10話_サキュバスと呪いと危険な赤

「よお、遅かったじゃないさ」


その出会いは、今日一日が最悪になることを告げていた。


下校途中、突如僕の前に現れた赤髪の女。

ソフィアを天界に連れ帰そうとした女性だ。


白いジャケットにお尻のラインがわかるぴったりとしたミニスカート、

色気が全面に押し出されたセクシーなお姉さん。そんな雰囲気だ。


「あ、あんたは……」


「そんなビビることないよ。別になにかしようってわけじゃないんだから。

いや、そうでもないのか?」


スカーレットはあごに手をあてて何か考えているような仕草をする。


「まぁ、いいや。今日は聞きたいことがあって来たんだ」


「……一体なにを聞きたいんだ?」


僕はいつでも逃げられるような態勢をとる。


「まぁまぁ、そんな警戒しないで」


「!!?」


気付けば、自分の後ろに回り込まれて首筋をなぞられていた。

一体いつの間に…。一切油断していなかったはずなのに。


「あら、意外と筋肉ついてるんじゃん」


お腹を軽くさすられて、首筋に唇を当てられる。


「な、なんの用なんだ?」


相手の神経を逆なでしないように恐る恐る尋ねる。


「あんたの家にソフィアがいるんでしょ?」


「あ、あぁそうだ。」


「なんでソフィアを受け入れたの?」


「なんでって…」


親父とチャミュの約束だったから、というのが理由だが、

言葉に困っているとスカーレットの手が僕の服の中まで入ってきた。


「ソフィアがいると面倒じゃない?」


「そ、そんなことはない」


「本当かなぁ?」


クスクス、と笑いながら僕の耳元でささやくスカーレット。


「ソフィア、相手の大事な天使まで奪っちゃう悪女なんだよ?」


意地悪そうな声。


「ソフィアはそんなことしない!!」


「まぁたムキになっちゃって~」


振りほどこうとする僕をあざ笑うかのように翻弄ほんろうする。


「断言するよ。ソフィアと一緒にいるとあんたは不幸になる」


「そんなのわからない」


「わかるんだなぁ~」


スカーレットは鎌を手に、不敵に笑う。


「まぁアタシの親切が聞けないって言うなら、それはそれでいいんだけど。ソフィアを連れて帰れって言われてるだけだから、あんたがどうなったところで、“誰も困らない”」


スカーレットの表情が少し恐いものになる。


「一体誰に言われてるんだ?」


「ナ・イ・ショ」


人差し指を唇に当てて、片目を閉じる。


「もう一度だけ言うよ。ソフィアから手を引く気はない?」


「ない」


今更何を言われたってソフィアを見捨てる気はさらさらなかった。


「そう、じゃあ仕方ない」


そう言うと、スカーレットは僕の心臓に手を当てた。


「あんたの覚悟がどんなものか、試してあげるよ」


ズキン!!


刹那、軽い衝撃と頭に痛みが走った。


「うっ……何をしたんだ」


「アタシのマークを付けてあげたの。これから24時間、あんたは女性が欲しくて欲しくてたまらなくなる。ソフィアが大事だって言うなら、そのくらいの誘惑に耐えられるでしょ?ソフィア、襲われるの大嫌いだものね。」


左胸付近がズキズキと痛む。


「もしそれに耐え切れたら、ソフィアを連れ戻すの、考えてあげてもいいかな」


「……本当だな?」


「耐えられたらね?まぁ、無理だと思うけど」


「やってやるさ…」


若干視界が歪む。

スカーレットを見ているだけで、ムクムクと邪な感情が頭をもたげてくる。


それを必死に理性という鎖で縛り付ける。


「じゃあ、あんたの忍耐力がどんなもんなのか楽しみにしてるから」


スカーレットはそう言うと、風と一緒に消え去って行った。


◆◆◆◆◆


「おかえりなさい、シオリ」


「ただいま……」


ふらふらになりながら家の玄関までたどり着く。


おそらくスカーレットのせいだろう、身体がひどく熱い。


「大丈夫ですか?」


心配して近寄ってくるソフィア。


「!!?」


ソフィアが僕の体に触れた瞬間、全身に衝撃が走る。


ソフィアにもっと触れたい衝動が思考を埋め尽くしそうになる。


「だ、大丈夫!!」


慌ててソフィアから距離を置く。

呼吸が荒れ、鼓動が大きくなっていく。


「シオリ…?」


「僕、ちょっと部屋で休んでくるよ。ソフィアは気にしないで」


ふらふらしたまま、階段を上っていく。


部屋に入り、シャツを脱いで左胸を鏡で確認する。

Rを反対にしたような文字が、赤く浮かび上がっていた。


「わやだな……。」


衝動が駆けあがってくるのを感じ、そのままベッドへと倒れこむ。


目を閉じるが、頭の中に次々といけない妄想が駆け巡る。



下着にセーターだけを着た妄想のソフィアが現れ、四つん這いになって僕の方に近寄ってくる。


たわわに揺れる2つの乳房が、セーター越しにブラと一緒に見え隠れする。


(ダメだ……!!違うことを考えないと……!!)


必死に違うことを考える。


ギュッ。


次は、ナース服を着た妄想のミュウが、横になっている僕の顔を踏みつけてくる。

スカートが徐々にまくれ上がっていき、中が見えそうで見えない絶妙な角度に……。


(違う違う!!!)


頭を振り、煩悩を振り払おうとする。


チアガール姿に変装した妄想の香山が現れる。

ポンポンを持ちながら、腰を突き出したポージングをとる。

これくらいの妄想なら大丈夫か、と思っていたがIの字にゆっくり開脚を始める香山。


(やばいやばいやばい!!!)


