44話_サキュバスと幸で不幸な訪問者(後編)
家のリビングに正座する僕、困ったように僕のそばにいるソフィア。ソフィアの服を代わりに着てソファに座るアナ。そして困ったように頭を抱えるチャミュ。
「シオリくん、これは私も予想してなかったよ……」
「いや、僕もまさか…こんなことになるなんて……」
正座をしながらアナの方を見る。涙目でこちらを見ているアナ。
まさか、アナが女だったなんて。
たしかに今思い返してみると、男にしては可愛い雰囲気があるなぁとは思ったのだが……恰好を見てすっかり男だと思ってしまっていた。
「私のせいでもあるんです。服を取りに行ってほしいと言ったのは私なので……てっきり男性かと思っていたので、」
「きちんと説明しておかなかった私も悪かったな。アナは見ての通り女性なんだが、ある理由で男性の姿をしている。それが今回こういう形を招いてしまったわけだが……」
チャミュは参ったようにこちらを見る。
「シオリくん、チャミュが規律によって厳しく育てられたという話は覚えてるかな?」
「あ、うん」
「天使の規律に『みだりに裸を見せるなかれ 見せるは婚約せし相手なり』という一文があってね。まぁ平たく言うと、結婚した人以外に裸を見せちゃダメだよ、という内容なんだけど」
見ちゃってる……というか触っちゃってる。僕の額を冷や汗が伝う。
「まさか、それに対するペナルティとか……」
「いや、そういうのは特にはないんだが……」
チャミュにつられてアナの方を見る。
「……触られたからには、シオリさんを連れて行きます」
「えぇ!!?」
突然のアナの言葉に驚くしかできない僕。
「だって!!それが規律ですから!!規律を破ることはできません!!」
順序が逆になっている気がするが、裸を見られても大丈夫という事実をつくるには
結婚するしかないということだろうか。
「私も初対面の方とこういう形になるのは不本意です。…ですが、規律は命より重いんです」
「ダメです!!」
「ソフィア…」
「そんな理由でシオリを連れて行くなんて。絶対ダメです」
断固としたソフィアの態度。
「あなたも天使なら規律の重さがわかるでしょう?」
「ソフィアは違うよ。まぁ、私もなんだが。天界の規律にはもう縛られていないんだ」
「そんな、チャミュ様が……!!?」
チャミュが言った言葉を信じられないという顔をするアナ。余程ショックだったのだろう。言葉を失っている。
「あの頃のチャミュ様はどこに行ったのですか!!?」
「残念ながら、今はもうあの時とは違うんだよアナ。地上にまで来てがっかりさせるのも気の毒なんだが、私はこの世界で暮らしていこうと思っている」
「そんな……」
がっくりとうなだれるアナ。すっかり生気が抜け落ちてしまったようにくらりと倒れてしまった。
◆◆◆◆◆
「で、どうするんだ。あのままにもできないだろ?」
「そうなんだが…。想定していた事態と全く違うことになっていて、どこから手を付けたらいいやら」
放心状態のアナをソファに寝かせてコソコソ話をする僕たち3人。
「私の予定では、アナが私を天界に戻そうとあれこれ仕掛けてくると思っていたんだが、あの様子だともう私に対する興味はなくなっただろうな。と、なると…」
僕の方を見てくるチャミュ。
「僕?」
「そうだ。女の子の裸を見てはたかれるだけだったらどれだけマシだったか。アナは規律を最も重んじ、規律の範囲内だけで生きてきたいわば“生きる規律”だ。それが、不意の事故にせよ、そういうことになってしまった以上、なんとしても規律を守ろうとするだろう」
そんな歩く六法全書みたいに言われても。などといらないツッコミを入れつつも、僕はどうしたものかと頭を悩ませていた。
「そんなに重いものなのか?規律って」
「全員がそうというわけではないよ。アナの場合は親が極端でね。最高の天使に育てるという親の理想が先行して育てられた結果、性別を偽り、規律を守ることに固執した子が出来てしまったわけだ」
「なんだかややこしいなぁ…」
規律は守るのに、性別は偽るのか。
「何かよい方法はないのですか、チャミュ」
