4話_サキュバスと嵐を呼ぶ妹

街全体が少し肌寒い日。

ビルの屋上に仁王立ちをしている少女がいた。


頭には左右に赤く鋭利な角。

腰あたりまである黒くて綺麗な髪をなびかせ、

フリルの突いた白いブラウスに黒いプリーツスカートを履き、

細い脚には白いストッキング。


風が激しく吹き荒れ、スカートもバサバサと揺れている。


身長はさほど大きくないが、

目から溢れる余裕は見た目以上の風格オーラを漂わせている。


街を見渡した後、ある1点を見つめ不敵に笑うのであった。


「やっと見つけたわ……」


◆◆◆◆◆


「くっ、この!待てー!」


「はっはっは、遅い。遅いぞ」


場所は変わって家のリビング、


ちょこまかと逃げるフーマルを捕まえようと必死に追い回す僕。


フーマルが来てからというもの、

今まで平穏だった暮らしがだいぶ慌ただしいものになった。


まず、フーマルは普通にご飯を食べる。つまり食費が1人分増えた。


そして、寝床も要求してきた。

仕方ないから僕の部屋を貸してやったら勝手に占領し始める始末。


厄介なことにはイタズラが大好きで、毎朝なにかしらを仕掛けてくる。

今日の朝は額に第三の目を書かれた。


おかげで朝はフーマルとのいざこざが日課となってしまった。

結局今日はフーマルに捕まえられず、諦めて朝ご飯を食べることにする。


「ごめんなさい、シオリ。フーマルがまたイタズラをして」


「ははは、気にしないで。僕とこいつの問題だから」


朝ご飯の白米にのりを載せながら、心配そうなソフィアに大丈夫と笑ってごまかす。


「お前が領域を侵すからだ」


「元々僕の部屋なんだがな。9:1ってどう考えても無理だろうが!!」


床に引かれる占有ライン。

もはや和平どころではない。弾圧である。もちろん1が僕だ。


「だからお嬢のところで寝ると言ってるだろう」


「それはだめだ」


エロポメラニアン(通称エロポメ)にソフィアと一緒に寝るのを許したらそれこそ問題だ。


こいつは可愛い顔してなかなかの悪逆非道っぷりなのだ。


ソフィアが寝ている部屋にこっそり忍び込み、写真を撮ったり、

ソフィアの薄紫のブラジャーをタンスから引っ張り出しては

匂いをこっそり嗅いでいたり。


それを見つけた僕を犯人に仕立て上げようとしたり。


前回は危うく濡れ衣を着せられるところだった。

そんな変態エロポメラニアンなので見つけたら容赦なく吊し上げることにしている。


しかし悲しいかな、奴の諸行がばれない限り、可愛い動物を虐めている少年という

図だけが出来上がり、こちらが確実に不利なのであった。


ふぅ、日頃の恨みですっかりヒートアップしてしまった。


「あの、私たちは居候の身ですので。遠慮なく言ってくださいね」


「大丈夫、ソフィアは心配しないで」


爽やかな笑顔をソフィアに返す。

ソフィアが視線を合わせていないことはわかっているが、少しでも彼女の視界に入ればいい。


「こいつに遠慮することなどありません」


「お前が言うな」


互いに言葉の刺を投げ合う醜い押収。


「ふふっ」


それを見て笑うソフィア


「なにかおかしかった?」


「こんなに楽しい食卓、初めてなので。天界では、全て使いの者たちがやってくれていたので、賑やかで自由な食卓は嬉しいです」


「あそこは窮屈でしたからな。無理もない」


ソフィアが楽しそうならいいか。

それに、いつも1人で食べることが多かった自分にとっても、

この団らんは別に居心地の悪いものではなかった。


「それはそうと、シオリ。その額の目はどうしたのですか?」


一瞬ちらりとこっちを見たソフィアが少し笑いたそうにしている。


おでこの前髪を上げながら、


「あ、これ?そこのポメラニアンがやってくれてね。」


「こいつは視野が狭いのでもうひとつ目を付けてやったのです」


「たちの悪い落書きだろうが!!」


「ふふふ、まるで邪帝みたいですね」


「なに、邪帝って?」


「それはですね―――」


ソフィアが話そうとした時、


ピンポーン!!


突然チャイムの音が鳴った。


「なんだ?この朝早くに。回覧板かな」


慌てて玄関の方へと向かう。


「はーい」


ガチャッとドアを開ける。

そこには、小学生くらいの女の子が仁王立ちでこっちを睨みつけるように立っていた。


凄い威圧感。

子供にしては随分表情に冷たさがあるように感じた。

少女を下から上まで見たところで、あることに気付く。


角がある。


そこで、これはソフィア絡みの何かだなと察した。

その辺あまり驚かなくなってきたな。


そんな僕をよそに、

女の子は、僕を上から下まで眺めた後

完全にスルーし、勝手に土足でリビングの方へ歩いて行った。


「えっ!?ちょっと!!」


ズンズンと進んで行く少女。それを追う僕。


一体どういうことだ!?

