7話_サキュバスとスプラッシュとポニーテール
あれは何がきっかけだったか。
たしか、チャミュが家を訪れた時のことだと思う。
「シオリくん、仕事先からこんな物をもらったんだが、興味はないかい?」
ピラッとチケット4枚を渡される。
そこには【水のテーマパーク アクエリアン1日券】と書かれていた。
家から少し離れているが、街の中ではそこそこ大きなアトラクション施設だ。
子供の頃親父に行きたいって行ってもなかなか連れて行ってもらえなかったっけ……。
「これ、どうしたんだ?」
「いやなに、取引先からもらったのはいいんだけどね。私は仕事で忙しいし、4人分も使うことはないから。ソフィアが世話になっていることもあるし、君たちで楽しんでくるといい」
「そうか」
表面上は平静を保っていたが、内心―――チャミュ、ナイス!天使!と小躍りをしていた。
普段行けないアトラクション施設に加えて、ソフィアの水着姿を堂々と見れるチャンス!!
「その紙はなんですか?」
「あぁソフィア、これはチケットと行って特定の建物に出入りするのに必要なものなんだ。水で遊べる大きな場所があってね、そこで遊んできたらどうかとシオリくんに提案していたんだよ」
「なるほど、水ですか…」
僕の気持ちとは真逆に、浮かない顔をするソフィア。もしかして、水が苦手?
「どうした、ソフィア」
「いえ、水にあまり良い思い出がなくて…その……」
消極的な態度を見せるソフィア。
さっきまで上がっていたテンションがソフィアが行きたくないことを知り、
深い海に沈むが如く下がっていく。
「ソフィア、何もここは天界の耐久遠泳のようにハードなものじゃない。ノルマもないし、むしろ楽しいものさ」
「そうなのですか、でも……」
浮かない顔をするソフィア。僕に近付いてきて耳打ちをしてくるチャミュ。
「こら、ソフィアがこのままだと行かないなんて言い出してしまうぞ。ソフィアの水着姿、見たいだろう?」
行けない。
このチャンスを逃すと僕が大々的にソフィアの水着姿を見られるタイミングは
やってこないだろう。
「ソフィア」
「は、はい」
「ここは基本ゆったり遊べる場所だから大丈夫だよ。ジャグジーバスなんかあったりして、いるだけでも楽しいからさっ」
自分が見聞きした知識の中で精一杯アピールする。
「そうですか…シオリがそう言うのであれば…」
もう一押し…!!あとちょっとだ…
「(なにかあったら僕が守る、くらいのこと言ってやれ)」
「なにかあったら僕が守るからさ」
チャミュから耳打ちされたことをそのまま口に出して、数秒後に恥ずかしくなる。
ハッと驚いて目が合うソフィアと僕。
「シオリがそこまで言ってくれるなら、行きましょう」
やったー!!今世紀最高のガッツポーズを心の中で繰り出す僕。
「それはそうと、ここ最近君のまわりに現れているサキュバス、もしかしたらそこにも現れるかもしれない。その時はくれぐれも気をつけてくれよ」
公園で香山を襲ったサキュバス…たしかにいつ現れてもおかしくないな。
「わかった」
「シオリ、あと2枚はどうしましょう?」
たしかに、チケットは残り4枚ある。
その時、ある人物が2人思いついた。
1人は誘えそうだが、もう1人はどうだろうか。
「ソフィアに1枚預けとくよ。もしその子が来たら、誘ってみて」
◆◆◆◆◆
そして、当日。
バスを乗り継ぎ、水のアトラクション アクエリアンの前に僕とソフィアは到着した。
後ろには、香山とミュウも降りてくる。
僕が思いついた2人とは、男友達とミュウの2人であった。
男友達は誘ったのだが、その日はどうしても外せない予定(推しのアイドルのライブだったらしい)があるらしく断られてしまっていた。
あてが外れて困っていたところに、
丁度香山が通りかかり、事情を話したところ二つ返事で来てくれることになった。
「天寿くんはどんなのが好き?可愛い感じのやつ?派手なのでも引かない?」
やけにウキウキしているように見えた香山。
香山には、最近迷惑ばかりかけていたので、喜んでくれて良かった。
ミュウは、この前の件でなんだか憎めない感じになってしまったし、和解できるきっかけになればと思いソフィアにチケットを渡しておいた。
