8話_サキュバスとスプラッシュとポニーテール2

~前回のあらすじ~

天使チャミュのはからいで、水のテーマパークアクエリアンにやってきた

僕とソフィアに香山、ミュウ(と勝手についてきたフーマル)。


水着に着替えていざ遊び始めたはいいものの、

ミュウが全く泳げないとわかり、一から教えることになったのであった────。


「こら、離したら承知しないんだからね!!」


「大丈夫だ、ほらちゃんと掴んでるから」


水の恐怖を克服するために、浅いプールで顔をつける練習を始めた僕とミュウ。


「息を吸って止める、顔を水につける、顔を上げる。それだけでいいから」


「わ、わかってるわよ」


緊張した面持ちで水と向き合うミュウ。

大きく息を吸い、一気に水に顔をつける。


「………」


10秒が経つ。


ばしゃん!!


勢いよく水から顔を上げるミュウ。

しかし目は閉じたまま、ついでに言うと呼吸も……。


「ミュウ、顔上げたら呼吸していいんだからな…」


「ぶはぁっ!!」


僕の言葉と同時に息を吐く。


「そ、それは先に言いなさいよね!!ゴホッゴホッ」


相当テンパってるみたいだな……。


「いや、悪い。そこまでとは……少し、休もうか」


息を切らしているミュウを支えて、ビニール製の椅子まで連れていく。


「はい、クレープ」


屋台で買ってきた苺とチョコホイップクリームがたくさん入ったクレープをミュウに渡す。


「………」


それを黙って受け取るミュウ。


匂いを嗅いだりして怪訝な表情を浮かべていたが、美味しそうな物だと

気付くとクレープに思いきり、かぶりつく。


「………!!」


声には出さないが、美味!と顔に書いてあるくらいわかりやすい表情。

こういうのを見ていると本来は素直な子なんじゃないかと思ってしまう。


「……なによ」


鼻の頭にクリームをつけながらこっちをにらむミュウ。


「いや、なに。喜んでくれて良かったってさ」


「……このくらいで私を懐柔かいじゅうできたと思わないことね」


「そんな、思ってないよ」


「本当かしら」


ふんっ、と被りを振った後にクレープをほうばる。

疑いと喜びの表情差が激しいが、手のかかる妹だと思えば可愛くないこともない。


「それはそうとあなた、姉様のところに行かなくていいのかしら?ここで

私の相手をしている暇なんてあるのかしら」


「そうしたいのは山々なんだけど、あっちはあっちで楽しそうだし」


「……お人好しね。姉様、ああ見えて抜けてるんだから。まぁ、そこも姉様の良いところなのだけど」


「ソフィアが抜けてるって?」


「姉様はね、天界では超超超のつくほどの人気者だったの。それはもう引く手数多だったわ。でも、そのせいでいっつもトラブルに巻き込まれてたの。あなただって

いくつかは思い当たるでしょ?」


たしかに、ミュウの言う通り、

ソフィアは自分でトラブルを引き起こすより、巻き込まれる側だ。


ミュウはクレープを最後まで食べ終わると、鼻のクリームをすくい取ってペロリと舐めた。


「あなたは、この場所が姉様に危険が及ばない場所とでも思っているのかしら?あの滑り台で“眼鏡が飛ばないとでも”?」


ミュウのその一言で、僕は自分の危機管理能力の低さを反省した。


ソフィアたちが向かっているところは、

アトラクションの中でも動きの激しい滑り台スプラッシュスライダーだ。


眼鏡が飛ぶことは十分あり得る。


うっかりしていた!!


「悪い!!ソフィアのところに行ってくる!!」


僕は、ソフィアたちのいる滑り台へと駆けて行った。


「……クレープ、美味しいわね」


ミュウは天寿を見た後、空になったクレープの包み紙を眺めていた。


◆◆◆◆◆


楽しいアトラクションに水着ということで

すっかり浮かれていた自分に喝を入れ直し、滑り台の階段を駆け上がる。


丁度、滑り台の一番上のところにいる香山とソフィアを見つけた。

大きな浮き輪を抱え、丁度これから滑ろうとしているところだった。


「ソフィアー!!!」


階段を上りながら必死で呼ぶ。

急に動いたせいで脚が悲鳴を上げながらも必死に動かす。


ソフィアは僕の声に気が付いたのか、下の方を見て手を振ってくれた。

ただ、なんて言っているか聞こえない。


そのうち、香山に連れられ、滑り台の方へと行ってしまった。


間に合わなかったか──。

でも、あきらめちゃダメだ!!


