57話_サキュバスと絶対零度の少女4

シェイドから連絡を受け、

僕とソフィア、チャミュはシェイドとアイシャが待つ場所へとやって来た。


「なんなんだ?面倒事って」


「シオリ、待っていたぞ。こいつらがアイシャを連れて行こうと聞かなくてな」


シェイドはアイシャをかばいながら、まわりにいる天使たちを牽制けんせいしている。数人の天使が、アイシャに近付こうと武器を持って待ちかまえていた。


「そいつをこっちに渡せ、断れば我らの妨害とみなすぞ!!」


「どういうことだ?何が目的なんだ」


「お前たちには関係のないことだ!!」


「話にならないみたいだな……アイシャ、こいつらは何なんだ?」


「この天使たちは精霊監査員です。私の動きをずっと監視していたらしくて……」


「あなたたちは、今水冷課がどういう状況になっているのかわかっているのか?アイシャはここの復帰のために尽力している最中だ。ここは離れられない」


「それは我々が知ったことではない。さぁ、無駄話は終わりだ。さっさと引き渡してもらおう」


随分と無茶苦茶な奴らだな…。

この忙しい時に、身勝手な要求をされてちょっとばかし虫の居所が悪くなってきた。


「イヤだと言ったら?」


「力づくで奪うまでよ!!」


そう言って襲い掛かってくる天使の集団。シェイドはそれを軽くいなし、地面に叩き伏せていく。天使を体術で圧倒する女子高生風天器スカイケイス。天使たちは手も足も出ずに次々やられていく。


「ぐはぁっ!!」


数分も経たないうちに天使の山が築かれた。


「他愛ないな」


「シェイド、ありがとう」


「あ、あの、天寿様。良かったのでしょうか……」


心配そうにこちらを見るアイシャ。


「うーん……まぁ面倒ごとは増えちゃったけど。アイシャは渡せないし。にしても、なんでアイシャを連れて行こうとしたんだ?」


「実は、ある天使の方からずっと契約を迫られているんです…。私の全てを凍らせる能力が欲しいと…」


「天使に、契約?」


「シオリ、精霊は契約を結ぶことで他社に能力を使役させることができるんだよ」


「なるほど、それで。じゃあ水冷課とは一切関係ないことなのか?」


「多分そうだろうな。見たことのない天使たちだったし、テリトリーも全く別だろう」


「まったく、ややこしいことを……」


せっかく上手く事が進んでいたのに、ここに来て邪魔が入るとは。


「す、すみません……」


「いや、アイシャのせいじゃないんだ。悪いのは奴らだよ」


「シオリ、こいつらをどうする?」


「とりあえず凍らないように外側に運ぶとしようか」


倒れた天使たちを引きずり外に放り出す。ここなら、アイシャの冷気で凍えることもないだろう。


「こんなもんでいいだろ」


「あの、天寿様…」


「アイシャ、どうかした?」


「さっきの契約のことなんですけど、別に天使だけが契約できるわけではないんです…」


「うん?」


「それで、その、あの…」


しどろもどろになるアイシャ。僕に何かを伝えたいんだろうけど、少し離れていることもありよく聞こえない。


「アイシャー、もっと大きく喋ってくれないと聞こえないよー」


「…い、いえ、なんでもないです!!」


「そっかー!!わかったー!!」


「(シオリは気付いていないみたいだな…。まぁ、いづれわかるだろう)」


「(シオリ、アイシャさんまで天…。あぁ、またライバルが…)」


それぞれ複雑な思いを胸に、その光景を見つめるチャミュとソフィア。

その視線に僕は気付けないでいるのであった。



◆◆◆◆◆



水冷課の復興から数日、日を重ねるにつれて精霊たちの働きが少しずつ良くなってきた。

目に見えて、荒れ地に水が溜まっていくのはなかなか達成感があるものだ。


この調子だと、ひと月もあれば水も貯まりきるだろう。


ソフィアとチャミュの手伝いもあって、精霊たちの食事も色んな物を提供できるようになったし、それがより意欲に繋がっているようだ。


僕のことをいぶかしげに見ていた精霊たちも、最近ではボスと呼んで慕ってくるようになった。悪の親玉になったような呼ばれ方だが、慕われること自体は悪いことではない


精霊たちの生活は改善されていると言っていいだろう。僕は学生生活の終わりに様子を見るだけでも良さそうになってきた。たまにアイシャとともに精霊たちの話を聞き、改善できることは改善していくようにした。


