9話_トラウマを乗り越えて

テーマパークアクエリアンの一件以来、

家の雰囲気はソフィアが初めて家に来た時依頼の静かな感じに戻っていた。


体調は元に戻ったようだが、

朝の挨拶もなんとなく元気がない。


「ソフィア、具合は大丈夫?」


「ええ、すっかり良くなりました。心配かけてすみません」


「いや、元気になったのなら良かった」


「はい……」


「……」


「…………」


いつも以上に会話が続かない。


できるなら、僕の力で元気付けてあげたいけど。


「ソフィア、今日この後公園行かないか?」


「公園ですか?…でも、また外に出て……」


「大丈夫、僕がなんとかする」


「……シオリ…。はい」


「ワシも行くぞ」


隣でボールと戯れていたフーマルがこちらを向いた。

こいつがいると何かと便利だったりするし、まぁいいか。


「わかった、変な行動はするなよ」


「ワシを誰だと思ってるんじゃ。失礼な奴じゃ」


◆◆◆◆◆


「キャンッキャンッ」


「や~ん、モフモフで可愛い~」


「こら、そこはダメだぞ~」


可愛らしい女子学生2人とじゃれ合うフーマル。

しっかり胸を揉んだり、スカートの中に入ってセクハラ行為を繰り返している…。


「知らん顔しよ……」


ベンチに座りながら呆れ顔でその光景を見つめる僕。

ふと、横を見ると不安そうなソフィアの顔が視界に入った。


なにか気の利いたことを。

考えてみるが特に思い浮かばない。このまま沈黙が続くのも居心地が悪い。


「ソフィアが来てからさ、家がだいぶ賑やかになったんだ」


僕が今思っていることを、口に出してみることにした。


「僕って一人っ子で、親父も仕事でずーっと家にいないからいつも一人だったんだ。楽しくても、寂しくても。そんなもんだと思ってた」


「………」


「でもソフィアが来て、一緒に楽しいことや辛いことを共有できて、上手く説明できないけど、もっとこういう経験がしたいなって思った」


「シオリ……」


「僕、ソフィアの力になれればっ……て!?」


ソフィアの目に涙が見える。


「あ、い、いやそういうことじゃなくてね!!ソフィアが笑ってないとなんか寂しいんだ…ってことを伝えたくて…」


「シオリ…ありがとう」


ソフィアは片手で涙を拭った。


「私の話、少し長くなりますが聞いてくれますか?」


ソフィアの真剣な眼差し。


「………うん」


僕はソフィアの目をまっすぐ見て頷いた。


ソフィアは目を閉じ、呼吸を整えると覚悟を決めたように話し出した。


◆◆◆◆◆


「私の家は、代々天使の家系でした。天使とは、神の使い。天界において天使は清らかさ、正しさの存在そのものでした。私の母もそんな厳格な環境の中で育ちました。普通だったら、私は天使として生まれるはずだった。しかし、私たち3姉妹は天使とインキュバスのハーフとして生まれました」


インキュバスって…いわゆるサキュバスの男性版だ。

どうしてインキュバスが?


「母は、父について教えてくれたことはありません。私も会ったことがないのでどんな人なのか知りません。けど、天使とサキュバスの能力が混ざったことにより、私たちの生活はだいぶ変わってしまいました」


「暮らしは変わらず天界での生活です。そこで、サキュバスの能力が次第に現れるようになりました。姉はサキュバスも天使の能力も使いこなし、上手に生活できていたのですが、私はどうしてもサキュバスの能力を抑えきれず……。結果、たくさんの天使に迷惑をかけてしまいました」


思い出したくないことを絞り出すように話すソフィア。


「相手がどんな天使かもわからないまま、大勢から一方的に求愛される毎日にすっかり怖くなってしまいました……家族以外でまともに話せる相手もいなくて……」


「……」


「その時に会ったのが、チャミュだったんです。チャミュは家族以外で唯一普通に話せる天使でした。普通に会話できることがどれだけ助かったか。チャミュの薦めで封魔の眼鏡をすることで生活はだいぶ楽になりました。サキュバスの能力は多少影響するものの、それでもだいぶ解消されるようになったので」


「そうだったんだ…」


「はい、それで、えっと………」


急に言葉がたどたどしくなるソフィア。


「もっと、静かに生活がしたいって思うようになったんです……。天界では、私の噂が色んな形で広まってしまっていてどうしても無理だったので、チャミュにお願いしてこの人間界に………」


