6話_たこ焼きとサキュバスの妹

香山との一件以来、僕とソフィアの中で少し変化が生まれていた。


それは、お互いサキュバスの能力に向き合ってみようと思ったこと。


僕自身、ソフィアの能力のことをよく知らない。


ソフィア以外のサキュバスがまわりに現れた以上、

出来ることはやっておかないといつ自分も魅了の能力をかけられるかわからない。


それに、その能力を知ることによってソフィアの悩みに少しでも役に立てば、と

思ったのもある。


「というわけで、目を合わせる練習をや、やってみようか」


「そ、そうですね。よろしくお願いします。」


こうして、朝と夕方の食事の時に、少しだけ目を合わせる練習が始まった。


「いくよ、いっせーので」


「……」


「…………」


ソフィアと目を合わせる。

合わせたがいいものの、どうしたらいいかが全く分からない。


お互い呼吸を止めてしまっていて、一種の我慢大会のようになっている。

目を合わせるのに呼吸を止める必要は一切ない。


「ふぅ」


気恥ずかしさに耐えきれず、数秒とたたないうちにお互い反対の方向に

目を逸らしてしまう。大体、普通に話すときってどのくらい人の顔を見てたっけ。


瞬間的なにらめっこのように、

ちょっと顔を合わせては逸らすのを何回か繰り返す。


机の上の納豆をかき混ぜながら呆れたように見ているポメラニアン1号。


「でも、これで僕は目を合わせてもソフィアの能力が効かないことがわかったね」


「はい、それだけでもだいぶ進歩したと思います」


朝食を食べながらソフィアと認識を合わせる(視線は合っていないが)。


「それは効果あるのか?」


ご飯を食べながらフーマルが話しかけてくる。


「ある、と思う……」


「多分、でも前は一切目を見られなかったので。少しは改善されているんじゃないかと」


「そもそもお嬢がお前に目を合わせる必要もないだろう」


「そんなことない!!……と、思うんだけど」


強めに反発してしまって少し恥ずかしくなる。

たしかに、ソフィアが僕と目を合わせたいかどうかは別問題だった。


「で、できれば…私もシオリと…コミュニケーションはちゃんと取りたいと思って

ますので…」


優しい回答が返ってきてホッとする。


「お嬢は本当にお優しいお方で。おい、感謝しろよな」


お前は何様なんだ、とフーマルをにらむ。

バチバチと飛び交う火花。


「そうだ、今日は学校帰りに食材を買って帰るけど何か食べたいのある?」


「そうですね、なぽりたんというものが気になってます」


この前、テレビの全国パスタ特集でやってたな。

鉄板ナポリタン、美味しそうだったもんな。


「わかった、じゃあ帰りに買ってくよ」


「はい!楽しみにしてます」


◆◆◆◆◆


なんだかんだあって下校時間。

最近慌ただしかったこともあり、久しぶりに1人の時間をとれた気がする。


香山との関係も、変わらず接してくれているしひとまずホッとする。

むしろ、前より色々と世話を焼いてくれている気がする。


「さて、夕食の材料でも買って帰るか」


大通りを歩いていると、たこ焼きの良い匂いがしてきた。

たこ焼き屋ダグラム、この街で有名なたこ焼き屋だ。


その時、前で立ちつくしている女の子を見つけた。


ゴシックロリータな格好に艶やかな長い黒髪、天に向かってそびえる二本角。

キッと上がったするどい目。


見覚えがある。

ソフィアの妹、ミュウだ。


この前ミュウに殺されそうになったのを思い出し、見つからないようにそーっと後ろを通ろうとする。


なのだが、通り過ぎる最中、ミュウが少し切なそうな顔をしているのを見てしまった。

もしかして……お腹が空いているんじゃないだろうか。


この子、普段はどうしてるんだろう。


天界と人間界を行き来してるんだろうか?