◆◆◆◆◆



そんな順調に復興が進んでいた最中、事件は起きた。



「シオリ、事件だ!アイシャがさらわれた。どうやら前の天使たちらしい」


その日、先に天界に行っていたシェイドから入った連絡で僕は目覚めた。急いで服を着替え、天界に向かう準備をする。


「シオリ、どうしたんですか?」


「アイシャがさらわれたらしい。シェイドから連絡があった」


「えぇ!?私もすぐ支度をします。ちょっと待ってください!」


「わかった、なるべく急いでくれ」


僕とソフィアは着替えをすませると、精霊地区水冷課へと足を運ぶ。


シェイドの言うとおり、アイシャが暮らす洞窟に向かったが、そこにはアイシャの姿は見当たらなかった。洞窟が氷で覆われているところを見ると、さらわれて日は経っていないようだ。


「アイシャがどこにさらわれたか調べよう。外で凍っているところは見当たらなかったようだけど」


「何かに封じ込められて連れて行かれた可能性が高いな。シオリ、これを見てくれ。天使たちの足跡だ」


「よし、後を追おうシェイド。ソフィア、チャミュを呼んでくれるかい。あと、精霊たちの仕事の合図をお願いしたい」


「それなら、私がシェイドと行きます。精霊たちはシオリに一番なついてますから」


「あの程度の輩なら問題ないだろう。いざという時には私が守るから大丈夫だ」


「そっか、わかった。そしたらシェイド、ソフィアお願いするよ」


「任せてください」


「うん」


「シオリ、こういう時はソフィアを抱き寄せて行ってらっしゃいのキスをしてあげるものだ」


「シェイド!!」


「なに、勢い付けは大事だろう?冗談だよ。さぁ行くとするか」


シェイドとソフィアは天使の足跡を追って行った。


僕は、ひとまず精霊たちの仕事を進めるために水冷課へと向かう。

仕事開始の合図を出した後シェイドと連絡をとった。


「そっちの様子はどうだ?」


「やはり前回来た天使たちがアイシャをさらったようだ。警備には守護天使も配置されている。多少面倒になっているようだ」


「無理はするな。僕もそっちに向かう」


「シオリは大丈夫だ。チャミュもこちらに向かっているそうだし、なんとかなる」


「そうか、でも油断はするなよ。なにかあればすぐ連絡してくれ」


「了解した」


アイシャをさらいに来た天使たちの狙いはなんなんだ?アイシャを使って何をしようとしているんだろうか。


僕は精霊たちの仕事を眺めながら、そのことを考えていた。


天帝がいなくなった後も、まだ彼に苦しめられている者がいるのだと考えると、天帝を許す気にはなれなかった。


「ボス、なにかあったんですかい?」


「いや、なにもないよ。大丈夫、仕事を続けて」


「もし何かあったら言ってくださいよ。ボスのおかげで我らの生活はだいぶ改善されたんですから」


「ほんのちょっと手伝っただけだよ」


近くにいた精霊が僕に話しかけてくる。肌艶はだつやも良くなってすっかり元気そうだ。


そこにシェイドから通信が入る。


「シオリ……すま…な……い……予想…外…じ……」


電波が悪く 途切れ途切れの言葉を最後に聞こえなくなってしまった。


「シェイド!!シェイド!!」


一体何があったんだ…。不安がよぎる。

予想外のアクシデントがあったに違いない。一刻も早く向かわないと。


