第40話 凱旋

「ここがイデア王国……! 大きいですわ」


 イデア王国の首都が一望できる丘の上でパメラが息を飲んだ。あれからある程度のゴタゴタを片付けると、大使としての権限を得るべく、俺たちは祖国へと戻ってきた。


 パメラのことを正式に両親に報告しなければならない。母上がある程度こちらの事情を知っているので、それなりに対応してくれているとは思うが……。


 そう思っていると、丘の向こうからやたらと豪奢な馬車の一団がこちらへと向かってきた。馬車にはイデア王国の紋章が高々と掲げられている。


「エル様、あれは……」

「どうやらお迎えが来たみたいだね」


 口が小さく開いたままになっているパメラの隣で苦笑した。コッソリと首都に入って、デートしてから城に向かうつもりだったのに、計画がパーである。そして相変わらず手回しがいい。


「エルネスト殿下、お迎えに参上しました!」


 堂々とした体躯をした騎士が馬を下りて声をかけてきた。騎士団長だ。忙しいところ済まないね。

 そんなことを言うと騎士団長は首を振って答えた。


「いえ、私でなければこのお役目、務まりますまい。他の騎士たちは首都の警備と民衆を誘導するのに手一杯です」


 なるほど、何だかすごく嫌な予感がしてきたぞ。パメラはキョトンとした表情をしているのでまだ事態がよくつかめていないらしい。でもここで「民衆が俺たちを待ってる」と言ったら尻込みするかも知れない。それなら先に馬車に押し込んでおいた方がいいな。


「なるほど、よく理解した。行こう、パメラ」


 いぶかしがるパメラの手を引いて馬車へと導いた。豪華な馬車の内装にパメラが感嘆の声を上げた。そして今さらながらとんでもない人と婚約したことに気がついた様子である。体が一瞬にして強張った。

 苦笑いを浮かべてパメラの隣に座る。そのままパメラの腰を抱いた。


「エル様……」

「大丈夫だよ、パメラ。用が済めばパメラの実家に戻るし、それに俺がついてる」


 大使としての権限を得た後は、しばらくライネック伯爵家で世話になることになっていた。そこから城に出向いて公務をこなす予定である。もちろん王都に正式な活動拠点を確保でき次第そちらに移るけどね。でなければパメラとイチャイチャすることができない。


 馬車のカーテンは開けてある。民衆の歓迎に応えるのも王族の大事な仕事だからね。防御結界を何重にも張り巡らせておくから外からの危険性はない。パメラの膝の上にいるシロにも協力を要請している。


 初めこそ緊張していたパメラだったが、馬車が進み出すと肩の力が抜けてきた。揺れを極限まで抑えた馬車は静かにコトコトと音を立てて進んで行った。


 首都をぐるりと囲む壁には庶民用の通用門と、貴族専用の門、それに王族専用の門がある。俺たちの乗る馬車が王族専用の門の前に到着すると、美しいレリーフが施された赤銅色の門が、ゆっくりと音を立てながら観音開きに開く。


 まばゆい光が差し込んできた向こうには、大勢の人たちが待ち構えていた。

 いやいや、人多すぎだろ! 魔王を倒した勇者の凱旋みたいになってるぞ。パメラの美しい顔からサッと血の気が引いたのが分かった。これはまずい。


「パメラ」

「うんっ!?」


 パメラに軽く口づけをする。目をパチクリとさせ、口をパクパクさせるパメラ。顔色が一気に赤くなった。


「パメラ、その調子。暗い顔をしていてはダメだよ。みんなが心配するだろうからね。ダメそうだったらもう一回、今度はもっとしっかりと、なめ回すように……」

「だ、大丈夫ですわ! 正気に戻りましたわ!」


 両手をバタバタと体の前で振った。残念。半眼でこちらを見ているシロの頭を撫でると、パメラと一緒に民衆に手を振った。


「エルネスト殿下か帰ってきたぞ!」

「隣にいるのが殿下の婚約者のパメラ様か!」

「エルネスト殿下を正気に戻した救世主様だぞ! 歓迎しろ!」


 ……一体どんなウワサが流れていたのか、知りたいような、知りたくないような。パメラにもそれが聞こえたようであり、クスクスと笑いながら手を振っていた。

 大勢の民衆をかき分けて、ようやく城の城壁の中へとたどり着いた。その頃には俺たち二人とも手の振りすぎでヘトヘトになっていた。


「大丈夫か」

「大丈夫、です」

「いま回復魔法をかけてやるからな」

「ありがとう、ございます」


 パメラがくたくたとしなだれかかった。久しぶりに感じるパメラのぬくもりに、たまには民衆に応えるのもいいかも知れないと思った。俺が王族と分かってからのパメラは、どこか俺との距離を置くようになっていたからね。

 よしよし、よく頑張ったぞ、とパメラの頭をひとしきり撫で回してから馬車を降りた。


 使用人たちに導かれて来賓室へとやってきた。そこでは国王陛下と王妃様が待ち構えていた。二人とも忙しいはずなのにありがたいことだ。


「エルネスト、ただいま戻りました。こちらが私の婚約者のパメラ・ジェローム・ライネック伯爵令嬢です」

「パメラですわ。以後お見知りおきを」


 二人で膝を曲げ、最上級の礼をとった。


「まあまあまあ! よく来て下さったわ、パメラさん!」

「はい?」


 困惑の表情を浮かべたパメラに母上である王妃様が抱きついた。そのままギュウギュウと抱きしめている。パメラの胸と母上の胸がその衝撃でムニュムニュとその形を七変化させた。母上の胸は興味がないが、パメラの胸の変化は眼福だな。ありがたやありがたや。


「なるほどね~、エルネストが夢中になるのも分かるわ~。この抱き心地は癖になりそうだわ」

「ちょ、ちょっと母上、誤解を招くようなことを言うのはやめて下さい。そんな目でパメラに見られたら困ります!」

「あらあら、エルネストがこんなに焦るだなんて、初めて見たわ~。よっぽどお気に入りなのね」


 勘弁してくれ。だからあんまり母上には会いたくなかったんだよ。ほら見ろ、国王陛下も苦笑しているじゃないか。


「パメラさんもエルネストがあんなに焦るところ、初めて見たでしょう~?」

「え? いえ、エル様はときどきあのような言動をなさいますけど?」


 え? と母上の動きがとまった。そしてパメラと俺を二度見するとニンマリと口角を三日月のように上げた。そして声を弾ませて口を開いた。


「まさかまさか、『エル』と呼ばせているだなんてね~、驚きだわ。だれにもその呼び方をさせなかったのに。パメラさんはいつからその呼び方をなさっているのかしら?」

「さ、最初からですが……」


 声を小さくして、全身を真っ赤にしてパメラが言った。パメラも母親が何を言わんとしているのか気がついたようである。


「ウフフ、エルネストは最初からパメラさんのことが好きだったみたいねぇ~」


 うれしそうな、からかうような声が聞こえた。


 ――――Fin

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奴隷の少女がどうやら伯爵令嬢みたいです えながゆうき @bottyan_1129

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