頭に疑問符が出たまま少女の後を追う。


「きゃー!!姉様―!!」


なにやらドサッという音と少女の声であろう、

キーの高い声がリビングから聞こえてくる。


リビングまでたどり着くと、そこにはソフィアに抱きつく少女。

震え上がるフーマルがいた。


ソフィアとフーマルの方をゆっくり見る僕。

見られていることを察したソフィアは罰が悪そうな顔をしていた。


「……どゆこと?」


「あの……妹です」


◆◆◆◆◆


少し時間が経ったリビング。

家主を差し置いてソファにドスンと座っている少女。

椅子で様子を見守っているソフィア。


そして何故か少女の前で正座をしている僕。


一体どういうことなんだ?


少女は僕を見下すような目で僕を見ている。

生粋のサディスティックな雰囲気をビンビンに感じるのだが…。


「あなたが姉様をたぶらかした人?」


まるで僕を裁くかのように、きつい口調で言葉をぶつけてくる少女。


「たぶらかすなんてそんな…」


「嘘をついても無駄よ!ちゃんと知ってるんだから。

あなたのせいで姉様が天界に帰ってこないのを!」


ソファからぴょんと立ち、僕の前に歩み寄り、ビシッと人差し指を向ける。


「姉様を返して!」


「か、返してって言われても……」


勢いにたじろぐ僕。


「ミュウ、別にシオリのせいじゃないの。私のわがままでここに住まわせてもらってるだけなの」


「いいえ…私知ってるの。姉様はあの賢しい天使によって無理矢理、人間界に連れて行かれたんだって。でも、もう大丈夫。安心して。私が来たからには全て解決してあげるから」


ミュウと呼ばれた少女は

自信たっぷりにソフィアに向かって笑った。


それにしても、なんか色々と話が違うような……。

一体どこから得た情報なんだろうか。


「とにかく!!あの天使もそうだけど、元凶であるあんたを倒せばここはもう用済み。特に恨みはないけど、消えてもらうわ」


そう言うと、ミュウの左手に黒薔薇の模様をあしらった、

これまた刃も真っ黒なレイピアがどこからともなく現れる。


わやだ(大変だ)、これ絶対死ぬ奴だ。


一気に血の気が引いていく。


一瞬の隙をつかれ、馬乗りされる僕。

目の前には黒塗りの刃がギラリと光っている。


「出会ったばかりだけどさようなら」


冷酷なミュウの言葉。

万事休す。


「ダメー!!」


ソフィアの悲痛な叫びがこだまする。


「──!!?」


「………」


死を覚悟したが、何も起きている気配はない。


恐る恐る目を開けると、驚いた表情をしているミュウが見えた。


「あ、あなた…邪帝なの…!?」


数分前か数十分前に聞いた言葉だ。


ミュウは僕に突き刺す寸前だったレイピアを下ろすと、

僕の顔をまじまじと見つめ、口に手を当てブツブツと独り言を始めた。


「ちょっと待って……そんなこと聞いてないわ……でも、どう見ても本物……え、どういうこと!?どうすればいいの私…」


うろたえたような表情を見せるミュウ。


「あ、あの~、どうかした?」


顔に両手を当てて困ったような表情をしている少女。

こっちを見て少し顔を赤らめたような気がした。


「な、なんでもないわ!!今日のことは忘れて!!また出直すわ!!」


そう言うと、ミュウは僕の上からパッといなくなり、一目散に逃げ出していった。


「………どゆこと?」


◆◆◆◆◆


「大丈夫ですか、シオリ」


「ああ、うん。大した怪我じゃないから大丈夫」


転んだ時にできた傷の手当をしてくれているソフィア。


「それにしても、さっきの妹さんは、一体何が起きたの?」


「多分……シオリを邪帝と勘違いしたんだと思います」


「さっきも言ってたね。その邪帝ってなんなの?」


「これだ、これ」


フーマルがどこからか円筒形の端末を取り出す。

そこからホログラムのような形で1人の若い男性が歌っている映像が映し出された。


「これって…僕?」


金色のオールバックに三つ目の青年。なにやらド派手にパフォーマンスをしている。


「邪帝・ザ・ギャングROX《ロックス》と呼ばれる、天界で人気の音楽バンドなんです」


天界にもこっちでいうところの音楽文化みたいなのがあるのか。

空を飛んだりしていて人間界よりはだいぶ派手そうだが。

劇○四季みたいな雰囲気だな。


「そのメインボーカル、邪帝にシオリが似ていたから、おそらく躊躇したのかと」


「えっ、でも、僕そもそも三つ目じゃな……」


そこで思い出した、今日の朝のことを。


変態イタズラポメラニアンによって、精巧な三つ目を描かれていたことを。


「三つ目だ!」


「はい、おそらくさっき倒れて髪が上がった時にミュウはそう思ったんだと思います。ミュウ、邪帝大好きなので」


「ミュウって妹さん?」


「はい」


「そうか………妹さん、また来るのかな…」


「おそらく……」


一難去ったものの、また面倒なことが増えて頭を抱える僕。


そこに、ポンポンと肩を叩かれる。


「僕のおかげで助かっただろ。今日の晩飯はオムライスな」


カチン。


「それとこれとは話が別だー!!」


僕の今日一番の叫びが家中に響き渡ったのだった。

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