43話_サキュバスと幸で不幸な来訪者(前編)

その日は、珍しくチャミュが僕の家で夕食をとっていた。


なにやら困りごとがあるらしく、ソフィアに相談に来たらしい。僕は、その日色々あって遅く帰ってきたところだった。


「やぁシオリくん。お邪魔してるよ」


「珍しいな、チャミュが家で夕飯を食べているなんて」


「ちょっとソフィアに相談事をしていてね」


「なんなんだ?相談事って」


「シオリ、実は……」


ソフィアが迷ったように僕のそばに来る。


「チャミュの知り合いのことで、今どうしようか話をしていて…」


「知り合い?」


「私の元部下のことなんだけどね。ほら、私はソフィアと一緒にこちらの世界に来てしまったから、天界の仕事とはしばらく距離を置いていたんだ。それなんだけど、その部下がこの街に私がいることを突き止めてしまったみたいで。生真面目きまじめな子だから、直接こっちに来ると言っていてね」


「来ると、どうなるんだ?」


「おそらく私も含め、ソフィアとシオリくんも大変面倒なことになる」


「え?」


「名前をアナって言うんだが、由緒正しい天使の家系で生まれた子でね。アナくんは小さい頃から規律によって厳しく育てられた子だから、私が途中で天界を抜けたことを気にしていたんだと思う。だから今回の任務に志願したんだろうね」


「どんな任務なんだ?」


「天界から地上に降りた私を天界に戻すためだろうね。表向きは失踪しっそう扱いになっているはすだから」


「そうだったのか」


「だから、今回の件は少し面倒になるかもしれない」


「どう面倒になるのかイマイチつかめていないけど、僕に出来ることがあれば手伝うよ」


「ありがとうシオリくん。出来れば君とソフィアには迷惑をかけないようにしたいところだが。アナくんが君のところに来ないとも限らない。その時はすぐ私に連絡してくれ」


「わかった」


一通りチャミュは話をすると、夕飯の片付けをして自分の家に帰っていった。


夜になり、部屋に戻って寝ようとしていたところにソフィアがやってくる。


「どうかした?」


「いえ、今日のことが気になってしまって、眠れなくて」


「少し話でもするかい?」


「はい、隣座ってもいいですか」


「どうぞ」


僕は少し横にずれてソフィアが座れるスペースをつくる。


「チャミュって天界にいる時はどんな仕事をしてたんだ?」


「チャミュは天界の治安を守るお仕事をしていました。風紀の取り締まり、外敵との戦闘、要人の護衛など。その中でも隊長を務めていたんです」


「へぇ、そんな仕事だったんだ」


ソフィアの口から語られるチャミュの過去の人物像は、今からは全く想像のできないものだった。神出鬼没で、いつも何か働きながら僕たちの前に現れる。チャミュのイメージはそんな感じだ。


「その仕事が、ソフィアをこっちに連れてくるきっかけになるのか?」


「えっと…そうですね。この話を始めてしまうと、長くなってしまうので今度改めてお話しますね」


「あぁ、ごめん。寝る前なのに色々聞いちゃって」


「いえ、むしろシオリには知っていてもらいたいので。時間のあるときにきちんとお話させてください」


「うん、わかった」


「シオリにはいつも迷惑をかけてばっかりですみません」


「そんなことないって。ソフィアもこっちの世界に来て色々あるだろうし、もっと頼っていいんだから」


「シオリ…ありがとう」


僕の肩にもたれかかるソフィア。


「天界のことで、またシオリに迷惑をかけると思います。だから、シオリが辛いときは私を頼ってください」


「うん…そうするよ」


僕はソフィアの頭を優しく撫でる。


「そろそろ寝ようか」


「はい。おやすみなさい」


「おやすみ」



◆◆◆◆◆



翌日、前日とはうって変わってよく晴れた日だった。


前日できた水たまりを避けて歩く。僕はなくなった調味料を買い足すため、スーパーに向けて歩いているところだった。


そこに、見るからに場違いな人(?)が一人。白い制服に身を包んだパンツスタイルの男性。ショートカットに、童顔で可愛い雰囲気を漂わせている。背中には大きな翼が生えていて、どう見ても人間ではないだろう。


