58話_サキュバスと絶対零度の少女5

精霊地区水冷課の騒動は、一応の終結を見た。


アイシャを狙っていた天使たちは、チャミュがアナに頼んでくれたおかげでそれぞれ処罰される形となった。天帝がいなくなった後、精霊を使い悪事を働く子悪党たちだったらしく、アナの方でもターゲットとして探していたらしい。


水冷課の水もこの1週間ですっかり溜まり、地霊であったディーネも復活することができた。アイシャとの久しぶりの再会に、お互い抱き合って喜び合っているのを見た時は今回の件を助けて良かったと思ったものだ。



◆◆◆◆◆



「へぇ、そんなことがあったなんてね」


ミュウは僕の前にカフェオレを出す。喫茶らーぷらすのカフェオレは優しい味がして好きだ。


「で、それも一緒について来たってわけ?」


ミュウは視線を僕の横にいるアイシャの方に移す。アイシャよりも冷たい氷のような眼差し。アイシャはすっかり怯えて縮こまっている。


「ま、まぁ落ち着いてミュウ。アイシャは悪い奴じゃないんだから」


「良い悪いではないの。また1人シオリのそばに人が増えたのが問題なのよ」


「精霊だけどね」


「なんだっていいわ。あなた、そうやって愛人を増やすのもいいけれど、姉さまと私のこと、ちゃんとわかっているんでしょうね?」


「なに言ってるんだよミュウ!!」


「あ、あ、愛人だなんて…!!」


顔を真っ赤にする僕とアイシャ。あの騒動の際に僕とアイシャは契約を交わした。


精霊の契約は絶対順守。

宿主から魔力を供給してもらう代わりに自身の持つ能力を使役させることができる。


契約は“言葉”と“口づけ”。


この2つを満たしたことで、僕はアイシャのなんでも凍らせる能力を使うことができるようになった。そのおかげで天使の親玉を退けることができたわけだが、結果として面倒を地上に持ってきてしまった形になる。そして、今に至る。


そのことを知ったミュウはカンカンに怒っていた。

ソフィアは状況を知っていることもあり、半ばあきらめモードという感じだが、内心はあまり良く思っていないのは確か。


不倫現場を押さえられた男性の心境とでもいうのだろうか。

もちろん、不倫などはしていないのだが、こういった修羅場が段々と増えてきている。


正直、あの天使と戦っていた方がまだマシだと思える。


「で、あなたシオリとはどこまでいったの?」


「え、ど、どこまでって……」


「ほら、色々あるでしょう。キスとか〇〇〇とか×××とか」


キス以上は刺激が強すぎてとても羅列できたものではない。ミュウの言葉に卒倒しそうになるアイシャ。ソフィアも軽く意識を失いかけている。


「ミュウ、アイシャとはなんもないって。だからあまり彼女をいじめないでやってくれ」


「あら、随分とかばうのね、その子を」


氷の女はミュウの方がふさわしいんじゃないか、というくらい冷たい目をしている。

今までにないくらい怒っているな……。


「……いいわ。シオリ、ちょっとこっちに来て」


無理矢理手を引っ張られ、2階のミュウの部屋まで連れてこられる。


「な、なんだよ一体」


「いいから」


そう言って僕の唇に自分の唇を押し当てるミュウ。くすぐったい感触が体を巡る。


「…んっ。今日のところはこれで許してあげる」


「ど、どうしたんだよ急に」


「別に。私のことを何日も放ったらかしにして、新しい女とよろしくやっていたことに腹を立てていたなんてこれっぽっちも考えていないわ。ええ」


めちゃくちゃ怒ってるミュウ。


「まぁ、あの子になにかできるとも思わないし、もういいわ。いい、次は私も連れて行くこと」


「わ、わかった…」


「よろしい」


「じゃ、じゃあ僕は戻るよ」


「何言っているのかしら?まだ終わってないわよ」


「えっ…でも、さっき、もう許すって」


「“許す”とは言ったけど、解放するとは言ってないわ…バインド」


ミュウの言葉に反応して、透明な光が出現し僕の腕を拘束する。


「あなたが私を放っている間に、新しい魔法も覚えたのよ」


「ミュウさん…あの……これは……」


「せっかく帰って来たのだから、ね?」


「ね、じゃなくて…ミュウさん……あっ、ミュウー!!!」



◆◆◆◆◆



精霊地区水冷課、そこは天帝がいなくなった後、荒れ地となった場所だった。


だが今は、すっかり水に溢れた自然豊かな土地になった。それも、精霊たちが活気を取り戻し働くようになったからだ。


「天寿様のおかげです。本当にありがとうございます」


「私からも礼を言う。君のおかげで、私も再び体を取り戻すことができた」


僕に頭を下げるアイシャとディーネ。ディーネはアイシャに似て、水色の長い髪をした精霊だった。知的で綺麗な女性の姿をしていると僕は思った。


「アイシャが私以外に心を許せる存在が見つかって、私は嬉しく思う。この後のことは心配しなくていい。私がここの精霊たちの面倒を見る。君がつくってくれたルールのおかげで上手く回っているし、また何かあった時には助けてほしい」


「あぁ、よろしく頼むよ」


お互いに握手を交わす。


「それで、彼女とはどこまでいったんだ?」


「えっ?////」


「恥ずかしがることもあるまい。あれでアイシャはなかなか大胆な子だ。君の要望にならなんだって答えてくれるだろう」


「い、い、いやなんもないって!!」


「ハハハ、その様子だと本当に何もないみたいだね。アイシャのこと、よろしく頼んだよ」


「ディーネ、なにか変なこと言ったでしょ」


「なにも。2人の今後のことについてとても大事な話をしてたんだよ」


「本当かしら……」


「ボス!!」


そこに、精霊たちがぞろぞろとやって来た。


「お前たち、もうすっかり元気だな」


「ボスのおかげです!!」


小躍りしながらくるくると回る精霊たち。


「元気そうでなによりだ!!」


「ボス、ちょっとこちらに」


精霊たちに連れられ、僕とソフィアは水辺の近くまで来る。


「一体何が始まるんだ?」


「まぁ、見ててくださいよ。皆、準備いいぞー!!」


精霊たちは一斉に魔法陣を描くと、空一面に水の飛沫が上がっていく。


「わぁ、綺麗」


「これは……」


水しぶきが上がり終わった後に、綺麗な虹が架かる。

鮮やかなその色は、地上で見た時よりも綺麗に感じられた。


「ボス、ありがとうございます!!」


その虹の下で喜んでいる精霊たち。粋なことをしてくれるじゃないか。

僕は少し出た涙をぬぐい、精霊たちに手を振った。


「お前たちも、これから頑張れよ!!」

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