ソフィアの妹と言うこともあって、気がついたら声をかけてしまっていた。


「どうかしたのか?」


「……あ、あなたは!?邪帝さま!!」


びっくりしたミュウは、周りをキョロキョロ見渡すと僕を路地裏に引っ張っていった。


「いや、違うから。邪帝とかっていうのじゃないから」


「そんなはずないわ。顔そっくりだもの…。それで何、なんであなたがこんなところに」


「たまたま、学校の帰りだよ」


「嘘よ!姉様を取り返されまいと、私を狙っていたのでしょう!!邪帝さまともあろう方が、私の隙に乗じて…なんと卑劣な…」


一切会話が噛み合わない…。

ソフィアは普段この子とどんな会話をしていたんだろうか。


ぐぅ~。


珍妙な音が鳴る。

ミュウのお腹の音だ。


「やっぱり、お腹空いてるんだね」


「そ、そそそんなことないわ!!お腹が空いてるわけないじゃない!!」


確信を突かれ慌てふためくミュウ。

わかりやすく動揺するなこの子。


「それより、姉様のいないところで私に会ったことを後悔なさい」


くっくっくと笑いながら

左手に黒薔薇のレイピアを取り出し、僕の上に乗っかってくる。

最近この体勢になるのがお約束になってきたな。

そして、なんでこんな簡単に倒されるんだろう僕は。


「最初は殺そうかと思ったけど、やめた。私のものにすればいいんだわ」


不敵な笑みを浮かべ、僕の右手にレイピアを突き刺したミュウ。


「痛!!……くない?」


唐突な出来事に思わず顔を歪め、突き刺された右手を見る。

レイピアは手のひらを貫通し、地面に突き刺さっているが痛みは一切なかった。


怪我はしていないらしい。どういう原理なんだ。


「驚いた?別に切るだけじゃないのよ、私のこの黒薔薇のシュバルツローゼは。

こうやって、相手の動きを封じることもできる」


そう言うと、ミュウの右手には白い薔薇の剣が現れ、同じく僕の左手に突き刺す。


「そして、この白薔薇のヴァイスローゼもね。そして、ねぇ、私から目を離せなくなったでしょ?」


「!!?」


両手を万歳して降参するポーズのまま、ミュウを見つめる僕。

視線を外そうとしても、目を動かすことができない。


「何をしたんだ!!?」


ミュウもサキュバスだ、ということはこの後待ち受けているのは……。


「さぁ、私のこと、じっくり見なさいな」


僕の顔に手を当て、こっちを見るように促してくる。

ミュウと目を合わせまいと必死に目をつむろうとするが、抵抗できない。


「ほら、気になるでしょ?」


ミュウは僕の顔の前に立ったかと思うと、スカートをゆっくりとたくし上げ始めた。


「!!?ミュウ、いけない!!」


「黙って見てなさいな」


ミュウのスカートが徐々に上がり、細くて綺麗な太ももが見えてくる。

小柄な体躯に似合わず、色気を醸し出しているミュウの脚。

脚フェチにはたまらないであろう、黒いストッキング越しの肌は艶やかな光を放っている。

もう少しで、太ももの付け根が見えてきそうになったところで、


ドン!!


ミュウは僕の顔の横に右足を移動させ、更に真下から見えるように煽ってくる。

見ちゃダメだ、見ちゃダメだ、見ちゃダメだ。


そう念じながら僕は目をつむる。

幸い、目は動かせるようになった。これで見ないですむ!!