結果、晩飯時に急に現れ、家を荒らしたあげくの説得であったが。
ともあれ、来てくれたのだし進展はしているのであろう。そう思いたい。
「こんにちは、ミュウちゃん。よろしくね」
社交心の固まりである香山。
ミュウにもちゃんと挨拶をしてくれる優しい奴だ。
今日は体のラインがわりとわかりやすそうなTシャツにショートパンツ姿で上にキュッと引き締まったお尻、そこから太ももにかけたラインが眩しい。
一方、ミュウの方はというと、
「ふんっ」
とりつく島もなし、な感じだ。
彼女らしと言えばその通りだが。
そんな彼女はいつも通りゴシックでロリータな衣装に身を包んでいた。
「こら、ミュウ。香山さんごめんなさい。」
「ううん、気にしないでソフィアさん。私、兄弟多いし、わかるから」
慣れたように笑う香山。
人間ができてるな香山、と勝手に感心している僕。
「さ、着いたんだし行きましょ!」
「あ、おい!!」
香山に手を取られ、店に入っていく。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「4名です。えっと、これ」
チャミュからもらったチケット4枚を受付の人に渡す。
「はい、ではこちらより館内着とタオルセットをお渡し致します。右手にお進みください。」
促されるようにセットの手渡し場まで進み、袋を受け取る。
ここから先は男女に別れて着替えだ。
「それじゃ、後は着替えたら入り口のところ集合で」
「わかった、じゃあ後でね天寿くん。ソフィアさん行こ!!」
ソフィアの背中を押し脱衣所に入っていく。
「さて、じゃあ着替えるとするか」
■───
場所は変わって女子更衣室。
ワイワイと楽しそうな声が聞こえる。
「わっ!!ソフィアさん大きい…これサイズいくつくらいあるの?」
後ろから抱きつく形でおっぱいに手を伸ばす香山。
桜色のブラジャーに包まれたおっぱいがプルンと揺れ動く。
「きゃんっ。香山さん、あまり触らないでもらえると…」
「あぁ、ごめん。なかなか立派なものだったからつい」
テヘッと舌を出す香山。
「あと、私のことは
「鳴海。では、私もソフィアで」
「わかった、よろしくねソフィア。あと、ミュウちゃんもね」
「気安く話しかけないでちょうだい」
相変わらずツンとした態度のミュウ。
「まーったく可愛いんだからー!!ソフィアとは全然違うんだね、見た目も性格も」
「きゃー!何勝手に触ってんのよ!気安く話しかけないでって言ったでしょ」
触られて怒るミュウ。
香山はそんなこと気にもせず、からからと笑っている。
◆◆◆◆◆
「楽しそうだな、あっち」
女子更衣室から聞こえる香山とミュウの声を聞きながら1人着替えをする。
「ホント、一体どんな桃源郷が待っているのやら」
「全くだ…」
ん?今の声はどこから聞こえてきた?
周りを見回すが、黙々と着替えをしている人のみ。
幻聴か?にしては随分聞き覚えのある声だったような……。
そう思いながら、バッグの奥に手を伸ばす。
モサッ。なにやら柔らかい毛の感触。
モサモサ……。
「まさか……おい、フーマル」
バッグから白い毛の塊を引っ張り出す。
「よお、シオリ」
そこには如何にも当然そうな顔をしたフーマルがいた。
「お前、着いてきたらダメだろう!」
「これが着いて来ずにいられるか!!お嬢たちのあんな姿やこんな姿を拝める絶好のチャンスなんだぞ!!あんなこといいな、できたらいいな、夢が広がるだろうが!!」
オープンエロ全開な変態ポメラニアン。
目が完全に血走っている。
「しかし、ここはペット不可だからなぁ。バレたら僕たち出禁になっちゃうよ」
「だから、僕を見逃してくれるだけでいい。そしたら後で秘蔵のベストショットを見せてやるから」
「……本当だな?」
「武士に二言はない」
ニッと笑うフーマル。お前武士じゃないけどな。
「わかった。僕は何も見なかったことにしとく」
「それでいい。じゃ、帰りまたこの場所でな」
軽く敬礼をすると、フーマルはすたすたと走って行った。
ああは言ったが大丈夫なのだろうか…。わやなことにならなければいいのだが。
◆◆◆◆◆
「天寿くん、おっそーい!!」
