第37話 レッドドラゴン

 朝食を終えた俺たちは森の外縁部へと到着した。ここからは森の中を進まなければならない。馬ではこれ以上進むことができないだろう。

 だが都合が良いことに、不審者がいる場所は森の奥地というわけではない。そこまで苦労せずにたどり着けるはずだ。


 探知の魔法を展開すると、すぐに不審者たちの居場所が明らかになった。やたらと人の密度が濃い場所が彼らのアジトなのだろう。そのほかにも見張りらしき反応もある。

 見張りにはもちろん対処するが、問題はこちらの人数だな。やつらの不意を突くには人数が多すぎる。探知の魔法で追いかけられるので取り逃がすことはないだろうが、捕まえるのに時間がかかるし、何より面倒だ。できれば一網打尽に捕まえたい。


「不審者たちの居場所が分かった。おおよその場所と人数を紙に書くから、それを町の警備兵に伝えて来てくれ。連れ帰るようの馬車の手配を頼む。それからこの場で何人か、乗ってきた馬と馬車の見張りを頼む。魔物が森から出てくるかも知れないからな」


 護衛と使用人たちがうなずきを返した。これで人数を少しは減らすことができた。後は見張り役を捕まえてその対応に人数を割いていけば何とかなるだろう。


「足下が悪い。パメラはオルトに乗って移動するように」

「分かりましたわ」


 これでよし。何かあればそのままオルトがパメラを逃がしてくれることだろう。オルトが力強くうなずきを返してくれた。


「シロ、パメラから離れるな」


 オルトにまたがったパメラにシロを渡す。ギュッとシロを抱きかかえてパメラがうなずいた。良い位置にいるな、シロ。代われるものなら代わってもらいたい。

 そんなのんきなことを考えつつ、俺たちは静かに森の中を進んで行った。


 この森は魔物が多く生息する「魔境」ではなく、いわゆる普通の森である。足下には薬の原料となる草花がところどころに咲いており、青々とした木々の間から差し込む光が森の中を明るく照らしている。


 こんな明るい森の中にアジトを作っているということは、おそらく地下だな。もし地上に小屋を建てるような連中なら、ある意味で尊敬する。

 見張り役の反応がある場所に近づいた。その場所を注意深く観察すると大きな岩が見えた。どうやらあの岩の影から見張っているようである。


 相手を無力化するもっとも簡単な方法は意識を奪うこと。それにもっとも適した魔法が睡眠の魔法である。これを抵抗するのはよほどの手練れでなければ不可能だ。

 俺はその岩の周辺にそっと睡眠の魔法【眠り姫】をかけた。先ほどまで動いていた反応がピタリと動かなくなった。どうやらうまくいったようだ。


 俺は護衛たちに合図を送ると警戒しながら岩場へと向かった。そこには寝息をたてる覆面を被った人物の姿があった。見た目を小奇麗にしており、装備も充実している。どうやら相手は盗賊の類いではないようだ。となれば、どこかの貴族か金持ちの後ろ盾があることはほぼ間違いないだろう。


「だれか、こいつの手足を縛り付けて運んでくれ。町に戻ったら警備兵に引き渡して情報を絞り出せ」


 ハッ! と返事をして数人の護衛が対応した。この作業を繰り返し行い、やつらの目を無力化した。そしていよいよ彼らのアジトにたどり着いた。


「やはり地下に穴を掘っているようだな。それに近くに大きな魔力の反応がある。それがやつらの切り札なのだろう」

「切り札……もしかしてレッドドラゴンですか?」


 パメラが唇を震わせながらそう言った。


「おそらくそうだろう」

「でも、どうやってレッドドラゴンを手懐けたのでしょうか? ドラゴンが人に懐くという話は聞いたことがありません」


 パメラが眉をひそめて考え込んでいる。俺はカラクリを知っているが、それを言うわけにはいかない。できればこれ以上だれにも知られずに回収して事を収めたい。


「睡眠の魔法が届きそうなのは入り口を警戒しているやつらだけだな。残りは戦うしかないだろう。人数は全部で十二人。それとドラゴン一匹だな。入り口にいるやつらを無力化したら、穴の中に催涙玉を投げ込む」


 我が国特製の催涙玉はいいぞ。赤唐辛子に白胡椒、ハバネロにワサビもブレンドしてある。苦しむ姿が目に浮かぶ。


「エル様、楽しそうな顔をしておりますわね……」


 おっと、つい顔に出てしまっていたようだ。俺は表情を引き締めると睡眠の魔法を入り口付近に施した。

 その直後に入り口へと近づき木製の扉を開くと、中にいくつも催涙玉を投げ込み扉を閉めた。みんなに離れるように身振りで示すと、扉の隙間から白い煙が漏れ出してきた。


 間髪を入れずに中から男たちが飛び出してきた。全員が激しい咳をしており、目からは涙をボロボロと流している。あまりの苦痛に逃げることもできないようだ。出てきたその場でもがき苦しんでいる。