追いつけばなんとかなる。

僕は最上階まで辿り着くと、滑るための浮き輪をとり滑り台を降りる。


ズザァァァァ!!!


思った以上にスピードが出るこの滑り台!!


ソフィア達は大丈夫なのだろうか。

こういうのって最後にはプールに落ちて大きなしぶきが出るんだよな。

完全にやばい。


「へい、楽しんでるかボーイ」


横を見ると、同じく滑る物体がひとつ。

小さい浮き輪に乗ってサングラスをかけたフーマルだった。

お前それどこから持ってきた。


「お前……」


「せっかくのアトラクション。楽しまないと損だぜ」


「よく監視員にバレないな…」


「それはそうと、いいのか。お嬢がもうすぐプールに落っこちまうぜ」


「お前も気づいてたのか」


気付いてたなら早く言え、という言葉を飲みこみ下のプールを見つめる。

次々と上がる水飛沫が見える。


「しかし、ワシならこの危機を回避できる」


キラーンとフーマルのサングラスが光る。


「なんだって!!?どうするんだ?」


フーマルの前足が触手のようにうにょりと伸びる。

それ気持ち悪いからあまりやらないでほしい。


「まさか、それで眼鏡を……」


「そう、これで確実にキャッチだ」


そんなことできるのか…。疑いの眼差しをフーマルに向ける。


「どうする?やるか、やらないか」


しかし背に腹は代えられない。


「頼む!」


「じゃあ、これやな」


そう言い、金を寄越せのジェスチャーをしてくるあくどいポメラニアン。


「このっ……!!」


「いいのか?お嬢を見捨てることになっても」


痛いところをついてくる、考えている時間もない。


「うめぇ棒10本!!」


「いや、20本!!」


「15!!」


「わかった!!」


 それで手を打つ、と言った時、滑り台が終わり一気に大きな飛沫が僕を襲ってきた。


ガボッ!!


慌てていたため、少し水を飲んでしまう。

そこに、僕の左手に握られる桜色の眼鏡。


フーマル……!!よくやった!!


一気に意識が覚醒し、水の中から跳び上がる。


「ぷはーっ!!ソフィアー!!」


大きく息を吐き、ソフィアの名前を叫ぶ。


「天寿くーん!!ソフィアちゃんがー!!」


香山の声だ。


声のする方へ一目散に駆けていく。


そこには目を閉じてうずくまっているソフィアを心配そうに

声をかけている香山の姿があった。


「ソフィア!!」


ソフィアに駆け寄って、手に持っていた眼鏡をかけてあげようとする。

が、足がもつれて前のめりに転んでしまった。


丁度ソフィアの体と接触し、眼鏡がソフィアの顔に収まる。


「ソフィア……」

「……シオリ?」


目を閉じていたソフィア。ゆっくり目を開ける。


気付けば、僕とソフィアの顔の距離は本当に目と鼻の先だった。

それはもうお互いの鼻が触れてしまいそうなくらいに。


目と目が合う、それはほんの数秒のことだったのだが僕にはとてつも長く感じた。

ソフィアの瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、薄紫の輝きが素敵だと思った。


「……/////!!!!」


そして、状況を理解して急激に恥ずかしくなる2人。


顔を慌てて離そうとするが、疲れで体がもつれ、激しく密着してしまう。

手を滑らせてソフィアの体にもたれかかる形になる。


胸全体でソフィアのおっぱいの柔らかさを感じる。ドクンドクンと鼓動が早くなる。


「ごめん……」


「いえ、大丈夫です……」


優しく抱き締めてくれるソフィア。ソフィアの心臓の音も聞こえてくるようだ。


「僕がもう少し早く気づいていれば…」


「いえ、私も不注意でした…ありがとう。シオリのおかげで助かりました」


「ソフィア……」


「シオリ……」


体を起こし、互いの手をとり見つめ合う。

徐々に顔と顔が近付いたその時、


ギューッ!!