フーマルと話し込んでいて、すっかり遅くなってしまった。
入り口には既に3人が待ちくたびれていた。
「姉様を待たせるなんて、どういう神経してるのかしら。いくら邪帝さまに似てるからって許せないわ」
「邪帝は関係ないだろ、遅れたのは謝るよ。ごめん」
「ふんっ」
腕組みをしてそっぽを向くミュウ。
「それより、なにか言うことがあるんじゃなくて?」
「うん?」
僕の前で色っぽいポーズをとるミュウ。
黒のラインとフリルのついたビキニ。
胸の大きさこそ大してないものの、くっきりしたくびれに細い脚はセクシーというには充分な代物だった。布の面積もそこそこ攻めているんじゃないかと思う。
「あ、ああいいんじゃないかな」
語彙力のない自分にはこのくらいの言葉が精一杯だった。
「全く、気の利いたことも言えないなんて。やっぱり私がちゃんとしつけてあげないとダメみたいね。」
ミュウの顔が、ズイッと僕の前に寄ってくる。
「まぁまぁ、それくらいにしといて。ねぇ天寿くん、私のはどう?」
腰に手を当てて恥ずかしげにポーズをとる香山。
髪は三つ編みにしたものをお団子上にまとめている。
水着はカラフルなストライプで、紐で止めるタイプのかなり攻めたデザインだ。
胸、お尻の形も綺麗な曲線を描き、重力による柔らかさを体現している。
「う、うん、可愛いと思うよ」
少しドキドキしてきた。
女性の体をまじまじと見つめても怒られない日がくるなんて。ビバアクエリアン!!
「か、可愛い?そ、そう、えへへ」
よしっ、と軽くガッツポーズをする香山。
「ほら、ソフィアも見せてあげないと」
1人、タオルを巻いて隠れていたソフィアを香山が連れてくる。
「それっ!」
「あっ、なるみ…」
タオルを剥ぎ取られ、水着姿が露わになるソフィア。
「おぉ……」
思わず、声が漏れてしまっていた。
白を基調とするビキニに、花柄の模様があしらわれている。
上品な佇まいに恥じらいに満ちた表情が、ソフィアの魅力を十二分に引き立てていた。
はちきれんばかりのおっぱいとお尻、水着がそれぞれ食い込むくらいのボリュームを誇っている。
「あ、あの…あまり見ないでください……」
「あ、ああ、ごめん…」
お互い照れて反対側を見てしまう。
それを見て、少し心が締め付けられる香山。
「さ、さぁさぁ折角来たんだし、遊びにいこー!!ソフィア、行こ!!」
「あ、鳴海、待って!」
ソフィアの手を取って、滑り台に走っていく。
「走ると危険だぞー!!」
気をつけろよー、と声をかける。
「ミュウは行かないのか?」
「私はあの人みたいに子供じゃないの」
至って冷静を装っているように見えるミュウだが…。
「もしかして、泳げないとか?」
「なっ…!?そ、そんな訳ないでしょ!!」
顔を真っ赤にして怒るミュウ。
嘘をつくのが下手すぎるこの子。
「そっか、まぁ無理はよくないよな」
「だから、泳げるって言ってるでしょ!頭に来た、ついて来なさい!!」
ミュウは僕の腕を掴むとプールへとズンズン進んでいく。
ザ・ビッグウェーブ。
ここはビーチみたいになっており、奥から人工の大きな波が迫ってくるのを楽しめる場所だ。
波が来るか来ないかのところで恐る恐る足を踏み入れるミュウ。
「無理しなくていいぞ?」
その言葉が帰ってミュウを煽ることになる。
「な、何が無理よ。わ、私の華麗な泳ぎをみてなさい。」
バシャン!!
勢いよく水に飛び込む。というか倒れ込む。
しーん。
……一切浮かんでこない。
これダメなやつだ。
慌ててミュウを引き上げる。
水深50センチもないところでよく溺れられるなと逆に関心をする。
「ぷはっ!!」
半ばパニックになったようにバタバタと暴れる。
「大丈夫、大丈夫だから」
ミュウをあやすようにしっかり抱っこしてやる。
「ぐずっ…ぐすっ…」
よっぽど怖かったのだろう、涙目で震えて僕にしがみつくミュウ。
最初からこれくらいおとなしければ可愛いものなんだが……。
「水はコツさえ覚えれば怖くないから。ひとつずつやってみよう」
僕は、ミュウに泳ぎ方を教えることにするのであった。
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