頭がグルグルと回って判断力が鈍ってくる。近くに誰かがいれば、誰でも構わず

襲い掛かってしまいそうだ。スカーレットの呪いは相当に厄介なものだった。


(どう?結構凄いでしょ?)


頭の中に、スカーレットの声が響く。


(これも呪いの影響なのか?)


(呪いってのは聞き捨てならないな、それはアタシの印。それがある限り

いつでもアタシとコンタクトがとれるよー)


妄想の中に、スカーレットが現れる。


右膝を降り、左膝を延ばした格好で僕を煽ってくる。

ミニスカートと太ももの隙間が、強烈に気になって気になって仕方がない。


スカーレットが徐々に近付いてくる。


(私が欲しくなったらいつでも呼んでいいよ。我慢してると体に毒だよ?)


スカーレットの誘惑、猛烈に魅力的だ。

いつもだったら問題ないのに何千倍もの破壊力がある。


ガンッ!!


その時、頭をフライパンで叩かれたような衝撃を受ける。


痛みに目を開けると、頭上にフライパンを持ったミュウがいた。

実際にフライパンで殴られていた。


「???」


「スカーレットにやられたんでしょ」


ガバッと僕のシャツをはぎ取るミュウ。


「やっぱり…」


「シオリ……」


「こうなったらダメね、印が消えるまでは安静にしないと。一体いつスカーレットに会ったの?」


「………学校の帰りに」


「簡単にやられちゃって。間抜け」


被害者にムチ打つミュウの言葉。容赦がない。


「この印がある限り、見境なく女性を襲うはずなんだけど。少しは理性があるみたいね」


「……わかってるなら、離れるんだ……」


「バカじゃないの、あなたなんかに襲われるほど弱くないわ。それより良い機会だからいじめてあげる」


ミュウは意地悪く笑うと、スカートの裾に手を伸ばした。

ゆっくりとスカートをたくし上げふとももがあらわになっていく。


「ほら、気になるでしょ?」


うずくまって丸くなる僕。


「こっちを見なさいよ!!もう!!」


「ミュウ、シオリを休ませてあげて」


「姉様、でもこいつが弱ってることそんなにないから、良い機会なのよ…」


しれっとひどいことを言うな。


「無理矢理はよくないわ、相手の気持ちを考えてあげないと」


「姉様……、わかったわ。あなた、姉様に感謝することね」


わかった、と手で合図をする僕。もはや喋るだけでエネルギーが奪われていく。


そのうち、頭がふらふらしてそのまま意識を失ってしまった。

自分が気付いた時には、部屋の中は真っ暗だった。


……。


時間はどれくらい経ったのだろうか。

ふらふらする頭を押さえて、ベッドから起き上がる。


「あ………」


リビングには、ラッピングされた炒飯とスープが置いてあった。


ソファではソフィアが丸くなって眠っていた。

落ちかけているタオルをかけ直してあげる。その時、一気に邪な感情が頭をもたげてくる。


(襲え…襲っちゃえ……!!)


スカーレットの声が聞こえてくる。


強烈な脅迫観念。僕の腕が、ソフィアの胸元へとゆっくり伸びていく。


「……う、うぅん……シオリ……」


ソフィアの寝言が、自分の邪心に楔を打ち込んだ。


(それは、やっちゃいけない)


(なんで!!?どうして襲わないの!!?)


スカーレットの声が消え、頭が一気に冴え渡っていく。

思考がはっきりとし、テーブルへと向かう。


「ありがとう、ソフィア」


ソフィアのつくってくれた炒飯とスープを電子レンジで温め、一口噛みしめながら食べる。

1人では味わったことのない安心感。家に誰かがいてくれるだけで、こんなに安心できるんだな…。


◆◆◆◆◆


次の日の朝は、目もすっきり冴えいつもより元気だった。

起きてきたソフィアに挨拶する。


「昨日はありがとう、ソフィア」


「元に戻ったんですね、シオリ。良かったです」


「うん、誘惑に負けそうだったけどソフィアのおかげで助かったよ」


「私のおかげですか?」


不思議そうにこちらを見つめるソフィア。そうか、ソフィアは寝てたから知らないのか。


「うん」


「シオリの役に立てたなら良かったです」


「朝ごはん、食べようか」


「はい」


◆◆◆◆◆


下校時、昨日スカーレットと会った場所までさしかかる。


「アタシの印を消すなんて、予想外だったな」


街灯の上に座っていたスカーレットが、スタッと降りてくる。


「24時間経ってないのに、どうやったの?」


「ソフィアのおかげだ」


「愛の力だとでも言いたいの?ハハハハッ!!!」


お腹を抱えて笑うスカーレット。


「何がおかしい?」


「サキュバスに対して愛を説くって、あーおかしい」


「内容はどうでもいい。僕の勝ちだ、ソフィアにはもう迷惑かけるな」


「そんなにソフィアのことが大事なんだ……。なんでそんなに大事なの?」


スカーレットはムッとした表情になり、こっちに近づいてくる。


「君に興味湧いてきた。ソフィアから奪ったら、どんな顔するかな?」


スカーレットはにっこり笑うと、僕の頬に軽くキスをした。


「なっ!?」


「決めた!!君を私のものにしよう。じゃあねっ!!」


スカーレットはくるりと1回転すると、ニーッと笑っていなくなってしまった。


誰もいない通りで1人立ち尽くす僕。面倒が更に増えてしまったようだ。


「わやだな……」


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