「彼女に規律を破ってもらうか、シオリが彼女と結婚するか」
「会って間もない子と結婚なんて…」
「私は絶対に反対です」
「まぁ、私もそうは思っていないよ。問題はどうやって彼女を説得するかだが」
「あ、ここは……」
意識が戻り、ソファの上で体を起こすアナ。
「気が付いたかアナ、大丈夫か」
「は、はい。いっぺんにショックなことが起きて、気が飛んでしまい……。もう大丈夫ですか」
「そうか、こっちに来て色々疲れただろう。制服もクリーニングが必要だし、今日のところは私の家で休んでいくといい」
チャミュの巧みな誘導にアナもすんなり乗っていく。上手い、これなら記憶が曖昧な
うちにさっきのことも
「はい……って、そんなことはいいんです!!シオリさん、早いところ式を済ませないと」
「はい?」
「ですから、式です。式を挙げましょう。こうなった以上、私も覚悟を決めました。あなたをパートナーと思えるように努力しますので。まずは、形からいきましょう」
「ダメだったか…」
アナの記憶が一気に戻ったらしく、僕の手を取り玄関に向かおうとするアナ。
「アナさん、行かせません」
両手をバッと広げ、行く手を遮るソフィア。その腕をアナは片手で掴む、するとソフィアの体がくるりと一回転し床へと倒れこんだ。
「きゃんっ」
「ソフィア!!」
「邪魔をしないでください、今は手加減しましたがまた邪魔をするようであれば容赦しません」
「アナ、冷静になるんだ。大体、天使と人間の結婚になるんだぞ。いいのかそれで?」
「種族間については規律にないので問題ありません。それに、見たところ彼は好青年みたいですし、今のところ嫌な印象はないですね。互いに努力で歩み寄れるかと」
やけにポジティブな回答が返ってくる。規律によって全ての行動が決まっているかの返答。
「な、こういう子なんだ…」
これは厄介なことになりそうだな。そう思っていると玄関のチャイムがなった。新たな厄介の来訪を告げるチャイム音。
「あがるわよ…って姉さま!?それにシオリ、どういうこと、この状況は?」
玄関前で尻もちをつくソフィア、僕の手を掴んでいる謎の女。この状況から察したミュウが
選んだ選択肢は、
ぶふぉう!!
僕の顔面を蹴飛ばすことだった。アナの手を離れ、受け身を取れずに吹っ飛ぶ。
地面を滑る僕の顔を踏みつけるミュウ。室内なので靴はちゃんと脱いでくれている。
踏まれる足の奥に花柄紫レースのパンティーが見える。
「どういうことなのか説明しなさいな」
僕の顔を踏みつけるミュウ。心なし、というか普通に怒っているようだ。
「また面倒事を持ってきたのかしら……」
「ふぁい、すびばせん…」
頬の部分をぐりぐりとされて発音が変な感じになる。
「ちょっと、人のハニーになんてことを」
「…ハニー?」
ミュウの眉間に
「だってそうだろう。私が旦那で彼が奥さんになるんだから」
「旦那って…あなた女じゃないの」
ふにゅっ。
アナのおっぱいを迷いもなく触るミュウ。アナはいきなり触られて顔を真っ赤にして抗議する。
「な、な、な、なんてことをするんだ君は!!!」
「あなたが変なことを言うからでしょ。なんなのよ一体これは。まぁ、元凶はここにいるんでしょうけれど」
ぎゅっ
「あうっ」
今度は心臓部分を踏みつけられる。
「女で旦那?よくわからないわ。説明して頂戴」
ミュウの言うことも、もっともだ。僕の中でもだいぶ情報がごちゃごちゃになってきている。
「ミュウくん、天使の規律のことは知っているかい?シオリくんがアナの裸を見てしまってね。まぁ、事故だったんだが。それで彼女が彼と結婚しようとしていてね」
僕とアナのことを交互に見る。
「それで、なんでシオリが奥さんなのよ?」
「私は天界では男として生きなければいけないんだ。男と男が結婚するわけにはいかないだろう。だからハニーなんだ」
「ややこしいわね……。でも、シオリは男よ。それは変えられない」
「だから、彼には女装して過ごしてもらう」
「ハァ?」
更に訳の分からなくなる情報が入ってきた。僕が女装して嫁になる?