僕の表情がこわばるのを察知した精霊がこちらを向く。


「ボス、やっぱりなにかあったんですね?」


「仲間に何かあったらしい。助けに行ってくる」


「それなら、我らも一緒に行きますよ。なぁ皆!!」


「おぉー!!」


精霊たちが声を上げると、後ろにいた精霊たちも一斉に腕を上げる。数が多いため、その勢いもなかなかのものだ。


「今こそボスに恩を返すとき、さぁ行きましょう!!」



◆◆◆◆◆



シェイドからの連絡を受けた僕は、精霊たちとともにシェイドがいる地点へと向かった。

100体ほどの精霊を従えて移動するのは大きな部隊でも持ったようだ。心強い仲間を得た僕はシェイドの元へと急いでいく。


「あ、あれは!?」


崖の下を見ると、シェイドとソフィアが捕まって木の柱にくくりつけられている。その反対側には透明な檻のような物に捕まっているアイシャの姿が。


その近くに天使の親玉のようなやつが1人。警備に天使が5人ほど。1人で行くには少々無理な人数だな。まずは奴らが何をしようとしているのか聞き耳を立てることにする。


親玉は、人間で言えば40代くらい、髪は短めでいかにもおじさんといった体型だった。

天使の隊服は着ているものの、ビール腹は隠せていない。


「どうだアイシャ、私と契約する気になったか?さもないと、そこの2人を焼き殺すぞ」


「アイシャ!!そいつの話を聞くな。私たちなら大丈夫だ。屈する必要はない」


「いきがるな、守護天使風情が。よくその状況で強気なことが言えたものだ」


天使の親玉から火球が放たれシェイドに炸裂する。


「ぐっ…!」


「シェイド!!」


火球を浴び、スカートが焦げ足の耐冷用スキンが剥がれ落ちる。


「次に舐めた口を聞けば消し炭にしてやる」


「くっ…耐冷仕様が仇になったな。通常ではなんともないものを」


「シェイド、無理しないで。彼を怒らせてはダメよ」


「どうだアイシャ、契約する気になったか?」


「……わかりました。だから、2人にはひどいことをしないでください」


シェイドを傷つけられ、籠の中で涙を流すアイシャ。その涙は氷となりアイシャの足元に転がる。


「よし、いい返事だ。おい、早速始めるぞ!!準備をしろ!!」


「はっ!!」


天使たちに命令し、籠を移動させる親玉。


「クソッ、シェイドを傷つけて……許さない」


僕は怒りを必死に抑えていた。


「ボス、一体どうするんですか?」


「この地形を利用する。ここに陣取ったことを彼らに後悔させてやる」


僕は精霊たちにある命令をし、突入の機会を待つ。


5分くらい経っただろうか。


アイシャは専用の手錠をつけられ、身動きの取れない状態になっていた。まわりも氷付けになっておらず、なにかしらで能力を封じられたと見える。


「よし、それでは契約を執り行う。汝、我を主とすることを誓うか」


「……ち、誓いま、す」


「汝、主の命には絶対遵守を誓うか」


「……誓います」


「よろしい、では契約の口付けを…」


「待ったー!!!」


水の力を借りて崖から勢いよくかけ降りる。後ろには100の精霊たちがついてくる。ウォータースライダーの要領で崖を滑りきると、親玉を蹴り上げた。


「ぐはっ!!」


勢いの良い蹴りをわき腹にくらい、吹き飛んでいく親玉。ナイスヒット!!