なるほど、そういうことだったのか。

今の話を聞いて合点がいった。


「それで僕の家にきたのか。でも、それなら別の誰かの場所でも良かったんじゃ?」


「そ、それはですね……えっと…」


しどろもどろになるソフィア。なんか意地悪な質問だったかな。


「ごめんごめん、そういうことじゃなくて。ソフィアのことが知れて良かったよ」


彼女の心の悩みはずっと続いてきたことだったんだ。

それを少しでも知れて、今日は良かったと思う。


「それじゃあ少なくともソフィアは僕とコミュニケーションを取りたいって思ってるってことなんだね」


「は、は、はい……そうです」


なんだろう、その言葉がたまらなく嬉しかった。


「そっか、はは。なんか照れるな」


「……///」


お互いベンチでもじもじし出す。


「話はもう終わったかしら?」


「うおわっ!!」


後ろから聞こえてきた声に驚いて立ち上がる。


「姉様、元気になったみたいね」


「ミュウ、この前はありがとう」


ソフィアの言葉に少し頬を赤らめるミュウ。


「な、なんてことはないわ。で、姉様が元気になったことだしお迎えに来たの」


「迎えって……」


「あら、前にそう言ったでしょ?私は姉様と一緒に暮らしたいの。スカーレットと一緒にしないでよね。姉様には変わらず自由に過ごしてもらうわ。ただし、天界で」


ミュウはそう言うと、何もない空間から黒薔薇のレイピアを取り出す。


「じゃあ、ミュウもここで一緒に暮らせばいいじゃないか」


「冗談はよしなさいな。どうして私が人間界で暮らさないといけないのかしら?」


レイピアを僕の首筋に突き立てる。


「ミュウ!?」


「姉様は動かないで。あなた、この前のことで仲良くなれたとでも勘違いしてるんじゃないの?」 


「僕は、思ってる」


刃に臆することなく、ミュウの目を見つめる。


「ふんっ、その目気に入らないわ。けど、まぁ下僕になるって言うなら使ってあげないこともないけど?」


「断る」


「あなたに選択権はないのよ」


そう言って僕の目を凝視するミュウ。

ミュウの目が赤紫に光り、何かが僕の目に向かって飛び込んでくる。


「!!?」


「さあ、ひざまずきなさい」


地面を指さし、

勝ち誇ったように冷酷な目をするミュウ。


ミュウに言われるがまま、膝を曲げ……曲げる途中で気がついた。

自分の意志で膝を曲げようとしていることに。


危うく言われた通りにするところだった。


そのまま、元通り立つ僕。


「??何をしてるの、早くひざまずきなさい」


「いや、僕効いてない」


「!!?」


ミュウだって半分はサキュバスだ。

さっきは魅了の効果を僕にかけようとしたのだろう。


それが何故か僕には一切聞いていない。


「なっ、どうして!!?どうして効かないの!?」


屈辱的なことを言われ、顔を真っ赤にするミュウ。


「おかしい、そんなはずはないわ!!」


僕の顔をじーっと凝視してくるミュウ。


「どう?私がほしくてたまらないでしょ?」


「いや、全然…」


本当になんともない。むしろ、意地になっているミュウが可愛らしく思える。


「どうして、どうしてよ!!」


「ミュウ、落ち着いて……」


「姉様は黙ってて!!こんなの私のプライドが許さないわ……!!」


サキュバスとしてのプライドをズタズタにされ、激昂するミュウ。

更に過激な行動へと出る。


「ミュウ、なにを!!?」


「あなたは黙っていればいいの。」


そう言うとミュウは僕の手を掴み、自分の胸へと導いていく。

僕は咄嗟に手を握ろうとするが、手のひらを押さえられてしまい、

柔らかな感触が手のひらに伝わってくる。


「どう?興奮してきたでしょ?」


「ミュウ!!こ、これはサキュバスとは関係ない!」


恥ずかしくなって手を離そうとするが、ミュウは僕の手をギュッと握って放さない。


そのうち、僕の反応が変わらないことに段々と焦りの表情になっていく。


「どうして……どうしてよ……」


ミュウの目に次第に涙がたまっていく。 

「ミュ、ミュウ……?」


その時、ソフィアがそっと近寄ってきてミュウの頭を撫でた。


「ミュウ、そんな風にしてはいけないわ」


「う、う…姉様…うわ~ん」


僕の手を離し、ソフィアに抱きつくミュウ。

さっきとは違い、まるで赤子のように泣きじゃくる。


「この子、私と似ていてサキュバスの能力にコンプレックスがあるんです。私とは逆で、能力が弱いことに」


ソフィアの切ない表情に、大した返事もできず、僕はただうなずくしかできなかった。


◆◆◆◆◆


「すっかり寝ちゃったみたいだね」


ベンチに座る僕とソフィア。

ミュウはソフィアの膝の上ですぅすぅと寝息を立てている。


「ええ、ミュウも色々ストレスを抱えてたんだと思います」


「こうやって見ると可愛らしいんだけどね…」


「私たち姉妹は色んな目にさらされてきたので。ミュウはミュウなりに苦労してきたんだと思います」


「ミュウも家に来ればいいのに。まぁ、彼女がそれを素直に受け入れるとは思えないけど」


「いつか私たちの思いがこの子にも届いてくれるといいですね」


「うん……」


「ソフィア、さっきも言ったけどさ」


「はい?」


改めてソフィアの方を見る。視線はきちんと合っている。


「あ、あのさ」


ダメだ、恥ずかしくて逸らしてしまった。


「これからも、ソフィアとは色んなこと一緒にしたいなって、思うから……よろしく」


「は、はい、こちらこそ……」


顔を真っ赤にして右下を見つめる2人。


「むにゃむにゃ、う~ん……」


「あっ、起きた」


「……ハッ!?」


眠りから覚め素早く起きあがるミュウ。


「最近ちゃんと寝てるの?無理はダメよ」


「疲れたなら家に来な」


「う、う、うるさいわね!!今日のところはこれくらいにしてあげるわ!!」


「姉様、次は迎えに来るからね!!」


ミュウは慌ててその場から退散してしまった。


「ふふっ」


「はははっ」


それがおかしくて2人で笑い合う。


「じゃあ、帰ろうか」


「はい!あっ、シオリ」


「なに?」


「今日はシチューをつくりましょう」


「いいね、じゃあスーパー寄ってこうか」


「はい」

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