突如背中に、2つ柔らかいものがくっついてくる。


「!!?」


びっくりして後ろを見ると、香山が僕に抱き着いていた。


「天寿く~ん……」


目が座っている。これは……ソフィアの魅了が効いている……。手遅れだった。


◆◆◆◆◆


「ふぅ……」


魅了にかかった香山をソフィアの能力で無理矢理直し(記憶はまた飛んだ)、

意識を失った香山を座らせ、休憩所で休む僕とソフィア。


「疲れたな……」


「えぇ……」


「僕、何か買ってくるよ。ソフィア、何食べたい?」


「シオリのオススメを食べてみたいです」


「わかった。じゃあ、香山のことだけ頼むよ」


「はい、気を付けて」


流石に色々動いてお腹が空いたな。何を食べようか悩んでいると、

足元に何か小さいものが寄って来た。


凝縮された野球ボールみたいな形状。足があるから動物のようだが…。


「上手くいったようだな」


聞いたことのある声。


「お前……」


「なんだ、せっかくワシのおかげでお嬢にアピールできたというのに」


「フーマル!!?」


洗濯機でもまれたように毛がすっかり縮み、最早別人(犬?)だった。


「お前、水に入るとそんな感じになるんだな……」

ふわっとした丸っこさがなくて余計気持ち悪く感じる。


「約束、忘れてないだろうな?」


「わかってるよ。帰ったら買ってやる」


「よし、それでいい」


満足気なフーマル、こいつのおかげで今日のトラブルも回避できた(一部あったが)し

褒美くらいあってもいいだろう。


「どうだい、楽しめてるかい?」


「ああ、おかげさまで……って!?」


食べ物を買おうと思っていたところに、思いがけない人物が現れた。


金髪をポニーテールして束ね帽子をかぶり、首からは警告用のホイッスルを下げている。

緩めのシャツの下にはなかなか攻めたV字のセクシーな水着を着ている。


「チャミュ!?仕事じゃなかったのか?」


「ふふ、これが今の私の仕事だよ」


チャミュはしてやったり、とでもいうように笑った。


「ソフィアは少しトラブルがあったものの、大丈夫だったみたいだな」


「あぁ、なんとか事故は免れたよ」


フーマルのおかげで、と言おうとして下の方を見ると

そこにいたはずのフーマルが忽然と姿を消していた。


逃げたな……。相変わらず逃げ足の速い奴だ。


「どうかしたのかい?」


「いや、こっちの話」


なんでもない、とチャミュに手を振る。


「そうか。まぁ、なんにせよ楽しめているようで良かったよ。それじゃあ、そろそろ私はこの辺で。ゆっくりして行ってくれ」


「ああ、ありがとう。チャミュ」


その時、


「きゃー!!!」


ソフィアのいる方から、客の叫び声が聞こえてきた。


「!!?なんだ、なにかあったのか!!」


「そうみたいだね、行ってみようか」


急いでソフィアの元へと戻る。そこにはソフィアの腕をつかむ赤髪の女の姿があった。


「ソフィア!!」


「シオリ……来ちゃダメ……」


腕をつかまれ苦しそうにするソフィア、その顔には眼鏡がされていなかった。

薄紫色の瞳が徐々に赤紫へと変わっていく。


赤髪の女性は僕とチャミュの方を見ると意地悪くニヤッと笑った。

ソフィアを掴んだ反対の手にはソフィアの眼鏡があった。


「やぁ、泥棒猫」


ショートカットにピアス。

白いジャケットにミニタイトのジーンズにブーツ、中は黒のタンクトップと実にラフな格好だ。タンクトップの横からはエメラルド色のブラ紐がチラ見えしている。


どう見ても、客としている恰好ではない。


「天界から逃げてどこに行ったのかと思ったら、こんなところにいたとはね」


「やめて、痛い……」


赤い髪の女は怒りをこらえるようにソフィアの腕に力を入れる。


苦悶の表情に歪むソフィア。目は発光を続け、とても辛そうだ。


「ソフィア!!待ってろ、今助ける!!」


助けに行こうとする僕をチャミュが制する。


「……チャミュ?」


「ここは私に任せてくれ。結構面倒な相手だ」


チャミュは口に人差し指を置き、呪文を詠唱したかと思うと、首にかけていたホイッスルを銃へと変形させる。


銀色のリボルバーが光に反射されキラリと光る。


「邪魔すんなよ、天使風情が」


「それが私の役目なんでね」


赤髪の女性は、何もない空間から大きな鎌を取り出し右手で構える。


「こいつはサキュバスの女王になる素質がある。それをわざわざ棒に振るなんて、許されるわけないだろ」


「それは彼女が望んでいることではないよ」


平行線を辿る会話。

互いにけん制し合い、一歩も動けない状態が続く。


眼鏡を外した状態のソフィアに徐々に異変が起きていく。

今まで隠していた角が見え始め、髪の色も徐々に黒くなっていく。


「まずいな、能力の浸食が始まっている……」


「このままだとどうなってしまうんだ?」


「サキュバスの方の人格が完全に目覚めてしまう。そうなると、もう私たちでは手に負えない」


チャミュの口から衝撃的な言葉が発せられた。


「ソフィアは完全なサキュバスじゃないんだ。今までは封魔の眼鏡で能力を抑えていたが……。」


「じゃあ、早く取り戻さないと……!!」


苦しそうなソフィアを見ていると、自分の胸が締め付けられるそうになった。


「ソフィアを離せ!!苦しんでいるだろ!!」


「苦しんでる?これが?バカ言わないで。むしろ良いザマよ。勝手に逃げ出して。

楽になろうなんて、そんなの私が許さないわ」


怒りに満ちた目を向けてくる女性。ソフィアとの間になにがあったのだろうか。

だが、今はそんなことを考えている暇はない。


早くソフィアを助けないと……こんな形でお別れになるのは嫌だ……!!