「それが規律を守るために最善の策だ」
「最善でもなんでもないし、そもそも本妻を差し置いて何を勝手に話を進めているのかしら」
「なにっ!?もう既に相手がいたのか…」
「私と姉さま、2人もいるのだからもう必要なくてよ。さっさと家にお帰りなさい」
色々とツッコミたいところなのだが。顔の上にお尻から乗っかられて喋るに喋れない。
まさに尻に敷かれている状態。とか上手いことを言っている場合ではない。
「ふぐぅ!ふぐぅ!」
「うるさいわシオリ、黙ってて。さぁ、これでわかったでしょ。あなたが入る余地は1ミリもないの。姉さまも何か言ってやって」
こういう時のミュウは強いな。バッサリ言葉で一刀両断にできる強さを彼女は持っている。
「しかし、それでは規律が……規律が守られない」
譲れない何かがあるらしく、
「複数人相手がいる人と結婚するのって、規律に引っ掛かりそうな気がするんだけど」
「天使の規律に人数に関するものはないんだ。むしろ、優秀な相手には複数いてもおかしくない」
「うーん、
天使の倫理観がよくわからない。もう別に裸見られたっていいんじゃないのか、くらいに思えるのだが(よくはない)。
「規律を守るためにも、彼は必要なんだ」
もはや規律を守るためだけに行動する天使。
「アナ、落ち着け。これは悪い夢だったんだ。これ以上気にすることはない」
「気にしないなんて無理です!!あんなに近くに、ハニーの顔があって……あぁ、思い出すだけで心が…」
「……あなた、もしかしてシオリのこと好きになってないかしら?」
ギクッ
ミュウの静かな声による追及。
「がっしりした体つきに惚れたりしたのかしら?」
「な、なぜそれを!?」
言って、あ、と声をあげるアナ。
「……アナ?」
「い、いや、そんなことないですよ!!男性ってこんなに固いんだ、とか思ったわけじゃないです!!」
しっかりと思ったことを口に出すアナ。ごまかすとかそういうレベルの話ではない。
「……」
「………」
リビングに訪れる沈黙。皆してアナの方を見る。
「と、とにかく!!規律を守るためにもハニーとは結婚します!!確定次項です!!」
「そうはさせないって言ってるでしょ!!あなたはお呼びでないの!!」
「あなたこそハニーのなんなんですか!!?」
「だから本妻だって言ってるでしょ!!それに、そのハニーってやめなさいよ。あなた、今日会った人をよく好きになれるわね!!」
僕が止める隙もなく2人の勢いがヒートアップしていく。
「わかったわ、そしたら勝負で決着を付けましょう」
「望むところだ!!」
「おーい、2人ともー?」
完全において行かれた僕とチャミュ、ソフィア。
僕はくっついてもらい、傷の手当てをしてもらいながらその光景を眺める。
「完全に私が想定しなかった流れになってしまったが…まぁ、あとは頼んだ」
「いやいやいやいや」
その場からいなくなろうとするチャミュの袖を掴む。
「こうなったら最後まで付き合ってもらうしかないよ」
「えぇぇ」
「えぇぇ、はこっちのセリフだー!!!」
ここからまさか急展開が待ち受けているとは、その時の僕は予想もしていなかった。
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