男性は僕に気付くと、ゆっくりこっちに近付いてくる。


「すみません、この家を探してるのですが、心当たりありませんか?」


「えっと、」


見せられた写真を見る。そこには僕の家が映っていた。ということは、やはり……。


「これ、僕の家ですね……」


「えっ!?」


「チャミュ様を知っていますか!?」


目をまん丸にしてグイッと近寄ってくる男性。顔が整っているからか、なんかドキドキしてしまう。


「し、知ってるけど……」


「案内してください!!そこに!!」


グイグイ来られてたじろぐ僕。チャミュにはもしかしたらこっちの方に来るかも、といった話は聞いていたが、まさか本当に来るとは。


「わ、わかったので落ち着いて…」


「…くぅ。まさかこんなに早く目的の場所を突き止められるなんて!!今日はツイてる!!」


喜びを爆発させる天使。よっぽどチャミュに会いたかったんだろう。


「じゃあ、早速案内お願いしま…」


バシャァッ!!


天使がお願いしますと言い終わる前にトラックが横切り、水たまりを思いっきり跳ねていった。顔付近まで泥だらけになる僕と天使。天使の方は真っ白な制服に汚れがついてるもんだから余計にひどく見える。


「……プラマイゼロ」


大変わやだな…」


天使は落ち込んだようにがっくりうなだれる。僕はまさかの展開に呆然としていた。


「ちょっと良いことがあったと思ったらこれだ……」


「あ、あの……家で汚れ落としましょうか」


僕はしゃがみこむ天使に声をかけて家に連れて行くことにした。



◆◆◆◆◆



しょんぼりする天使を連れて玄関へと入る。


「ただいまぁ…」


「お帰りなさい、シオリ。その格好、どうしたんですか!?」


泥まみれの僕と天使を見て驚くソフィア。そりゃそうだよな。


「ちょっとトラックに水たまりを引っかけられちゃってさ。シャワー浴びるから、詳しくはその後で」


「わかりました。そちらの方は、チャミュが言っていた」


「うん、アナさん」


「アナと言います。初対面なのにこんな無様な格好ですみません……」


「いえ、気にせずに。汚れ落としますから先にシャワーに入ってください」


「はい…」


風呂場へ案内するソフィア。


僕も上着、靴下を脱いでリビングへと上がる。


「あの方がアナさんなんですね。もっと厳しい方だと思ってました」


「うん、僕も」


「とにかく、チャミュには連絡しておきますね。シオリもアナさんが上がったらシャワー入ってください」


「うん」


「これ、アナさんの分のタオルです。あと、汚れを早めに落としたいのでアナさんの服も持ってきてもらえると助かります。私が行くのは忍びないので…」


「あぁ、そうだよね。わかった、聞いてくるよ」


さすがに初対面の男性の風呂場に入っていくのは無理だよな。タオルを持って風呂場の脱衣場へと入る。


「アナさーん、タオル持ってきましたー。ここに置いておきますね」


「あ、はーい。ありがとうございます」


シャワーを浴びている音が聞こえる。


「汚れ落とすんで服持ってっちゃいますねー」


カゴに入れられていた汚れた制服を持ち上げる。ジャケット、ズボン、シャツに白いブラジャーとパンティー。


ん?


「え!?あっ、ちょっ待っ!!」


僕がカゴの中身に疑問を感じているのとガチャッと風呂場の扉が開いたのはほぼ同時だった。


頭に疑問符を浮かべる僕に向かってシャワーで濡れた裸の女の子が入口に足を突っかけて僕に突っ込んでくる。それはスローモーションのようだった。


ドタァ!!


風呂場に響く衝突音。


次に気付いた時には僕の上に乗っかる女の子の姿。成長盛りの小振りな胸に、華奢な体のライン。


「…!?」


おまけに、先ほどの衝撃で唇と唇が偶然にも重なり合ってキスをする体勢になっていた。


互いに頭の整理が追い付かない状況、ようやく今何が起きたかを理解し、慌てて2人離れる。


「シオリ、大丈夫ですか?…えっ!?」


心配してかけつけたソフィアが見た光景は、シオリと知らない女の子がいる光景だった。


「…アナさんって女性だったの!!?」



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