59話_サキュバスと気苦労の多い1日

1日がどうやって始まるか、君は覚えているだろうか。


何時に目が覚めて、朝食は何を食べて。

普段と変わり映えしない日常を気に留めてみたことはあるだろうか。


ある日を境に、僕は1日を考えるようになった。

今日の1日は何事もなく、平穏に過ごせるのだろうか、と───。





陽気な1日、気温もそれほど暑くなく気持ちの良い朝だ。

僕は体を起こすと大きく伸びをする。


「ふぁ~」


自分のベッドで寝るのも久しぶりだなと思う。

精霊地区の復興の時は天界で夜を過ごしたことも多く、あまりゆっくりできた記憶はない。


僕は幸せを噛みしめながらベッドに手をつく。ふにゅっとやわらかい感触が僕の右手に当たる。ベッドにしては、いささか柔らかすぎる気がするが……。


僕は恐る恐るその感触がした方を見る。青髪の女の子がすやすやと寝息を立てている。

その女の子の胸に、今自分の手が乗っているのであった。


「アイシャ…なんで僕の隣に……」


青髪の女の子、アイシャは最近僕と契約を結んだ氷の精霊だ。全てを凍らせる強力な能力の持ち主で、契約した者はその能力を使うことができる。契約をする前のアイシャは全てを凍らせてしまう能力ゆえに誰の近くにも行くことができなかったが、僕と契約をすることによって普通の人間のように接することができるようになった。


彼女にとって、それは大きな変化だったらしくたいそう喜んでいた。


一応、彼女用の寝床は用意をしていたのだが寝ぼけ癖があるらしく、こうやって僕のベッドにもぐりこんでくる。ソフィアに誤解されると大変なことになるので、いつもは気付いた時に元の部屋に戻るように促すのだが……。


「シオリ、朝の支度が出来たぞ」


アイシャを部屋に戻そうと考えている時に、シェイドが部屋に入ってきた。


「あ、、」


「シオリ。主人の恋愛に口をはさみたくはないが、ソフィアを泣かせるようなことはしない方がよいと思うぞ」


「ち、ち、違う!誤解だ、シェイド!!」


「誤解というのなら、その手を離した方がいい」


「あっ…!!」


シェイドにアイシャのおっぱいに触れている手のことを指摘され、慌てて手を離す。


「私からはソフィアに特に言わないでおく。だが、いつかはバレるぞ」


「だから、違うんだって。アイシャが勝手に僕のベッドに入って来たんだよ」


「そういうことにしておこう。朝ご飯ができたから、下に降りてくるように」


「はい……」


シェイドがいなくなった部屋、僕はアイシャを起こす。


「アイシャ、起きろアイシャ」


「…ふにゃぁ、天受様もう無理です…そんなことできませぇん」


「アイシャ、寝ぼけてないで。ほら、起きて」


「ふにゃぁ……?」


アイシャは寝ぼけ眼をこすりながら僕の方を見る。


「…天寿様?どうしてここに?」


「僕が聞きたいよ。僕の部屋なんだから」


「僕の…部屋……?」


「そう、僕の部屋」


徐々にアイシャの目がはっきりしてくる。


「……!!?天寿様!?えっ、私、天受様の部屋に!?ごめんなさい!ごめんなさい!」


自分の現状を理解し、ひたすら土下座をするアイシャ。僕は騒ぎになってソフィアが駆け付けないようにアイシャをなだめる。


「落ち着いて、アイシャ。起きてご飯を食べに行こう」


「ごめんなさい!ごめんなさい!」


「アイシャ」


「は、はい……」


「よく眠れたか?」


「は、はい!…天寿様のそばは温かくてポカポカして、それで……」


アイシャの幸せそうな顔を見ていると、すっかり怒る気持ちも失せてしまった。


「そっか。でも突然入ってこられるとびっくりするから、その時は言ってくれ」


「は、はい!わかりました!」


「うん、じゃあ起きて朝ご飯を食べよう」


僕はアイシャを起こすと、朝食を食べに下へと降りて行った。



◆◆◆◆◆



朝ご飯をソフィア達と食べ、学校へと向かう。


朝のことは結局ソフィアには話さなかった。話したところでだいぶこじれるような気がするし、なんというかまぁ良い未来が見えなかったからだ……。


そんなトラブルと隣り合わせの状態で暮らしているが、日常生活自体にそれほど支障はない。アイシャが一緒にいてくれてよかったことは、スカーレットの不意なアタックに対して対策がとれるようになったことだ。丁度、校門をくぐったところで現れたスカーレットをアイシャが半身氷付けにして身動きをとれなくする。


