらね」


「えー、いつもそれじゃーん。ひまなのー」


どうやら、同じ少女から声が聞こえてくる。

声は少し違うようだが。


「わがまま言わないで、後で交代してあげるから」


「ぶー。絶対だかんねー」


大人しくなる声。少女はまた、静かに本を読み始める。


これは、最初のソフィアリアとリアの過去の記憶なのだろうか。


しばらく見ていると、少し先の方でバキバキバキ、と何かが落ちてくる音が聞こえた。


「なに、今の音は?」


音に気付いた少女は本を置いて何かが落ちた場所へと駆けていく。そこには、足と翼を汚した天使が倒れていた。


少女は天使に近寄ると、顔を覗き込む。


「……大丈夫?」


「……」


天使は気を失っており返事がない。

少女が両手を天使に向かって掲げると、淡い光が溢れ始め天使を包み込んだ。


「ソフィア、治しちゃっていいの?」


「この人苦しそうだし。放ってはおけないでしょ」


「後で怒られたって知らないからね」


天使の翼と足の怪我はソフィアリアが出した光でみるみるうちに治っていく。


「う……」


「目が覚めた?」


「こ……ここは……?」


徐々に目を覚ます天使。天使は意識を取り戻すと、起き上がり、少女から距離をとり戦闘体勢に入る。


「き、君は誰だ……!ここは、隔離立入禁止区域のはずだ…」


「ほら、やっぱり治さなくて良かったんだよ。面倒になったじゃん」


「リアは黙ってて。私はソフィアリア、ソフィアでいいわ。ここの住人よ」


「ソフィアリア…聞いたことのない…」


天使は構えながら、自分の身体を見回す。


「痛みがなくなっている…?かなりの高さから落ちたはずなのに」


「ソフィアが治したのよ!感謝しなさい!」


リアの言葉が天使に響く。


「誰だ!?もう一人いるのか?」


周りに気を配るが人らしい気配は見当たらない。少女は臆すことなく天使の元に向かう。


「まだ、治療終わってないから」


「……」


少女から敵意を感じず、天使は警戒を解く。ソフィアは再び天使の怪我を癒し始める。


「君は何故ここにいるんだ?ここは実験跡の第一級危険区域として上がっているはずなのだが」


「…………」


少女は黙ったまま治療を続ける。


「黙秘と言うことか」


そのまま治療を受け、天使はすっかりと怪我が完治した。


「……これは驚いたな。完璧に治っている」


翼をバサバサと動かす天使。


「これでもう大丈夫ね」


ソフィアは天使を見て微笑む。


「どうして私を助けた?」


「本に書いてあったの。苦しんでいる人がいたら助けてあげなさいって」


「…そうか」


その時、天使は初めて表情を崩した。


そこに天使の近くに物凄い勢いで何かが落ちてくる。


「おおおわぁぁぁあっ!!!」


ドスンッ!!


地面がめり込むほどの衝撃。天使はソフィアをかばい、汚れが付かないようにする。


「あたたた……想像してたのと全然違うじゃないか…」


穴から這い出す男の天使。顔も身体も土まみれだ。


「いてて、と…チャミュ!!無事だったのか!?」


男の天使はソフィアをかばう天使、チャミュに気が付くと急いで駆け寄ってくる。


「ああ、この少女が治してくれた。ルキの方こそ大丈夫なのか」


「これくらい大したことないよ。それにしても、怖い場所だと聞いてたからどんな場所かと思ったら、全然綺麗なところじゃないか」


「ん?」


チャミュに隠れながらルキのことを見上げるソフィア。


「この子は?」


「あぁ、ここの住人らしい。彼女に怪我を治してもらった」


ソフィアは脅えながらも、ルキの方を見ている。


ルキはソフィアの前で立ち膝になると、ソフィアの片手をとり敬意を表した。


「可愛いお嬢さん、友人を救ってくれてありがとう」


その一瞬、ソフィアには、ルキがまるで王子様のように見えた。


「そんな泥だらけでは様にならないぞ」


「ハハッ、そうだな」


ルキは快活そうに笑う。


「ありがとう、チャミュを助けてくれて。この場所は危険なところだって聞いてたから慌てて降りてきたんだよ」


「全く、無茶をする」


「無茶って……お前が訓練中に落ちたからだろ!!」


チャミュの肩をガシッと掴むルキ。頬を赤らめ、目を逸らすチャミュ。


「わ、わかった。す、すまないと思っている……その、手を離してくれ…」


「頼むぜ相棒!!とにかく、無事で良かった。そういえば君、名前は?」


ルキはソフィアの方に向き直る。


「ソ、ソフィア…」


「ソフィアか…じゃあソフィア!よろしくな!!」


ルキは片手を差し出す。ソフィアもそれに応え手を差し出して軽く握手をする。ソフィアのルキを見る表情が少し惚(ほう)けているように見えた。


「今度、お礼しに来るからさ!待っててくれよな」


「訓練の途中で、戻らないと行けない。この礼は必ずする」


飛び立つチャミュとルキ。それをソフィアは黙って見送っていた。


「なんなのあいつら…ソフィア?ソフィア?聞いてる?」


リアの言葉は聞こえず、ソフィアはぼーっとそれを眺めていた。


その光景を見つめる僕とソフィア。


「…ソフィアリアは最初にチャミュとルキに会っていた?」


「チャミュの話とも、リアの記憶とも違いますね…」


今までの情報とは明らかに違う光景だった。


「この先も、見てみようか」


「はい…」


僕とソフィアは互いの手を握ると、記憶の更に奥深くへと入っていった。


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