その時、黒い薔薇が吹き荒れ、女性とソフィアの周りを包み込む。


「これは……!!?」


身動きが取れなくなる女性。突然のことに苛立ちを隠せない。


そこには黒薔薇のレイピアを掲げたミュウが立っていた。


「ミュウ!!?お前!!?」


「姉様に何してるのかしら?スカーレット」


「邪魔をするな!!小娘!!」


「もっと痛めつけてほしいみたいね」


ミュウは辛辣に告げるとスカーレットと呼ばれた女性の手から眼鏡を取り上げ、

ソフィアを助け出す。


「姉様を見てて」


そう言って、僕にソフィアと眼鏡を預けてくる。


「ミュウ……ありがとう」


「あなたのためじゃない。姉様のためだから」


ふんっ、とそっぽを向くとルゥの方に向き直る。


「随分と品がないわね。まぁ、元からなかったかしら」


「言わせておけば……」


スカーレットは体の周囲に赤いオーラを発生させると、

かけ声とともに黒薔薇を吹き飛ばした。


「覚えておきなさい。次はこうはいかないから」


捨てゼリフを吐き、姿を消すスカーレット。


「もう来なくていいわよ」


レイピアをピッと振り、空中に消していく。


僕は意識を失っていたソフィアの顔に眼鏡をかけてあげた。

体の発光が徐々に収まり顔つきも落ち着いてきた。


「ソフィア、良かった…」


ソフィアの様子が戻り一安心する。


「どう、姉様の様子は?」


「うん、だいぶ落ち着いたみたいだ」


「そう、良かった」


ミュウの表情にも安堵の色が見える。


「ミュウ、君も来ていたんだな。」


「……あんたもいたんだ」


チャミュをにらむように見るミュウ。


2人の間に険悪な空気が流れる。


「君のおかげで助かったよ」


「あんたは一体何を考えているの?」


「はは、こうも正面切って言われると返答に困るな」


そう言いながらチャミュは苦笑いを浮かべた。


「シオリくん、ソフィアを抱えて帰るのは大変だろう。今、車を手配するから

待っていてくれ」


チャミュは持っていた銃を再びホイッスルに帰ると、更衣室の方に歩いて行った。


「じゃあ、私はここで帰るわ」


「帰っちゃうのか?」


「このままここにいても仕方ないし…。姉様が元気になったらその時は迎えに来るから」


「お腹空いたら、家に食べに来なよ」


「……考えとくわ」


こっちを見ないまま、ミュウもいなくなってしまった。


◆◆◆◆◆


チャミュに出してもらった車で、家への帰路へと着く。


「ソフィア、大丈夫?」


「今はぐっすり寝ているよ。大丈夫。普段あまり外に出ないから疲れちゃったんだろうね」


僕の体にもたれかかる形で寝息を立てているソフィア。

ずっと見ていても飽きないくらい、引き込まれそうな寝顔だ。


「そっか、私も今日の記憶がまたないし…。最近疲れてるのかなぁ…」


香山は香山で何やら悩んだような顔。

前に引き続き今回も記憶をなくしたとあっては悩みもするだろう。


「ふぅ~」


ボスンッ。


今度は僕の右側に香山がもたれかかってくる。

体が僕の方を向いているので、右腕がおっぱいで挟まれたような形になり弾力が伝わってくる。


どぎまぎしながら、運転席のチャミュの方を見る。


「なぁチャミュ、今日のって……」


「まぁ、気になるだろうな。今度、その件についてきちんと話をするよ。

今日はソフィアのそばにいってやってくれ」


チャミュの表情はこちらからは見えなかったが、声はとても寂しそうに聞こえた。


「わかった、今度な」


スカーレットと呼ばれた女性、どう見ても仲が良さそうではなかったな。

また襲ってくるのだろうか。

これからどうすればいいんだろう。


そんなことを考えながら、

香山とソフィアに囲まれたまま、僕もまた深い眠りに入っていった。

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