「まっ、私の術を破ったの!?生意気!!」


ミュウは僕に突き刺している黒と白の剣を握り、エネルギーを込める。


「こ っ ち を 向 き な さ いっての!!」


自分の目が、自分の意志とは関係なく無理矢理開かれていく。


「ぐ、ぐぐぐっ」


目を開けまいと必死に抵抗する僕と無理矢理目を開けさせようとするミュウの意地の張り合い。


「開けなさいっ…て………」


互いに抵抗をしていたところ、急にミュウの体がガクッと崩れ落ちて

僕の上に乗っかってくる。


「!?」


白と黒の剣は霧散し、両手が自由になったところでミュウを抱えると、

彼女は目を回して倒れていた。


エネルギーを使い果たしたのであろう、目がぐるぐる状態になっている。


「わやだな(大変だな)……この状況……」


◆◆◆◆◆


ミュウを近くのベンチに抱えて休ませて数分後のこと。


「ん…んん」


「あ、起きた?」


「うーん…ここは……って!!?」


自分の状況を察知したミュウはさっと起き上がる。


「まぁまぁ、落ち着いて。ほら、これでも食べなよ」


さっき買っておいたたこ焼きをミュウに差し出す。


「なっ、なによ!!敵に施しなんてうけないわ!!それに、別に食べたいわけじゃないし!!」


「そっか、じゃあとりあえずここに置いておくから。中は出来立てで熱いから

食べるときは気を付けるんだぞ」


冷たいお茶のペットボトルも一緒に置いて、僕はベンチを後にする。


ひとまず意識は戻ったみたいだし大丈夫だろう。

あんまり遅いとソフィア心配するだろうしな。


「だから、いらないってば!!」


「いらなかったら誰かにあげてくれ。お腹空いた時は家に来ればいいよ。じゃあね」


「………」


手を振っていなくなるシオリに精一杯の強がりを言うミュウ。


ぐぅ~~。


「……………」


ぐぅ~~。


「……」


あまりの空腹に我慢できず、

たこ焼きのパックに手を伸ばすミュウ。


ソースと青のりの美味しそうな匂いが鼻に直接響いてくる。


「……美味しそうじゃないの」


耐えきれず、1つを口の中に放る。


「………あっつい!!」


◆◆◆◆◆


すっかり夜になってしまった。

ソフィアに連絡手段がないのもこういう時に不便だな、

と思いながらスーパーから出ようとすると。


「シオリ!?」


「ソフィア!!」


「良かった…ここにいて…」


小走りで駆け寄ってくるソフィア。少し息を切らしている。

背中にはフーマルもいた。


「どうして、家にいたんじゃなかったの?」


「シオリのことが気になって……ほら、前のこともあったから」


「お前が遅いからお嬢が心配してだな。まったく、だから心配するだけ無駄だと言ったのです」


ソフィアは相変わらずの右下の視線だが、第一声、僕の名前を呼んでくれた時は、

ちゃんと僕の顔を見てくれていた。それが少し嬉しかった。


「ありがとう、ちょっと用があって遅くなっちゃってね。ちゃんと材料は買ったよ」


ナポリタンの具材が入った買い物袋を掲げて見せる。


「帰って食べようか」


「はい。あれ、シオリ、なにか食べ物の匂いがしますね?それに……

もしかしてミュウに会いました?」


ソフィアに匂いのことをつっこまれギクッとする。


「え、なんでそれを」


「やっぱり、私、結構鼻は利く方なんです。ミュウがまた迷惑かけませんでしたか?」


「うん、大丈夫。帰り掛けにたまたま会っただけだから。元気そうだったよ」


「そうですか、なら良いのですが…。では、もうひとつの匂いは?」


「たこ焼き屋の屋台があってね、今度食べに行こうか」


「!いいですね、賛成です」


その時、じっと僕の方を見つめるソフィア。


「なにか僕の顔についてた?」


僕が見返すと、さっと目線をいつものように右下に落としてしまう。


「め、目を合わせる練習です」


ソフィアはそう言って恥ずかしそうに俯く。


今日の朝に僕が言っていたことを、ソフィアは実践してくれていたのだ。


「あ、そ、そうかっ。うん、そうだね」


ソフィアのことを一気に意識してしまい恥ずかしくなり、

彼女の顔を見られなくなる。


フーマルはそんな2人の珍妙な光景を見ながら

「勝手にやってくれ」と思うのであった。


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