「大丈夫か、アイシャ」


「天寿様!!どうしてここに!?」


「皆を助けに来たに決まってるだろ。さぁ、ここから脱出しよう」


「な、なんだ!?お前は!!」


「通りすがりの一般人だよ。3人は返してもらう」


「はい、そうですか…と渡すわけがねぇだろ!!お前等やっちまえ!!」


清々しいほどの三下セリフ。そんなんじゃすぐやられちゃうよ。


「そう意気込むのもいいんだけど、大丈夫なのかな。逃げなくて」


「ハァ?何言ってやがる。囲まれて頭でもイカれたか?なんで俺らが逃げないといけないんだ?」


「うん、じゃあ上を見て」


そう言って僕は天を指差す。皆一斉に上を見る。


そこには、バカでかい魔法陣が空中に描かれていた。円を描きながらゆっくりと回っている。


「な、な、なんだあのでかさの魔法陣は!!?」


「さて、今から何が起きるでしょうか?」


「シオリ、まさか…」


「アイシャをさらったこと、ソフィアを捕まえたこと、シェイドに傷をつけたこと、全てを償うといい!!」


「今だ!!やってくれ!!」


「あいさー!!!」


僕の合図とともに、魔法陣から一気に大量の水が溢れ出す。勢いの良い洪水が天使たちを飲み込んでいく。


「うぉあぁぁぁ!!」


「うわー!!」


流されていく天使を横目に100の精霊たちは水に乗りシェイド、ソフィアの鎖を解いていく。


「あ、あなた達は……」


「シオリがやったのか、これは」


「ボスの作戦です。我々に任せてください!!」


シェイド、ソフィアを上に乗せ、いかだのように水を華麗に流れていく精霊たち。

僕もアイシャを小脇に抱える。精霊たちが運んでくれるので沈む心配はない。


「大丈夫か、アイシャ」


「は、はい!!」


「精霊たちが助けてくれたんだ」


「ありがとう…天寿様…」


ギュッと抱き着いてくるアイシャ。能力を封じられているため、僕自身が凍ることはない。


その時、水の中から親玉が飛び出してきた。翼を大きく広げ、こちらをにらんでいる。


「貴様、舐めたマネを…!!許さんぞ!!」


両手に火球をつくり出し、水を熱湯に変えていく親玉。


「あつっ!!あっつ!!」


「天寿様、大丈夫ですか!!」


徐々に温度が上がっていく。このままだと茹でだこになりそうだ。ソフィアとシェイド、精霊たちは無事なところまで避難したようだが、僕とアイシャ、支えてくれている精霊はまだ水の上だ。


どうする、このままだと全員死んでしまう。


「私を怒らせたことを後悔するといい!!このまま燃やし尽くしてくれる!!」


ボコボコボコと更に激しさを増す温度。さすがにこのままだと2人ともやばいな。アイシャは熱に弱いだろうし。


目をギュッと閉じていたアイシャが意を決したように目を開けた。


「……天寿様、お願いがあります」


「なんだ、アイシャ」


「私はあなたのために力を使うことを誓います。あなたは私のために力を注ぐことを誓いますか?」


「……アイシャ?」


アイシャの、今までに見たことのない真剣な表情。その瞳をじっと見つめる。


「……誓います」


「ありがとう、天受様」


そう言ってアイシャは僕の唇に自分の唇を重ね合わせた。目を見開いて驚く僕。


アイシャの記憶が、頭の中に一気に流れ込んでくる。


精霊として誰にも触れることが許されず孤独に生きてきた過去を―――。

唯一許された存在が水冷課の地霊であるディーネだった。ディーネだけは凍ることがなく、アイシャのそばに寄り添ってくれた。


そんなディーネも天帝の非道な仕打ちにより、まともな水が供給されなくなり、姿を保つことができなくなってしまった。天帝がいなくなり、天界でひとりっきりで過ごしていた時、ふと天寿シオリという人間の名前をある天使が話していたのを耳にする。


人間でありながら天帝を倒した存在、天界に衝撃を与えたその地上人はなんでも解決してくれるスペシャリストだと。


その時間コンマ数秒―――。

その間にアイシャの半生を垣間見た。アイシャは、本当に僕に助けを求めていたのだ。


「アイシャ…やるぞ!!」


「……はい!!」


僕とアイシャの掛け声とともに、熱湯が一気に氷へと変わっていく。

アイシャを抱きかかえたままその上に立つと、精霊たちの上に立ち親玉の方を見据える。


「さっさとくたばれぇぇぇぇ!!」


両手に火球をつくり出し、こちらに向けて投げつける親玉。


「シオリ!!よけてー!!」


ソフィアの叫び声が聞こえる。


「くたばるのは、お前の方だ!!!」


僕は片手を広げると親玉の姿と重ねる。グーに手を変えると、それと同時に親玉の

まわりに凍結した空気集まり、親玉を一瞬にして凍結させた。


驚いた顔のまま、氷漬けになり地面に落ちていく親玉。


天罰覿面てんばつてきめん、だな」


「……アイシャ、大丈夫か?」


「は、はい…大丈夫です…」


顔を真っ赤にしてうつむくアイシャ。先ほどアイシャにされたことを思い出して、僕も顔が赤くなる。


「ごめんなさい、天寿様!!あの、この状況を救うにはこれしかないと思って…あの…」


「アイシャのおかげで助かったよ、ありがとう」


アイシャの頭をポンと叩く。たしかに、あそこで魔法が使えなかったら親玉に勝つことはできなかった。


「…はい」


無事に氷から降り、久しぶりに地面に降りる。アイシャも精霊たちも無事なようだ。


「シオリ、大丈夫だったか!!」


「シオリー!!」


「ソフィア!!」


シェイドとソフィアが僕の元に駆けてくる。飛び込んでくるソフィアを受け止め、強く抱き締める。


「シオリ、無事で良かった…」


「あぁ、ソフィアも…」


「2人とも感動の再会のところ悪いんだが」


シェイドの空気を読まない言動。


「あ、あぁ!」


「そ、そうですね!!」


言われて慌てて離れる。


「じゃ、じゃあ今回の件はこれで一件落着かな」


「そうだな、まぁ厄介事も抱えたようだがね」


シェイドはそう言って苦笑するのだった。

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