「なによこれ!!シオリ、私の知らない間にまた女をつくって!!しかも精霊ですって!!?」


「別に女はつくってないって…」


「天寿様に無断で近付く人は凍らせていいとミュウ様に言われてますので……」


「なんでミュウの言うことを聞いてるのよ!むしろ、私の言うことこそ聞くべきじゃないかしら!?」


「そ、そうなのですか?」


「アイシャ、そいつの話は聞かなくていいわ。あなたは私と姉様、そしてシオリの話を聞いていればいいの」


「は、はい!わかりました」


「この女狐!!覚えて起きなさい……シオリ、この仕打ちはひどいじゃないの!!」


「いや、毎回登校の時に迫られるのがなくなるのなら……」


「ふふ、いいザマね。あなたはそれがお似合いだわ」


スカーレットを挑発するミュウ。


「ミュウ、あまりスカーレットを挑発しないでくれ」


「もう怒った!!覚えておきなさい!!シオリ、こんなことで私が諦めると思ったら大間違いなんだから!!」


氷を自力で壊し、学校の方に駆けていくスカーレット。


「よくやったわアイシャ。その調子でシオリに近付く害虫は氷付けにしてちょうだい」


「はい、わかりました。ミュウ様」


「害虫って……」


その後も、事あるごとに僕に近付こうとするスカーレットだったが、アイシャがことごとく氷付けにしていく。


まさに氷の要塞、と言わんばかりの鉄壁ぶりだった。


「アイシャ、あなた凄いのね。ここまでとは思わなかったわ」


「あ、ありがとうございます!」


「スカーレットがあんなに手出しできないなんて。本当凄いですね」


「ソフィア様まで、恐縮です…」


「この調子でシオリを守って頂戴。今度からあのバカ姉の相手はアイシャに任せて良さそうね」


「少しは仲良くやってくれよ……」


「あら、それは無理ね。あれと分かり合うことは一生ないわ」


力強く答えるミュウ。


「あ、あの…ミュウ様は何故、スカーレット様と敵対なされているのでしょうか?」


「なんででしょうね。過去にされたことが許せないのか…あるいは。まぁ、あれの存在自体が許せないのよ」


「そ、そうなんですね…」


ミュウとスカーレットの仲の悪さは一筋縄ではいかなそうだ。


授業を無事に終え、家へと帰る僕たち。


アイシャはソフィアの夕飯の手伝いをしながら料理を学んでいる。ソフィアもアイシャを妹のように接するので、こっちは上手くやれているようだ。


「おい、アイシャちゃんと言ったか。なかなかの上玉を掴んできたじゃないか」


「言い方がいちいち下衆ゲスいんだよ、お前は」


コロコロ転がってくるフーマルをデコピンで弾き返す。


このエロポメラニアンはしばらく家を空けていたと思ったら学校時のソフィアやミュウのいろんなあれやこれやの写真を手中に収めていたのであった。彼女たちの着替え写真なんかもあるとはフーマル談(決して見せてはくれないが)。


「お嬢のこともしっかり見ておかないと足元すくわれるぞ」


「わ、わかってるよ」


もう周りからは同じような話を散々されるので少しうんざりしてしまう。


そんなに信用がおけないのだろうか…おけないのか。まぁ、でもそれを行動で示せばいいんだろうし。


僕は自分を納得させてソフィア達の方へ行くとする。


「いただきます」


ソフィアがつくってくれた料理を前に皆で手を合わせ食卓を囲む。


こういった家族団らんを迎えられるのは、彼女たちが来てくれたから出来ることだ。寂しさを感じずに過ごせているのはとてもありがたいことだな。そう思いながらご飯を食べる。


「アイシャ、こっちの生活には慣れたか?」


「はい、皆さん優しくしてくれるので、とても楽しいです。こんな風に誰かと一緒にいられることなんてなかったので…」


「そっか、そうだったよな」


能力ゆえの孤独。それは僕にはわからないものだが、彼女にとっては悲しい過去だっただろう。


「心配しなくて大丈夫よ。シオリは優しいから、きっとこの生活が気に入るわ」


「ソフィア様、ありがとうございます」


「よろしくね、アイシャ」


「は、はい!こちらこそよろしくお願いします!」


ソフィアとアイシャは互いに見つめ合い微笑む。食事を終え、キッチンに食器を片づける僕とソフィア。


「ありがとな、ソフィア。アイシャのこと」


「妹みたいですね。ミュウとはまた違いますけど。可愛い妹みたいです」


僕を見てにっこり笑うソフィア。


「そっか」


「はい」


「独りでいるって、寂しいですから。シオリがその寂しさを埋めてあげてください。多少のことは目をつぶりますから」


「え?」


「これ以上は言わせないでください…」


聞き返した僕に、むくれて返すソフィア。


「ご、ごめん…」


申し訳なくうつむく僕の頬に軽くキスをするソフィア。


「…ちゃんと私のことも、見てくださいね」


「ソフィア…」


お互い目を閉じて、唇を重ね合わせた。


その日の夜、僕はベッドに入り1日のことを振り返った。


1日がどうやって始まったか、君は覚えているだろうか。


普通は覚えていないかもしれない。


何を食べたかなんて気にしなかったかもしれない。


けれど、たまにでいいから思い返してみるといい。変わらない日常だと思っていた今日は、色んな事があった変化の1日なのだから。

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