 復活して逃げられると厄介なので睡眠の魔法で黙らせておくことにする。だがその前に少し離れた地面の中から大きな巨体が現れた。

 俺はそれを気にせずに魔法をかけて男たちを黙らせた。


 先ほど音がした方に目を向けるとマグマのように赤い色をしたドラゴンがこちらを睨み付けていた。レッドドラゴンである。

 どうやら彼らは逃げるときに魔物を操るアイテムを使ったようである。自分たちを守れ、とでも命令したのかな? ということは、こいつらのだれかがそのアイテムを持っている可能性が……あった! 鈍く金色に輝くベルが傍らに落ちている。


 そのベルを使ってレッドドラゴンを従わせることができないかと試してみたが、すでにレッドドラゴンはやつらに完全に洗脳されているようである。まったくこちらの言うことを聞かなかった。

 諦めてそのベルを空間魔法【奈落の落とし穴】の中にしまう。元から戦うことになるのは想定済み。いつも通りに倒すだけである。


 レッドドラゴンは怒りの咆哮を上げた。その殺気のある声に護衛たちが一歩後ずさった音が聞こえた。護衛たちと共にいるパメラがオルトにしがみついて震えているのが分かった。

 そんなパメラとオルトの間に挟まれたシロは物理的に押しつぶされそうになりながらも防御結界を展開した。淡く黄金色に輝く障壁がパメラたちを優しく包み込んだ。


 今パメラたちを逃がせばそちらを追いかけるかも知れない。まずはレッドドラゴンの注意をこちらに向けないといけないな。俺は適当な魔法を使いながらレッドドラゴンへと近づく。

 魔法は竜の鱗に阻まれて弾き返されてゆく。それでも気にせずに魔法を放つ。


「え、エル様」

「大丈夫だよパメラ。自分の方に注意が向くように挑発しているだけだからさ」

「シロちゃん!? それって大丈夫なんですか!?」


 向こうで何やら言い合っている。ちょっと気が散るんですけど。

 俺が放つ魔法にイライラし始めたのか、槍のように尖った爪で引き裂こうとレッドドラゴンが腕を振るった。それを難なくかわす。冷静さを失った魔物の攻撃など回避するのは簡単だ。


 目の前を鋭い爪が横切ると、キャッ、という可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

 まずい。これ、かなり気が散るぞ。そんな俺の様子に気がついたのか、レッドドラゴンがナイフのように尖ったトゲがついている尻尾をたたきつけてきた。


 地面スレスレで振り回されたそれを飛び上がってよけた。おそらくそれを狙っていたのだろう。再びレッドドラゴンが必殺のかぎ爪を繰り出してきた。

 俺が空中にいるからよけられないと思ったのだろう。レッドドラゴンの顔が勝利を確信して歪んでいる。


 そんなレッドドラゴンの腕を事もなげに光の剣で斬り飛ばした。まさかの出来事に目を大きく見開くと、苦悶の表情を浮かべその痛みに悲鳴を上げた。

 口を上に大きく向けた。これはドラゴンブレスの構えだ。レッドドラゴンのブレスは炎。吐き出されれば辺り一面が灰燼に帰すだろう。


 もちろんそんなことをさせるつもりはなく、すきだらけの首を切断した。この世界のありとあらゆるものを斬ることができる光の剣は、プリンを斬るかのごとくレッドドラゴンの首を切り落とした。


 ドサリと首が草むらに落ちた。それに続いてその巨体が地響きを上げながら倒れ込む。その様子をパメラたちは時間が止まったかのように身じろぎもせずに見つめていた。


「お疲れ、ご主人様。どうだった? 少しは楽しめた?」

「んー、まあアースドラゴンよりかは歯応えがあったかな」

「あ、アースドラゴンとも戦ったことがあるのですか!?」


 パメラが悲鳴のような声を出した。顔は蒼白になっている。どうやらパメラの中では、ドラゴンはおとぎ話に出てくるような恐ろしくて不死身の存在として畏怖されているようである。そんなことないのに。


 ドラゴンだって生き物だ。首と胴体が切り離されると死ぬし、脳や心臓が破壊されれば倒すことができる。ただちょっと鱗が堅くて、魔法が効きにくいだけである。

 そんな風にパメラに言うとあきれられた。


「もうっ! そんなことを言うのはきっとエル様だけですわよ。普通の人ならドラゴンに出会ったらすぐに逃げ出しますわ」


 もうもうもうと牛のように言いながらパメラがポコポコと胸をたたいてきた。どうやらかなり心配をかけてしまったようだ。ここは甘んじて受け取ろう。


 俺とパメラがじゃれ合っている間に、護衛たちが犯人を紐で拘束していた。全員の拘束が終わったのを確認すると、レッドドラゴンを空間魔法【奈落の落とし穴】に収納して町へと戻った。


 捕まえた犯人たちはまとめてライネック伯爵の所へと送った。近いうちに犯人たちからだれが黒幕なのかが語られることだろう。

 残りの処理は伯爵が責任を持ってやってくれるはずだ。なにせ自分の領地を荒らされたんだからね。さすがに黙ってはいないだろう。

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